【完結】君は強いひとだから

冬馬亮

文字の大きさ
49 / 58

だから、ちゃんと

しおりを挟む


 全てを誤魔化す訳にはいかないけれど、全てをつまびらかにする必要はない。


 そう思ったヨルンは、ラエラに説明する時、敢えて報告の内容を一部曖昧にした。






「そうなのですね・・・」


 ヨルンの話が終わると、ラエラは頬に手を当て、考え込んだ。

 
「・・・では、お義父さまのお怪我の事は、妊娠中のわたくしがショックを受けないように黙っていらしたのね?」

「はい。精神的なショックが致命的な事故につながる事もあると聞きましたので」

「確かに、先生がそう仰っていたのを、わたくしも覚えていますわ」


 ラエラは隣室の―――2人の愛する息子がいるであろう子ども部屋の扉の方へ、視線を向けながら言った。


「出産するまでの期間、わたくしが心穏やかに過ごせるよう気を遣ってくださったのですね。ありがとうございます」

「妻を大切にするのは当然の事です」

「ふふ、嬉しいですわ」


 ラエラは手を伸ばして、そっとヨルンの頬に触れた。
 ラエラが納得してくれたと安堵したヨルンは、目を瞑って、ラエラの手に顔を寄せた。


 ラエラの温かく柔らかい手が、ヨルンの頬をそっと包み込み―――



「・・・うにゅっ!」


 ぎゅむ、と頬の肉をつまんだ。

 予想もしなかった衝撃に目を見開いたヨルンは、なぜか頬を膨らませている目の前の妻を見下ろした。


「・・・リャエリャしゃま?」


 けっこう思い切り引っ張られているせいで、少し低めの格好いいヨルンの声が、情けない音を発している。

 けれど今のラエラにそれを気にする素振りはない。ただ真面目な顔で、ヨルンを見上げて言った。


「・・・本当に、それだけですか?」

「ひょんとうに、てょは」

「アッシュが暴れて、巻き込まれたお義父さまが片目を失明する大怪我をした・・・確かに大ごとです。でも、それでわたくしの流産が心配になりますか? 大切な家族ですから、すごく驚いたとは思うけれど」

「・・・」

「本当にそれだけが理由ですか?」

「・・・しょうれす」

「まあ」


 ラエラのもう片方の手がヨルンの無事な方の頬に伸び、ぐいっと引っ張られた。


「リャエリャしゃま、いひゃいれす」

「痛くしているのですから、当たり前です」

「・・・ひゃい、すみましぇん」


 ラエラはヨルンの頬から手を離すと、じっとヨルンを見上げて言った。


「ヨルンさまはいつも、わたくしとしっかりと目を合わせて話をしてくださいますの。疲れていても、忙しくても、慌てている時でも必ず」

「は・・・はあ」

「でも、さっきわたくしの質問に答えた時のヨルンさまは違いましたわ。目が合っているようで、実は少しズレた場所を見ておられた。先ほどお義父さまが怪我をした話の時もそう。ヨルンさまと一度もちゃんと目が合いませんでした。どうしてなのでしょう」

「・・・」

「あらあら、もう一回、頬を引っ張った方がいいかしら?」


 両手の指をわきわきと動かしながら、ラエラは言った。
 ラエラはもう確信している。そして引く気がない。となれば、ヨルンが観念するしかない。


「・・・ラエラさまには敵いませんね」


 苦笑するヨルンに、ラエラは続けた。


「尋問みたいな事をしてごめんなさい。でも、もし執務や王城でのお仕事の話だったら、わたくしだって無理に聞き出そうとはしませんわ。でも、アッシュやお義父さまの事なら、ヨルンさまだけに背負わせたくないのです」

「・・・それは、でもラエラさま、僕は・・・」


 それでも、と続けようとしたヨルンの唇を、ラエラが指でそっと封じた。


「ヨルンさまが、わたくしを心配してそうして下さったのは分かっているの。でも、お忘れではないかしら、わたくしは強いのよ? 芯があって、しっかりしていて、強い人なの。ヨルンさまはそう言って、わたくしの事を褒めてくれたでしょう? それとも、あれは嘘?」

「嘘なんかじゃ・・・」

「ええ、分かっていますわ。ヨルンさまは、わたくしを心配して下さっただけ。ヨルンさまにいつも守ってもらえてわたくしは本当に幸せです。でも、守られるだけでなく、わたくしもヨルンさまの事を支える人になりたいのです」


 だから、とラエラは続けた。


「森で何があったのか、ちゃんと教えて」











 ~~~
 以下は告知になります。
 近況ボードでもお知らせしましたが、ご覧になってない方もいらっしゃると思うので、ここにも書く事にしました。

 以前に書籍化した拙作『あなたの愛など要りません』がコミカライズします。

 こちら、作画担当の方が描いて下さったバナーイラストです。

 


 連載開始日は1月23日(火)、以降は毎月第4火曜日更新の予定。

 応援して下さると嬉しいです。


しおりを挟む
感想 156

あなたにおすすめの小説

私が家出をしたことを知って、旦那様は分かりやすく後悔し始めたようです

睡蓮
恋愛
リヒト侯爵様、婚約者である私がいなくなった後で、どうぞお好きなようになさってください。あなたがどれだけ焦ろうとも、もう私には関係のない話ですので。

【12話完結】私はイジメられた側ですが。国のため、貴方のために王妃修行に努めていたら、婚約破棄を告げられ、友人に裏切られました。

西東友一
恋愛
国のため、貴方のため。 私は厳しい王妃修行に努めてまいりました。 それなのに第一王子である貴方が開いた舞踏会で、「この俺、次期国王である第一王子エドワード・ヴィクトールは伯爵令嬢のメリー・アナラシアと婚約破棄する」 と宣言されるなんて・・・

エレナは分かっていた

喜楽直人
恋愛
王太子の婚約者候補に選ばれた伯爵令嬢エレナ・ワトーは、届いた夜会の招待状を見てついに幼い恋に終わりを告げる日がきたのだと理解した。 本当は分かっていた。選ばれるのは自分ではないことくらい。エレナだって知っていた。それでも努力することをやめられなかったのだ。

【完結】今日も旦那は愛人に尽くしている~なら私もいいわよね?~

コトミ
恋愛
 結婚した夫には愛人がいた。辺境伯の令嬢であったビオラには男兄弟がおらず、子爵家のカールを婿として屋敷に向かい入れた。半年の間は良かったが、それから事態は急速に悪化していく。伯爵であり、領地も統治している夫に平民の愛人がいて、屋敷の隣にその愛人のための別棟まで作って愛人に尽くす。こんなことを我慢できる夫人は私以外に何人いるのかしら。そんな考えを巡らせながら、ビオラは毎日夫の代わりに領地の仕事をこなしていた。毎晩夫のカールは愛人の元へ通っている。その間ビオラは休む暇なく仕事をこなした。ビオラがカールに反論してもカールは「君も愛人を作ればいいじゃないか」の一点張り。我慢の限界になったビオラはずっと大切にしてきた屋敷を飛び出した。  そしてその飛び出した先で出会った人とは? (できる限り毎日投稿を頑張ります。誤字脱字、世界観、ストーリー構成、などなどはゆるゆるです)

寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。

にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。 父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。 恋に浮かれて、剣を捨た。 コールと結婚をして初夜を迎えた。 リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。 ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。 結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。 混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。 もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと…… お読みいただき、ありがとうございます。 エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。 それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。

今から婚約者に会いに行きます。〜私は運命の相手ではないから

ありがとうございました。さようなら
恋愛
婚約者が王立学園の卒業を間近に控えていたある日。 ポーリーンのところに、婚約者の恋人だと名乗る女性がやってきた。 彼女は別れろ。と、一方的に迫り。 最後には暴言を吐いた。 「ああ、本当に嫌だわ。こんな田舎。肥溜めの臭いがするみたい。……貴女からも漂ってるわよ」  洗練された都会に住む自分の方がトリスタンにふさわしい。と、言わんばかりに彼女は微笑んだ。 「ねえ、卒業パーティーには来ないでね。恥をかくのは貴女よ。婚約破棄されてもまだ間に合うでしょう?早く相手を見つけたら?」 彼女が去ると、ポーリーンはある事を考えた。 ちゃんと、別れ話をしようと。 ポーリーンはこっそりと屋敷から抜け出して、婚約者のところへと向かった。

あなただけが私を信じてくれたから

樹里
恋愛
王太子殿下の婚約者であるアリシア・トラヴィス侯爵令嬢は、茶会において王女殺害を企てたとして冤罪で投獄される。それは王太子殿下と恋仲であるアリシアの妹が彼女を排除するために計画した犯行だと思われた。 一方、自分を信じてくれるシメオン・バーナード卿の調査の甲斐もなく、アリシアは結局そのまま断罪されてしまう。 しかし彼女が次に目を覚ますと、茶会の日に戻っていた。その日を境に、冤罪をかけられ、断罪されるたびに茶会前に回帰するようになってしまった。 処刑を免れようとそのたびに違った行動を起こしてきたアリシアが、最後に下した決断は。

私が家出しても、どうせあなたはなにも感じないのでしょうね

睡蓮
恋愛
ジーク伯爵はある日、婚約者であるミラに対して婚約破棄を告げる。しかしそれと同時に、あえて追放はせずに自分の元に残すという言葉をかけた。それは優しさからくるものではなく、伯爵にとって都合のいい存在となるための言葉であった。しかしミラはそれに返事をする前に、自らその姿を消してしまう…。そうなることを予想していなかった伯爵は大いに焦り、事態は思わぬ方向に動いていくこととなるのだった…。

処理中です...