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そしてプロローグへと戻る
しおりを挟むケイヒル領の南端に位置する海辺の街。
その高台に一軒ぽつんと立つ、可愛らしい煉瓦作りの家の窓から、焦げ茶色の髪の女性が、ぼんやりと海を眺めていた。
「はあ・・・今日も海が青くて綺麗ねぇ・・・」
女性の名前はシャルロッテ。
戸籍上は、公爵夫人だ。
夫であるオスカーが離縁届けを出すか、死亡届けを出すかするまでは。
今日も今日とて海を眺めながら独り言を呟くシャルロッテは無気力そのもの。
そんな主を、側でお茶の用意をしていた侍女のアニーが呆れ顔で見た。
「せっかく病気が治ったというのに、毎日ただ海を眺めるだけなんて・・・こんなに腑抜けてしまうくらいなら、公爵邸から出て行かなければよかったではないですか」
「・・・そういう訳にはいかないわ」
シャルロッテは、視線を自分のピンク色の爪に落とし、少し沈んだ声で答えた。
「もともと半年間限定の結婚という契約だったんだもの。今さら、『病気が治っちゃったからこのままずっと妻でいたいですぅ♡』なんて言える訳ないじゃない」
溜め息を吐くシャルロッテに、アニーは首を傾げた。
「旦那さまはきっと、ご快癒を喜んで下さったと思いますけどねぇ」
「そりゃオスカーさまは優しい方だもの。きっと病気が治った事自体は喜んで下さったに違いないわ。でも、治った事を黙ったまま結婚生活を続けた件については絶対お怒りになる筈よ。だって契約に関わる事だもの。死ぬ死ぬ詐欺で訴えられたって文句を言えないわ」
「死ぬ死ぬ詐欺・・・」
「ええそうよ。だってオスカーさまは、私がアラマキフィリスで余命わずかと分かっていたからこそ、結婚して下さったのよ? それが『結婚式当日に薬が見つかって治りました』なんて言っても、仕込みとしか思わないわよ」
シャルロッテは再び手元に視線を戻すと、健康的な爪の色を眺め、また溜め息を吐いた。
「誤解しないで、アニー。病気が治った事は本当に嬉しいの。でも、病気だったからこそ、私はオスカーさまの側にいられたのよ。女性嫌いで、これまでずっと婚約者すら持たなかったオスカーさまが結婚を承諾して下さったのは、私がじきに死ぬ妻だったからだもの。
治ったのは偶然だけど、契約違反なのよ。だから予定通り、彼には何も知らせないままこの家に来たの。ここで最期を迎えるフリをする為に」
「シャルロッテさま・・・」
シャルロッテは振り返り、アニーを見て寂しげに微笑んだ。
「大丈夫、忘れるわ。きっと時間はすごくかかると思うけど、ちゃんとオスカーさまのことを忘れる・・・その為にもこの国を出て行くわ」
そう、当初の予定通りに事を運ぶのだ。
不治の病のシャルロッテは、この家で最期の時を静かに過ごした後に亡くなる。
そして、オスカーは亡き妻への愛を理由に、今後は縁談話に煩わされない生活を送る。
それで全て予定通りだ。
違うのは、本当はシャルロッテが生きていること。こっそりひっそりと他の国で。
「お父さまから連絡が来たらすぐ、ここを出発するわ」
きっとあの日、薬が見つかった事を正直に打ち明けていれば、本当の名前を捨てる事も、家族から遠く離れて異国に渡る必要もなかっただろう。
でも、オスカーとの契約結婚がそのまま継続されたかは分からない。だって、病気が治ったシャルロッテは、オスカーにとって安心出来ない相手になってしまうから。
シャルロッテは、嘘を吐いてでもオスカーの妻になる事を選んだ。期間限定で構わないから妻になりたかった。
その為に、病で命を落とす未来を―――手に入れた薬で今や回避できた未来を―――表向きはそのままにするという事にした。
だから、シャルロッテという名の娘は、もう少しでこの世からいなくなる。難病アラマキフィリスで亡くなったという知らせが、じきにオスカーのもとにも届くだろう。
今後オスカーは、結婚したばかりの愛する妻を不治の病で喪った悲劇の夫として、静かにすごす筈だ。
シャルロッテはもう彼のすぐそばにいる事は叶わないけれど、オスカーと過ごした時間を、一生の宝物として胸に刻んで生きていくつもりでいる。
新しい国、新しい名前で。
―――それから約10日後。
準備を終えたシャルロッテの父ジョナスが、娘が滞在する別荘にやって来た。
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