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ナスチャ=レインロード
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仕事を終えて居住区に戻ってくると、家の前にナスチャ=レインロードが立っていた。
「おかえりなさい」
「君に出迎えられるなんて幸運だね」
「そんなこと、思っていないくせに」
ボディラインを強調するドレスを身に纏ったナスチャは、ヘルディに笑みを浮かべる。
「ちょっと、上がらせてもらえるかしら?」
「疲れているから後日にしてほしいんだけど」
「申請の話よ。……上に流したら問題になりそうな、ね」
ナスチャの言葉に、ため息を一つ。
―――思ったよりも、早かったね。
「そういうことなら、どうぞ」
二人分の足音のあとで、扉が閉まる。
◇
「結構前に、どこかの誰かがなんとかっていう高級な茶葉をくれたんだ。淹れるから座っていて」
「何にも覚えてないじゃない」
―――それあげたの、私なんだけど。
とは悔しいから言わずに、ナスチャはくるりと室内を見渡す。
スプリングが効いたベッドが一つと、張りのある黒革の、一人掛けソファが一つ。それ以外には徹底的に物がない。
「簡素な部屋ね」
「物は少ないほうが良い。淫気に当てられて気分が悪くなる」
ヘルディ曰く、淫気というのは物にも付着するらしい。残り香のような淫気が混じって気分が悪くなるのだと、前に言っていた。
「難儀よねえ、あなたも。インキュバスとして、吸精しないと生きていけない。でも人間の感性がそれを拒む」
「ああ、だから君には助けられている」
「要件はそれよ」
ベッドに、申請書を広げる。
単刀直入に、ナスチャは言った。
「あなた、自分の役目を放棄していない?」
ヘルディは答えない。
ナスチャは問うた。
「ヘルディ=ベルガウル。貴方の役目は?」
「ハイエルフを堕として、結界を打破すること」
「もう一個あるでしょう。言ってみなさいよ」
感情を押し込めている風なヘルディにしては珍しく、鬱陶しげな目がナスチャに向いた。
「……ハイエルフを妊娠させること」
本来、あまりにも魔力量に差がある異種族間では、子を成せない。
だが、インキュバスは例外だ。
ある条件をクリアすると、夢での性交で、異種族だろうが関係なく孕ませることができる。
そして、夢での性交の場合、必ず相手の種族の子供が生まれる。
「魔術部門のトップとしては複雑だけど、人間に与するハイエルフを得る重要性は理解している。あなたもそうだと思ったんだけどね」
「もちろん、ちゃんとやっているとも」
「じゃあ、今からハイエルフに聞いてみましょうか? 夢の中で何をされていますかって。あるいは、妊娠しているかの検査に回そうかしら?」
はああ、と重く冷たいため息がキッチンから聞こえた。
これも、ナスチャの知るヘルディの行動からは逸脱する。
嘆息自体は珍しくないが、そんな、心の底から出たようなため息は初めて聞く。
「まったく君は……。どうしてそんなに聡いかな」
「さあ、どうしてかしら」
「それで、僕に何をしろって?」
「認めるのね」
「正直ね、あと半月ぐらいはバレないと思っていたから。根回しをし損ねた」
あっさり認めたのは少し意外だったが、それなら都合がいい。
ナスチャは二本、指を立てる。
「私が要求するのは二つ」
「うん」
「一つ目。ハイエルフの調教役を譲ってほしい」
「かまわないよ。あとで引き継ぎ書を作っておこう」
「二つ目。これからは毎晩、私の夢に来て欲しい」
ぴくり、と肩が揺れた。その拍子に、茶葉が零れて床に落ちた。
だが、それだけだった。
平坦な声で、ヘルディは頷く。
「いいよ。でも、今夜は無理だ。申請の書き換えが間に合わない」
「ええ、じゃあ明日からで」
「あと、僕を呼ぶ以上、相応の覚悟はしておいてね」
「あら、そのつもりで呼んだのだけど?」
だいたい全部、ヘルディが悪い。
インキュバスの手練手管で、何でもありの夢の世界で、心も体も溶かされて飽和させられるような快楽を経験してしまうと、もう他では代用できなくなる。
物足りなくて、もどかしくて、頭がおかしくなりそうになる。
ベッドに横たわって、ナスチャはふふ、と妖艶に笑う。
「あなたの体質は難儀だけど、生きていく上では良かったかもね」
「君は僕の苦労を知らないからそういうことを言う」
「あら、知らないの? 淫魔族が圧倒的に少ない理由」
淫気を吸うたび相手を依存症に陥れ、狂的に執着され、狙われたり囚われたり、場合によっては同胞まで乱獲されて、それで数が減ったと聞いている。
その後、引き続きに関する話を軽く交わし、ナスチャはヘルディの部屋を後にした。
紅茶は、高級な茶葉のくせに驚くほど不味く、ヘルディが一度もそれを淹れたことがないのが容易に知れた。
◇
ナスチャ=レインロードは、自分を綺麗に飾るのが好きだ。
常に頭のどこかで、どう見られているかを意識する。
「ん……」
シャワーで軽く体を流した後、しっとりと濡れた下生えに指を埋める。かき分けて、肉芽を軽くなぞり、それからつるりと皮を剥く。
「ふ、ぅ……」
ぴりぴりとした官能のままに顔を歪ませ、それから姿見で確認する。
―――できるなら、感じている顔ですら、制御したい。
自慰の時もそんなことを思う。剥かれて膨らんだ陰核を虐め、腰をくねらせてじわじわと高みに上っていく。
「あん……ああっ、気持ち、いい……っ」
明日のことを想像したせいか、昂ぶりが早い。
すぐに果てそうになり、ナスチャはシャワーヘッドを自らの秘部に押し付けた。
「あああっ! いい……っ、はああ……っ」
しゃああ、という音に交じって、艶やかな声と共に、裸身が震える。
「ああん、あんっ、イクぅ……っ」
姿見で自分の姿を眺めたまま、ナスチャは果てた。
ふるふると官能的に腰を震わせて、しっとりと濡れた愛液をお湯で落とす。
「やっと、明日……。ふふ、楽しみ」
上気した頬に手を当てて、妖艶にほほ笑んだ。
「おかえりなさい」
「君に出迎えられるなんて幸運だね」
「そんなこと、思っていないくせに」
ボディラインを強調するドレスを身に纏ったナスチャは、ヘルディに笑みを浮かべる。
「ちょっと、上がらせてもらえるかしら?」
「疲れているから後日にしてほしいんだけど」
「申請の話よ。……上に流したら問題になりそうな、ね」
ナスチャの言葉に、ため息を一つ。
―――思ったよりも、早かったね。
「そういうことなら、どうぞ」
二人分の足音のあとで、扉が閉まる。
◇
「結構前に、どこかの誰かがなんとかっていう高級な茶葉をくれたんだ。淹れるから座っていて」
「何にも覚えてないじゃない」
―――それあげたの、私なんだけど。
とは悔しいから言わずに、ナスチャはくるりと室内を見渡す。
スプリングが効いたベッドが一つと、張りのある黒革の、一人掛けソファが一つ。それ以外には徹底的に物がない。
「簡素な部屋ね」
「物は少ないほうが良い。淫気に当てられて気分が悪くなる」
ヘルディ曰く、淫気というのは物にも付着するらしい。残り香のような淫気が混じって気分が悪くなるのだと、前に言っていた。
「難儀よねえ、あなたも。インキュバスとして、吸精しないと生きていけない。でも人間の感性がそれを拒む」
「ああ、だから君には助けられている」
「要件はそれよ」
ベッドに、申請書を広げる。
単刀直入に、ナスチャは言った。
「あなた、自分の役目を放棄していない?」
ヘルディは答えない。
ナスチャは問うた。
「ヘルディ=ベルガウル。貴方の役目は?」
「ハイエルフを堕として、結界を打破すること」
「もう一個あるでしょう。言ってみなさいよ」
感情を押し込めている風なヘルディにしては珍しく、鬱陶しげな目がナスチャに向いた。
「……ハイエルフを妊娠させること」
本来、あまりにも魔力量に差がある異種族間では、子を成せない。
だが、インキュバスは例外だ。
ある条件をクリアすると、夢での性交で、異種族だろうが関係なく孕ませることができる。
そして、夢での性交の場合、必ず相手の種族の子供が生まれる。
「魔術部門のトップとしては複雑だけど、人間に与するハイエルフを得る重要性は理解している。あなたもそうだと思ったんだけどね」
「もちろん、ちゃんとやっているとも」
「じゃあ、今からハイエルフに聞いてみましょうか? 夢の中で何をされていますかって。あるいは、妊娠しているかの検査に回そうかしら?」
はああ、と重く冷たいため息がキッチンから聞こえた。
これも、ナスチャの知るヘルディの行動からは逸脱する。
嘆息自体は珍しくないが、そんな、心の底から出たようなため息は初めて聞く。
「まったく君は……。どうしてそんなに聡いかな」
「さあ、どうしてかしら」
「それで、僕に何をしろって?」
「認めるのね」
「正直ね、あと半月ぐらいはバレないと思っていたから。根回しをし損ねた」
あっさり認めたのは少し意外だったが、それなら都合がいい。
ナスチャは二本、指を立てる。
「私が要求するのは二つ」
「うん」
「一つ目。ハイエルフの調教役を譲ってほしい」
「かまわないよ。あとで引き継ぎ書を作っておこう」
「二つ目。これからは毎晩、私の夢に来て欲しい」
ぴくり、と肩が揺れた。その拍子に、茶葉が零れて床に落ちた。
だが、それだけだった。
平坦な声で、ヘルディは頷く。
「いいよ。でも、今夜は無理だ。申請の書き換えが間に合わない」
「ええ、じゃあ明日からで」
「あと、僕を呼ぶ以上、相応の覚悟はしておいてね」
「あら、そのつもりで呼んだのだけど?」
だいたい全部、ヘルディが悪い。
インキュバスの手練手管で、何でもありの夢の世界で、心も体も溶かされて飽和させられるような快楽を経験してしまうと、もう他では代用できなくなる。
物足りなくて、もどかしくて、頭がおかしくなりそうになる。
ベッドに横たわって、ナスチャはふふ、と妖艶に笑う。
「あなたの体質は難儀だけど、生きていく上では良かったかもね」
「君は僕の苦労を知らないからそういうことを言う」
「あら、知らないの? 淫魔族が圧倒的に少ない理由」
淫気を吸うたび相手を依存症に陥れ、狂的に執着され、狙われたり囚われたり、場合によっては同胞まで乱獲されて、それで数が減ったと聞いている。
その後、引き続きに関する話を軽く交わし、ナスチャはヘルディの部屋を後にした。
紅茶は、高級な茶葉のくせに驚くほど不味く、ヘルディが一度もそれを淹れたことがないのが容易に知れた。
◇
ナスチャ=レインロードは、自分を綺麗に飾るのが好きだ。
常に頭のどこかで、どう見られているかを意識する。
「ん……」
シャワーで軽く体を流した後、しっとりと濡れた下生えに指を埋める。かき分けて、肉芽を軽くなぞり、それからつるりと皮を剥く。
「ふ、ぅ……」
ぴりぴりとした官能のままに顔を歪ませ、それから姿見で確認する。
―――できるなら、感じている顔ですら、制御したい。
自慰の時もそんなことを思う。剥かれて膨らんだ陰核を虐め、腰をくねらせてじわじわと高みに上っていく。
「あん……ああっ、気持ち、いい……っ」
明日のことを想像したせいか、昂ぶりが早い。
すぐに果てそうになり、ナスチャはシャワーヘッドを自らの秘部に押し付けた。
「あああっ! いい……っ、はああ……っ」
しゃああ、という音に交じって、艶やかな声と共に、裸身が震える。
「ああん、あんっ、イクぅ……っ」
姿見で自分の姿を眺めたまま、ナスチャは果てた。
ふるふると官能的に腰を震わせて、しっとりと濡れた愛液をお湯で落とす。
「やっと、明日……。ふふ、楽しみ」
上気した頬に手を当てて、妖艶にほほ笑んだ。
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