【完結】君こそが僕の花 ーー ある騎士の恋

冬馬亮

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問題はそこじゃない

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「・・・ランスロット殿。私はスタッドという人間を見誤った。私はあいつと親友のつもりでいたんだ」


ハロルドは頭を上げるようにとランスロットに言うと、更に続けた。


「笑えるだろう、あんな性根の男だと気づかないまま、二十年以上もだ。
私たちは幼馴染みの様な間柄だった。親同士が事業の繋がりがあって、小さな頃から行き来していてね」


ハロルドは視線を上げ、遠い目をした。


「穏やかで、聞き上手で、いつも笑って私の無茶も受け流す・・・そんな奴だと思っていた。今思えば、受け流していたのではなく、相手にしてなかったのだろう。だがその時は、そうだと思っていた、包容力のある男だと」

「・・・」

「妹のエリザベスとの婚約も事業提携の関係で結ばれた政略的なものだ。
だが、私はあいつなら大丈夫だと安心していたんだ。気心の知れたあいつなら、リザを他所の男にやるより安心だ、なんてな」


自嘲の笑みがハロルドに浮かんだ。


「あいつが結婚前から寄り子である男爵家の娘を囲っていた事にも気づかなかった。エリザベスを蔑ろにする様子など微塵もなくてな。贈り物や手紙は頻繁に寄越していたし、まめにお茶や観劇にも誘って二人で出かけていた」

「・・・」

「・・・だから、それなりに愛情はあると思っていた。亡くなった両親もそう信じていたと思う」


思い出すだけでも腹立たしいのだろう、ハロルドは拳をぐっと握りしめた。


「まったく・・・人を見る目がないにも程がある」


ハロルドは、吐き出す様にそう言った。


「だから、君の言葉をとても嬉しく思うと同時に、自分の判断に自信が持てないんだ。君を信じて内情を打ち明けるのは、正直言ってとても怖い」

「トムスハット公爵・・・」

「だがね」


思わず上げた反論の声を、ハロルドは右手を上げて制した。


「キンバリーの判断を信じようと思う。あの裏も表もない男が、君を紹介する時に自慢の息子だと言い切った。きっと、君は信じるに足る男なのだと思う。いや、そう思いたい」


ハロルドの射抜く様な視線を、ランスロットもまた真っ直ぐに見つめ返した。


「勿論です。僕はあの義父を見て育ちました。義父が信じた僕を、どうか信じて頂きたい」

「・・・」


ハロルドは無言で頷くと、一つ息を吐いた。


「・・・ジャックスの言った通りになったな」

「ジャックス、ですか。あの護衛の」

「ああ、報告があったんだよ。一人、ヴィオレッタの為に動いてくれる人を見つけたかもしれないってね」

「・・・」

「ところで、君が私の手駒になると言う話だが・・・もし今日ここに君が騎士服で来ていたら、その話もここで終わっていた」

「え?」


急に変わった話題に、ランスロットが目を瞬かせる。


「ヴィオレッタは巡回中の騎士に助けられた。君がもし騎士服でここに来ていたら、あの子を助けた騎士が君だと簡単に紐付けられてしまう。ヴィオレッタの件で嗅ぎ回っているのではと早々に怪しまれるだろうからね」

「・・・っ」


誰に、とは聞かずとも分かる。


「この屋敷が、見張られていると?」

「さほど厳重でもないがね。誰が訪問したか、出入りの者のチェックくらいかな。だから、ジャックスも直接ここに報告に来る事は出来ないんだ」


無表情でハロルドは答える。


「今のところ、バームガウラスの名は上がっていない筈だ。ジャックスはヴィオレッタを助けた騎士が君である事を侯爵家に話していないし、ヴィオレッタも・・・聡い子だから、君の名前は口にしていないだろう。
バームガウラス公爵としてこの屋敷を訪れる限り、あちらも直ぐにはヴィオレッタと結びつけないだろうよ」


バームガウラス公爵家の力を使っても良いという意志を見せる為に、ランスロットは貴族の正装でここに来た。

それが意図せぬ形で役に立ったのは良かったが、話を聞く限りでは、単純には喜べない。


「・・・あちらに手が出せない事には何か理由が?」

「理由、か・・・そうだな、一番は、ヴィオレッタ自身がこの屋敷に来る事を拒否しているからだ。
いくら虐待の事実があろうとも、私があの子の伯父でも、本人から拒否されては、連れ出したこちらが罪に問われてしまう」

「ですが、それにも理由があるのでしょう? ヴィオレッタ嬢があの家に居なければいけない理由が。それに縛られて彼女は動けないでいる、違いますか?」


ふ、と小さく声が漏れた。


「さすがはキンバリーの義息子だな。確かに頼りになりそうだ」

「人質、ですか」


微かに浮かんだハロルドの笑みが消える。


「トムスハット公爵・・・?」

「・・・四人だ」

「四人?」

「人質の数だよ。ヴィオレッタがあの家から逃げ出せば、即効処理されるらしい。
だから、あの子は何があっても、何をされても、自主的にあの家に留まらなければならない」

「・・・」

「まぁ、私からしたらあの子も盾に取られているから、人質は五人いる様なものだけどね」


ハロルドはソファの背もたれに寄りかかると、再び口を開いた。


「そのうちの誰か一人にでも何か不審な行動があったら全員が処理される。つまり、人質を一人ずつ助けるなんて悠長な真似は出来ないし、同じタイミングでヴィオレッタの事も連れ出す必要がある。
だが問題は、そこじゃない。と言うか、それ以前の話だ」

「と言うと・・・?」

「人質四人は全て異なる場所に置かれているんだ」

「別々・・・ですか」


ハロルドは、ああと頷く。


「これまでにその中の三人の所在は把握した。だが一人だけ・・・まだ居場所を掴めていない者がいる」


ハロルドはランスロットを見つめた。


「私の駒になってくれると言うのなら、その捜索を手伝ってもらえないだろうか。私は陰からしか動けない。だが、もうこれ以上、余計な時間をかけたくないんだ」

「お任せください」


ランスロットの言葉に、ハロルドは大きく頷いた。


「探している四人目の人質の名前はロージー、今年で九歳になる女の子だ」






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