奴隷女と冷徹貴族が、夫婦になるまでの物語

blueblack

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3章

3-4

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「カオルちゃん。名字を聞かれたら適当にでっち上げると良いよ。言えませんって言っちゃうと『言えないぐらいに名の知れた貴族のお忍びです』になっちゃうから」
「な、なるほど……」
「まあまあ! エヴァンスですって言わなかったからおけー! 言ってたらやばかったかも。ね、兄貴」
「買い被りすぎだ」

 せいぜい荷物が倍になるぐらいだろう。
 風景を見せる目的も兼ねて、車は王都をゆっくりとまわっていた。
 前に座るのがルーカスとケアラ。後部座席にノアとカオル。
 ふらふらと視線を左右に行ったり来たりさせながら、カオルは口を開く。

「あ、あれはなんですか?」
「銀行だな。所持するのに不安な量の現金を預けておくところだ。身分がしっかりしていないと登録はできないが、安全性が高い」
「じゃあ、あちらは……」
「食堂だ。安くて味も悪くない。テーブルマナーも関係ない。ただ、夜はやめておけ。酒を出すゆえ治安も悪くなりがちだ」
「あの、あの、色とりどりの大きなテントは」
「ああ、珍しいな。旅の一座だろう。気まぐれにやってきて、芸を披露する。非日常を見せてくれる、良い娯楽だ」
「……すごい、広い。楽しい、ですね……」

 窓ガラスに鼻頭がつきそうなほど顔を寄せるカオルに、ノアも、ケアラもルーカスも、なんとも言えない気持ちになる。
 おそらくこれが、カオルの素なのだろう。
 なんのことはない、どこにでもいる普通の少女だ。
 それが、何をどこまで虐げられれば、スープ一つで涙を流すようになるというのか。
 もっと定期的に連れだそう。
 そう決めたノアに、カオルは一つの建物を指さした。

「ノア様、あれは?」
「あれは病院……。いや、産婦人科、だな」
「そう、ですか」

 ノアはわずかに言い淀む。真似をしたのか、カオルも辿々しく答えた。
 そのまま沈黙が広がりそうになったとき、ぽつりとカオルがつぶやいた。

「ノア様は、その……子供を成せない人のことを、どう思い、ますか?」

 どう思う、か。
 色々と、思うことはある。ノア自身、いろいろと慰められてきた。子供がいなくても人生を謳歌できれば良いじゃないかとか。仲間がいればそれで良いとか。愛し合えていれば、子宝に恵まれなくても幸せだとか。
 それでも、まあ、その時の気持ちを素直に言うなら。

「哀れだと思うよ。……哀れな哀れな、欠陥品だ」
「おい、兄貴」
「……そう、ですか。……わたしも、そう、思います」
「……ちょっと、カオルちゃん?」

 前の座席でルーカスとケアラが何か言っていたが、ノアはそれらを全て無視した。カオルも何も言わなくなった。
 車中はしんとしたまま、四人を家に運んでいく。

    ◇

 ノアは自室のベッドに横たわっていた。
 夕食もシャワーも終わり、あとはもう寝るばかり。帰路からずっと、ぐるぐると頭を後悔が巡っている。
 言うべきではなかった、とは思った。
 だが、本心だった。

(私が普通の身体だったら、カオルとずっといられるのだろうか……)

 成立しない仮定ではある。ノアが普通だったなら、きっと今頃ごみ漁りとスリで生きていただろう。カオルと接点ができることがなかった。
 だけど、どうしても思う。

(自分のため、仲間のため、孤児のためと手を伸ばし続け、その末で好きな女一人手に入らない)

 哀れだ。哀れな男だ。
 とん、とん、と寝室のドアがノックされる。
 ルーカスか? いやでも、あいつはさっき離れに戻ったはずだが。
 ドアを開けると、初日と同じネグリジェを纏った、カオルがいた。

    ◇

 カオルの心は、不思議と凪いでいた。
 哀れだと言われた時はもっと張り裂けそうな痛みが走ると思っていた。でも予想に反して、落ち着いている。
 落ち着いているうちに、終わらせたかった。
 ノアの目を正面から見て、カオルは言う。

「ノア様、……お願い、します。抱いて、ください、ませんか」

 途端に、黒い目が鋭くなった。

「前にも言っただろう。次に私の……」
「け、契約では、ノア様から求めない限り、だったと、記憶して、ます……っ」

 震える指で、ネグリジェを落とす。
 恥ずかしい、恥ずかしい、恥ずかしい……っ。
 でも、辛くはない。
 見られると芯から爛れそうになるのに、もっと見てほしいとも思う。
 熱は全て、腰に集まっていく。太ももを擦り合わせると、僅かに湿った感触がする。
 縋り付くように、ノアの胸に手を置いて、カオルはその端正な顔を見上げた。

「ノア様が、欲しい、んです。どうか、私を……っ。ん……っ、う、ぅ……んっ!」

 最後まで言えなかった。
 大きな影が顔にかかり、ノアとの距離がゼロになる。唇に、温くて湿った感触が当たる。
 頬と腰に腕を回され、身体を引かれ、寝室の扉が閉められた。
 廊下には誰もいなくなった。
 
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