双璧の退魔師

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3章

再度の決闘

 袴姿の八柱流華は、緊張と高揚の只中にいた。
 いつも通り、老害どもは勝手に決闘の手筈を整えて流華に通知してきた。勝てば八柱の栄華が始まるし、負けても流華の痴態を楽しめるということで、上の奴らは楽しんでいやがる。
(でも……今日は、勝てるかもしれない)
 恥辱の果てで増した力に、そう思う。
 前回の決闘に使った大舞台はまだ復旧していなかったので、1ヶ月ぶりの決闘は、音峰家所有の修練場で行うことになった。
 とはいえ。
(調子狂うな)
 場所が、ではなく、状況が。
 鬱陶しいことに、八柱と音峰の当主が見物に来やがった。
 垂れ幕に覆われた観戦席を、彩音も迷惑そうに見る。

「あんたら、巻き添え食らっても知らないからにゃー」
「気にせず戦ってちょうだい、自衛は自分でするから」
「狙われる心配もしとけよ、くそったれ」
「妹がどうなっても良いなら、やると良い」

 ちっ、と流華は舌打ちする。もう考えないほうが良い。
 大剣を構える。

「今度こそ、勝つ」

 己を鼓舞するというより、実際に勝算があった。  
 屈辱の搾乳と媚薬沼での拷問を経て、流華が手に入れたのは人並外れた柔軟性。単純な腕力とかじゃないため扱いは難しいが、任務を重ねて経験も積んだ。

「流華ちゃんが負けたら、音峰の媚薬風呂にも漬け込んであげましょうねえ」

 ゆらゆらと構える彩音に、鼻を鳴らして返事とする。ふん、と息を吐いて、鋭く吸う。
 再び吐こうとした瞬間、彩音が懐に飛び込んできた。
 火花が散る。鼻先がくっつきそうな距離。 
 流華は獰猛に笑った。
(……反応できる!)

「にゃにゃ? やるう。反射速度あがりました?」
「前から、見えちゃいたんだよ!」

 見えてはいたが体が追いついて来れなかった。今までは。
 双剣が滑り、彩音の体が背後に消える。流華は大剣を地面に突き刺し、ポールダンスのように半回転した。刃の側面を盾にして、弾丸のような突きを受け切る。反動でバランスを崩した彩音に、今度はこちらが振りかぶった。
 真向斬りは、のけぞる彩音のスカートを浅く裂いた。傷は与えられていないが、確かなヒット。
 一歩間違えばズタズタにされかねない状況で、しかし流華は確かな手応えに笑う。

「は、は……っ。どうだ、今なら届くぞ。最強にだって、あたしの剣は届くようになったぞ」

 艱難辛苦、恥辱に拷問。折れそうな心を必死に奮い立たせて耐えてきた。全ては最強になって八柱の権力者たちを黙らせるために。腐った退魔師の世界から仙華を守るために。
 腰をくねらせ、背を反らして、大剣をうまく遮蔽物として用いながらギリギリの回避を続ける。本当にポールダンスを踊っているようで、官能的な動きになってしまうのが少し恥ずかしい。

「んにゃろ!」

 痺れを切らした彩音が、後ろに数歩の距離を取った。
 様子見、ではないだろう。
 むしろその逆。低く沈んだ姿勢は、さらなる加速の前触れだ。速度が上がれば、威力も上がる。
 だけど。
(正面から突っ込んでくるのは、悪手だろ)
 あたしとパワー勝負をするつもりか。
 引き抜いた大剣の重みで体を引き絞る。砲丸投げのような構えから、一息に振り下ろす。
 彩音の斬撃と、真正面からぶつかった。
 衝撃波で砂埃が巻き上がる。
 大地にいくつもの亀裂が走り、彩音の足が地面に沈む。悪趣味な杭打ちだった。流華の知る限り初めて、決闘中に彩音が苦悶の表情を浮かべる。
 しかし。
(受け切られた)
 両断できると思っていたのに。

「そのまま、潰れちまえ!」
「ぐ、うう……っ」

 だったら鍔迫り合いで押しつぶす。
 目前に迫った勝利をなんとしてでも掴み取ろうと、握った手に力が篭った。

    ◇

 ルカちゃんは、勘違いをしている。
 流華に作用している媚薬の情報は、クソ当主から教わっていた。柔軟性の向上。でもその利点は、攻撃の前に”溜め”がないと生きてこない。
 単純な力比べなら、筋密度が増した彩音に分がある。
 しかし。

「ここまできて、負けてたまるかってんだ……っ!」
「この、化け物ぉぉお!」

 押し返せない。
 意志の力とでも言うつもりか、じりじりと潰され始めて、切迫感に身を焼かれる。
(純粋な戦闘でこんなにピンチなの……、生まれて初めてかも)
 最高だ、ルカちゃん。本当に強くなった。
 なんだか頬擦りしたい気分だ。キスをして、唾液を飲ませて、四肢を繋いで喘がせたい気分だ。要するに、虐めたかった。強くなった流華を。
 布石はすでに打っていた。
 きぃぃん、とやけに間延びした音と共に、流華の大剣が両断される。

「なっ! こんな、ときに……っ」
「まっさか、偶然だとでも思ってませんよね。溝に打ちつけるようにおんなじ場所だけ削れば、そりゃ壊れるにゃ」

 盾にされるなら、破壊すれば良い。彩音はずっと同じ箇所に斬撃を与えていた。
 砕けた破片が月明かりに煌めく中、彩音は大きく踏み出した。
 流華はもう軽く攻撃を当てられる相手ではない。 
 だから一撃で意識を刈り取る。

「く、そがああああっ!」

 土壇場で流華は反応した。
 腹を狙う彩音の拳を完全に無視して、柄打ちを狙われる。
(ボクの方が速い!)
 そう、思った。
 しかし、予想外の速度で柄が額に迫ってくる。理由を探して、すぐに気付いた。
(折れた分、剣が軽くなって……っ! まず……っ)
 気付いたところで止まれない。
 流華の鳩尾には深く深く拳が突き刺さり、彩音は眉間を打ち抜かれる。

「か、はっ……!」
「ぎゃ……っ!」

 かたや胃液を吐き出してそのまま崩れ落ち、かたや脳震盪を起こして仰向けに倒れた。
(負けるわけに、は……っ。いか、な……)
 独白すらも、ぐらぐらと揺れる頭では満足に紡げない。
 どうか、流華が立ち上がってきませんように。
 それだけを願って、彩音の意識は途絶えた。

    ◇

 畳に敷かれた布団の上で、彩音はうっすらと目を開けた。

「……ぅ? ……っ! ボク、は……!」

 一瞬で記憶が蘇り、真っ青になる。
 もしかしてボク……負け、た?

「あら、起きたのね」

 タイミングよく、顔を覆いで隠した当主が入ってきた。
 当主はぱちぱちと気のない拍手をして、彩音に告げる。

「おめでとう、ぎりぎりあなたの勝ちよ。確認の結果、八柱の方が数秒早く気絶した」

 喜びより先に安堵が迫り上がってきた。

「よかった……」

 首の皮一枚で、自由を守ることができた。負けていたらと思うとゾッとする。
 音峰が秘密裏に管理してる妖魔の養分にされるか、有望な退魔師の子を産まされ続けるか。どちらにせよ地獄に落ちるところだった。

「……ルカちゃんは?」
「いつもの地下牢で拘束中。乳首をいじくったから今頃悶えてるんじゃないかしら」

 ごくり、と喉が鳴った。

「体調が悪いなら、今回の調教はこっちでやるけど……」
「ボクが行く」

 身体にはまだだるさが残っていたが、知ったことか。
 もう、容赦はしない。流華は強くなりすぎた。
(二度と決闘なんてしたくなくなるように、徹底的に調教しなきゃ、にゃー)
 表情の窺い知れない当主の前で、彩音は暗い決意を固めた。
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