【完結】君は強いひとだから

冬馬亮

文字の大きさ
31 / 58

結婚前の一波乱 ⑥

しおりを挟む



「今日はれんらく係がちがう所にいたから、いつもよりヨルンさまに伝わるのに時間がかかって・・・僕、あわてて花瓶で殴りに来ちゃいましたよ!」


 ぐしぐし泣いている男の子は、文句を言いながらもグスタフが持っていたナイフを拾うと、ラエラの両手の縄を切ってくれた。


「ええと、その、ごめんなさいね? そしてありがとう、助けてくれて」

「・・・いえ、ぶじでよかったです。ホントに」



 すん、と鼻をすする男の子は、ソルと名乗った。


 ラエラから金を盗もうとした件で捕まったソルと彼の妹は、ヨルン預かりになった後、密偵として働くようになったという。

 密偵と言っても、ヨルンに指示された人物を見張ったり、他の見張りからの連絡を中継ぎしたりなど危険度は低い。

 ソルの場合、見張りの時は基本、妹とペアで、顔を覚えられないように交代で行う。要所要所に連絡係が配置されていて、何かあったらすぐにヨルンまで報告が行く仕組みだ。
 ただ、その連絡係の配置は見張りなどの動き方によって変更がある。重要箇所に、より多く人員が割かれるのだ。

 ラエラは当然、最重要人物扱いだ。けれど今日のお出かけはヨルンには内緒だった為に係の配置はいつも通りだった。

 だから、グスタフがラエラを拉致した時、連絡はいつも通りのスピード―――つまり最短最速ではヨルンに伝わらなかった。

 ソルはグスタフの見張りをしていて、偶然ラエラ拉致の現場に遭遇しただけだったからだ。


「グスタフ・ケイシーの見張りって・・・見張らなければいけないような何かがあったってこと?」


 そうラエラが尋ねた時、外から馬の蹄の音といななきが聞こえ、会話が途切れた。

 耳をすませていると、複数の人の話し声と、乱暴に扉を開ける音が聞こえてきた。
 それから、こちらに向かって足早に近づいて来る靴の音。



「ラエラさま! ご無事ですか⁉︎」


 ソルが乱入してグスタフをやっつけてからわずか10分後。ラエラがグスタフの家に連れ込まれてからでもまだ約一時間後。

 現れたのは騎士ではなくヨルンで、ラエラは返事をする間も無く、ぎゅうぎゅうと抱きしめられたのだった。









「・・・このクソ男はですね、ラエラさまにフラれた後、平民の娘と結婚したんです」


 げしげし、と気絶しているグスタフの頭を蹴りながら、ヨルンは言った。


 ちなみにグスタフの頭には、既に2つのたんこぶがある。ヨルンが到着する前にグスタフが目を覚ました為、ソルがもう一回花瓶で殴ったからだ。



 行きつけの食堂で働いていた平民の娘と結婚したグスタフは、予定通り手柄を立てて出世する・・・事はなく、平騎士のまま一年と半年が過ぎた。

 食堂の娘は最初はもちろんグスタフに好意を持っていたのだが、家は不在がちで給金もろくに渡さず、たまに帰れば平民の血だと妻を下女扱いするグスタフに、一年経つ頃には既に愛想が尽きていた。
 そしてある日、サインした離婚届だけを残して出て行った。グスタフがそれに気づいたのは久しぶりに帰宅した日、妻が出て行った6日後だった。


 新しい嫁を見つけようとしたが、食堂を介した平民同士の情報網はなかなかに広く、人気の騎士職でも新たな妻の成り手は見つからない。これでグスタフが美形だったら少しは違ったのかもしれないが、残念ながら彼は至って並の顔立ちだった。


 その頃、グスタフはラエラがヨルンと婚約した事を知る。自分をフッたラエラが、5歳も下の次期伯爵当主と婚約したと聞き、猛烈な妬みと怒りに襲われた。

 そうしてグスタフがラエラの周辺を嗅ぎ回るようになり、それに気づいたヨルンが、動向を探る為に監視を付ける事にした。そのうちの一人がソルだった。


 多少の付き纏い行為はあったものの、ヨルンが手配した者たちにより、ラエラに気づかれる事なく全て防げていた。

 だが、そんなグスタフに近づく者がいた。


 その者と接触してから、グスタフの付き纏い行為がエスカレートしていった。ヨルンはラエラ周辺の警護を強化し、その家に調査を入れていたところだった。


「僕のラエラさまに手を出した事を後悔させてあげましょう」


 にこやかに笑みつつ、ヨルンは私兵たちに命じてグスタフを連行させた。



 グスタフの犯行動機が判明したのは、その翌日。



 グスタフは、ヨルンの妻、つまり次期伯爵夫人の座を狙う家から依頼を受けていた。

 依頼元はある子爵家で、娘がヨルンに懸想していた。
 ラエラを婚約者の立場から追い落とす事に成功したなら、報酬として現金とその家での専属護衛の役職を与えると提案したそうだ。


 当座の金の確保と安定した職の提案に、浅はかなグスタフは迷いなく頷いた。





しおりを挟む
感想 156

あなたにおすすめの小説

私が家出をしたことを知って、旦那様は分かりやすく後悔し始めたようです

睡蓮
恋愛
リヒト侯爵様、婚約者である私がいなくなった後で、どうぞお好きなようになさってください。あなたがどれだけ焦ろうとも、もう私には関係のない話ですので。

【12話完結】私はイジメられた側ですが。国のため、貴方のために王妃修行に努めていたら、婚約破棄を告げられ、友人に裏切られました。

西東友一
恋愛
国のため、貴方のため。 私は厳しい王妃修行に努めてまいりました。 それなのに第一王子である貴方が開いた舞踏会で、「この俺、次期国王である第一王子エドワード・ヴィクトールは伯爵令嬢のメリー・アナラシアと婚約破棄する」 と宣言されるなんて・・・

エレナは分かっていた

喜楽直人
恋愛
王太子の婚約者候補に選ばれた伯爵令嬢エレナ・ワトーは、届いた夜会の招待状を見てついに幼い恋に終わりを告げる日がきたのだと理解した。 本当は分かっていた。選ばれるのは自分ではないことくらい。エレナだって知っていた。それでも努力することをやめられなかったのだ。

【完結】今日も旦那は愛人に尽くしている~なら私もいいわよね?~

コトミ
恋愛
 結婚した夫には愛人がいた。辺境伯の令嬢であったビオラには男兄弟がおらず、子爵家のカールを婿として屋敷に向かい入れた。半年の間は良かったが、それから事態は急速に悪化していく。伯爵であり、領地も統治している夫に平民の愛人がいて、屋敷の隣にその愛人のための別棟まで作って愛人に尽くす。こんなことを我慢できる夫人は私以外に何人いるのかしら。そんな考えを巡らせながら、ビオラは毎日夫の代わりに領地の仕事をこなしていた。毎晩夫のカールは愛人の元へ通っている。その間ビオラは休む暇なく仕事をこなした。ビオラがカールに反論してもカールは「君も愛人を作ればいいじゃないか」の一点張り。我慢の限界になったビオラはずっと大切にしてきた屋敷を飛び出した。  そしてその飛び出した先で出会った人とは? (できる限り毎日投稿を頑張ります。誤字脱字、世界観、ストーリー構成、などなどはゆるゆるです)

寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。

にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。 父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。 恋に浮かれて、剣を捨た。 コールと結婚をして初夜を迎えた。 リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。 ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。 結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。 混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。 もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと…… お読みいただき、ありがとうございます。 エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。 それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。

今から婚約者に会いに行きます。〜私は運命の相手ではないから

ありがとうございました。さようなら
恋愛
婚約者が王立学園の卒業を間近に控えていたある日。 ポーリーンのところに、婚約者の恋人だと名乗る女性がやってきた。 彼女は別れろ。と、一方的に迫り。 最後には暴言を吐いた。 「ああ、本当に嫌だわ。こんな田舎。肥溜めの臭いがするみたい。……貴女からも漂ってるわよ」  洗練された都会に住む自分の方がトリスタンにふさわしい。と、言わんばかりに彼女は微笑んだ。 「ねえ、卒業パーティーには来ないでね。恥をかくのは貴女よ。婚約破棄されてもまだ間に合うでしょう?早く相手を見つけたら?」 彼女が去ると、ポーリーンはある事を考えた。 ちゃんと、別れ話をしようと。 ポーリーンはこっそりと屋敷から抜け出して、婚約者のところへと向かった。

あなただけが私を信じてくれたから

樹里
恋愛
王太子殿下の婚約者であるアリシア・トラヴィス侯爵令嬢は、茶会において王女殺害を企てたとして冤罪で投獄される。それは王太子殿下と恋仲であるアリシアの妹が彼女を排除するために計画した犯行だと思われた。 一方、自分を信じてくれるシメオン・バーナード卿の調査の甲斐もなく、アリシアは結局そのまま断罪されてしまう。 しかし彼女が次に目を覚ますと、茶会の日に戻っていた。その日を境に、冤罪をかけられ、断罪されるたびに茶会前に回帰するようになってしまった。 処刑を免れようとそのたびに違った行動を起こしてきたアリシアが、最後に下した決断は。

私が家出しても、どうせあなたはなにも感じないのでしょうね

睡蓮
恋愛
ジーク伯爵はある日、婚約者であるミラに対して婚約破棄を告げる。しかしそれと同時に、あえて追放はせずに自分の元に残すという言葉をかけた。それは優しさからくるものではなく、伯爵にとって都合のいい存在となるための言葉であった。しかしミラはそれに返事をする前に、自らその姿を消してしまう…。そうなることを予想していなかった伯爵は大いに焦り、事態は思わぬ方向に動いていくこととなるのだった…。

処理中です...