【完結】君は強いひとだから

冬馬亮

文字の大きさ
20 / 58

堕落

しおりを挟む




 アッシュが森の開拓監督を任命されて三年目の終わり頃。


 開拓の進捗状況を見る為にロンド伯爵が来訪するという知らせが届き、アッシュは大いに慌てた。


 自己憐憫と自棄に陥っていたアッシュは、日々暴飲暴食に耽るだけで、長いこと監督の仕事を放置していた。リンダとバイツァーの監視も当然していない。

 アッシュの記憶では、家が二、三軒建てられるくらいの広さまで土地を切り拓いたのを覚えている。あれはたぶん、二年目の始めだったか終わりだったか。


 ―――あれから開拓はどのくらい進んでいる? まさかあの二人、僕がいないからとサボったりしてないだろうな?


 森に移動してすぐの頃、アッシュはかなり念入りに二人に躾を施した。
 あまりに念を入れ過ぎたせいで二人が数日動けなくなり、早速開拓任務に影響が出た事をアッシュは覚えている。躾はほどほどにしなくてはとアッシュが学んだ一件だった。

 それは兎も角、躾の効果はばっちりで、それ以来、二人は大人しく働き、アッシュの言う事もよく聞くようになった。

 だから問題ない筈だ。監督も監視もしなくなったこの一年・・・いや、一年ともう少しあったかもしれないが、きっと心を入れ替えた二人は、真面目に仕事をしていたに違いない。


 ―――そうに違いないが・・・念の為に確認しておくか。


 長く続いた不摂生な生活で弛んだ身体をよいしょと動かし、アッシュは久しぶりに部屋の外に出た。暫く引きこもっていたせいか、どうも体が重たく感じる。

 開拓の現場は家の裏手にあり、アッシュがいる廊下の窓から開拓地の様子は見えない。面倒だが、確認の為には外に出るしかなかった。

 ぽてぽてと歩きながら、アッシュは裏口を目指した。使用人たちが使う扉だが、玄関を回るより現場に断然近いのだ。


『・・・うん?』


 裏口の扉を出て家の角を曲がれば、そこはもう開拓の現場。だが、そこで働いている筈の二人の姿が見えない。

 そう言えば、とアッシュは思い出す。
 廊下を歩いている時から何も音がしなかった。木を切る為の、斧やなたのこぎりの音がひとつも。


 それだけではない。開拓の進み具合は、アッシュの記憶にある光景と変わりなかった。いや、少し、そうほんの少し、広くなった気がしなくもない。


『嘘だろう? どうして進んでいないんだ・・・っ!? くそ、あいつら・・・っ』


 これは明らかに怠慢だ。

 バイツァーとリンダは、刑罰としてこの森に連れて来られたくせに、仕事を怠けるとは許し難い。自分たちの罪を全く反省していない証拠だ。


『躾をし直さないと』


 この開拓事業には、アッシュの後継者復帰がかかっているのだ。なのに、権利を失う原因となった二人が、反省の色もなくサボるとは。


 アッシュは、ぐっと拳を握りしめると踵を返し、裏口から再び家の中へと入った。


『許さない、許さないぞ。あいつらめ、罪人のくせに。今日からは、夜も休まず働かせてやる・・・っ』


 アッシュは足音荒く彼ら二人にあてがった隅の小部屋へと向かい、ノックもなく扉を開く―――と。


『・・・っ!』


 バイツァーとリンダが。


 アッシュの記憶にある姿よりも、ずっと肌艶がよくなり、ふくよかになった二人が。


 まだ昼間だというのに、足に繋いだ鎖をジャラジャラと鳴らしながら、激しく、そう、それはもう激しく、まぐわっていた。




しおりを挟む
感想 156

あなたにおすすめの小説

私が家出をしたことを知って、旦那様は分かりやすく後悔し始めたようです

睡蓮
恋愛
リヒト侯爵様、婚約者である私がいなくなった後で、どうぞお好きなようになさってください。あなたがどれだけ焦ろうとも、もう私には関係のない話ですので。

【12話完結】私はイジメられた側ですが。国のため、貴方のために王妃修行に努めていたら、婚約破棄を告げられ、友人に裏切られました。

西東友一
恋愛
国のため、貴方のため。 私は厳しい王妃修行に努めてまいりました。 それなのに第一王子である貴方が開いた舞踏会で、「この俺、次期国王である第一王子エドワード・ヴィクトールは伯爵令嬢のメリー・アナラシアと婚約破棄する」 と宣言されるなんて・・・

エレナは分かっていた

喜楽直人
恋愛
王太子の婚約者候補に選ばれた伯爵令嬢エレナ・ワトーは、届いた夜会の招待状を見てついに幼い恋に終わりを告げる日がきたのだと理解した。 本当は分かっていた。選ばれるのは自分ではないことくらい。エレナだって知っていた。それでも努力することをやめられなかったのだ。

【完結】今日も旦那は愛人に尽くしている~なら私もいいわよね?~

コトミ
恋愛
 結婚した夫には愛人がいた。辺境伯の令嬢であったビオラには男兄弟がおらず、子爵家のカールを婿として屋敷に向かい入れた。半年の間は良かったが、それから事態は急速に悪化していく。伯爵であり、領地も統治している夫に平民の愛人がいて、屋敷の隣にその愛人のための別棟まで作って愛人に尽くす。こんなことを我慢できる夫人は私以外に何人いるのかしら。そんな考えを巡らせながら、ビオラは毎日夫の代わりに領地の仕事をこなしていた。毎晩夫のカールは愛人の元へ通っている。その間ビオラは休む暇なく仕事をこなした。ビオラがカールに反論してもカールは「君も愛人を作ればいいじゃないか」の一点張り。我慢の限界になったビオラはずっと大切にしてきた屋敷を飛び出した。  そしてその飛び出した先で出会った人とは? (できる限り毎日投稿を頑張ります。誤字脱字、世界観、ストーリー構成、などなどはゆるゆるです)

寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。

にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。 父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。 恋に浮かれて、剣を捨た。 コールと結婚をして初夜を迎えた。 リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。 ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。 結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。 混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。 もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと…… お読みいただき、ありがとうございます。 エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。 それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。

今から婚約者に会いに行きます。〜私は運命の相手ではないから

ありがとうございました。さようなら
恋愛
婚約者が王立学園の卒業を間近に控えていたある日。 ポーリーンのところに、婚約者の恋人だと名乗る女性がやってきた。 彼女は別れろ。と、一方的に迫り。 最後には暴言を吐いた。 「ああ、本当に嫌だわ。こんな田舎。肥溜めの臭いがするみたい。……貴女からも漂ってるわよ」  洗練された都会に住む自分の方がトリスタンにふさわしい。と、言わんばかりに彼女は微笑んだ。 「ねえ、卒業パーティーには来ないでね。恥をかくのは貴女よ。婚約破棄されてもまだ間に合うでしょう?早く相手を見つけたら?」 彼女が去ると、ポーリーンはある事を考えた。 ちゃんと、別れ話をしようと。 ポーリーンはこっそりと屋敷から抜け出して、婚約者のところへと向かった。

あなただけが私を信じてくれたから

樹里
恋愛
王太子殿下の婚約者であるアリシア・トラヴィス侯爵令嬢は、茶会において王女殺害を企てたとして冤罪で投獄される。それは王太子殿下と恋仲であるアリシアの妹が彼女を排除するために計画した犯行だと思われた。 一方、自分を信じてくれるシメオン・バーナード卿の調査の甲斐もなく、アリシアは結局そのまま断罪されてしまう。 しかし彼女が次に目を覚ますと、茶会の日に戻っていた。その日を境に、冤罪をかけられ、断罪されるたびに茶会前に回帰するようになってしまった。 処刑を免れようとそのたびに違った行動を起こしてきたアリシアが、最後に下した決断は。

私が家出しても、どうせあなたはなにも感じないのでしょうね

睡蓮
恋愛
ジーク伯爵はある日、婚約者であるミラに対して婚約破棄を告げる。しかしそれと同時に、あえて追放はせずに自分の元に残すという言葉をかけた。それは優しさからくるものではなく、伯爵にとって都合のいい存在となるための言葉であった。しかしミラはそれに返事をする前に、自らその姿を消してしまう…。そうなることを予想していなかった伯爵は大いに焦り、事態は思わぬ方向に動いていくこととなるのだった…。

処理中です...