【完結】君は強いひとだから

冬馬亮

文字の大きさ
50 / 58

保留の日々

しおりを挟む




 ラエラが子を無事に出産するまでアッシュの裁定は保留する、そうヨルンから知らせが届き、ギュンターと夫人は落ち着かない日々を送っていた。



 アッシュが今どうしているか、現状を夫妻がその目で見守る事はもう難しい。
 ぐるりと巡らせた高い柵が物理的に互いを隔てている事もある。だがそれ以前に、アッシュが家から姿を見せないのだ。その上、夫妻は今、森を出てすぐの、村の外れに建てた家に移っていた。

 それはヨルンが新しく用意した家だ。
 片目の光を失って以来、物にぶつかりやすくなったギュンターと、往診で通う医者の利便性を考えての事だった。







「ラエラちゃんの事は、もうアッシュの中で完全に終わってるとばかり思っていたの。それが、まさか妊娠の知らせで、アッシュがあんなに様子がおかしくなるなんてねぇ・・・」


 夫人は今も、あの日の出来事を悪夢のように感じている。一からやり直して、頑張って少しずつ積み上げていったものがガラガラと崩れ落ちた日だ。
 その日の事を繰り返し嘆く夫人の背中を、左目に眼帯をつけたギュンターが優しくさすった。


「私もそう思って、気を抜いていたんだよ。2人の結婚について話した時は、アッシュの様子に別に変わったところもなかったしね・・・もしかしたらアッシュはあの時も、結婚は結婚でも、白い結婚と思っていたのだろうか」

「まさか。2人はあんなに仲睦まじいのに?」

「う~む、だがなぁ・・・」


 アッシュは心のどこかで、ラエラが今もアッシュを想って操を立てているとでも信じていたのではないだろうか。ギュンターは、ふとそんな事を思ってしまった。


 そう言えば、とギュンターは口を開いた。


「アッシュはあの後、ヨルンがどれだけラエラの為に頑張っていたか知らないんだ。だから昔のイメージのまま・・・アッシュを一途に想うラエラと、ラエラよりも5歳年下のほんの少年に過ぎないヨルンのままで・・・だとしたら、アッシュは白い結婚を本気で信じていた可能性が高い」

「バカよ、あの子は。今もラエラちゃんがアッシュを想ってくれてるなんて、思い上がりもいいところだわ」

「・・・ヨルンはアッシュをどうするのだろうな。やはりバイツァーたちと同じ、新薬の被験者だろうか」

「・・・どうでしょう。何と言われても、私たちが文句を言える事ではありませんけどね」





 王都のロンド伯爵家から、森の手前の家に住む夫妻に連絡が来たのは、夫妻がこの会話をした日より1週間ほど前―――ラエラの出産から約10か月ほど後の事だった。

 ラエラの体力も順調に回復しているとの事で、今回夫婦でギュンターたちが住んでいる家を訪問すると言う。


 結婚式の翌日にギュンターと夫人はロンド伯爵邸を発ったから、実に2年半ぶりの再会となる。

 けれど、これはただの訪問でない。きっとアッシュの処遇について告げられるのだろう。



「ねえ、ギュンター。見張りの護衛が教えてくれたわ。アッシュあの子、夜中にこそこそ穴を掘って生ゴミを埋めてるそうよ」


 一時期は、生きているか心配になるほど姿を確認できなかった。

 けれど最近になって、見張りの騎士が気づいたのだ。夜中に響く、地面に穴を掘る音に。

 アッシュは夜中に家から出て、柵で囲われた範囲内に残された地面に穴を掘って、ゴミを処分するようになった。以前、母から教わった事だ。

 未だギュンターもアニエスもアッシュの姿を見る事が出来ていないが、見張りの中には、井戸の水を汲んで洗濯をするアッシュの姿を見たという報告が時々上がる。


 羞恥なのか後悔なのか、それとも純粋に嫌なのか、アッシュは両親が柵越しに声をかけても家から出て来る事はない。
 それでも、見張りから話を聞けるだけで夫妻は安心した。



 だから。

 せっかくの2年半ぶりの再会なのに、ギュンターも夫人も胸中は複雑で、手放しで喜ぶ事は出来なかった。



















しおりを挟む
感想 156

あなたにおすすめの小説

私が家出をしたことを知って、旦那様は分かりやすく後悔し始めたようです

睡蓮
恋愛
リヒト侯爵様、婚約者である私がいなくなった後で、どうぞお好きなようになさってください。あなたがどれだけ焦ろうとも、もう私には関係のない話ですので。

【12話完結】私はイジメられた側ですが。国のため、貴方のために王妃修行に努めていたら、婚約破棄を告げられ、友人に裏切られました。

西東友一
恋愛
国のため、貴方のため。 私は厳しい王妃修行に努めてまいりました。 それなのに第一王子である貴方が開いた舞踏会で、「この俺、次期国王である第一王子エドワード・ヴィクトールは伯爵令嬢のメリー・アナラシアと婚約破棄する」 と宣言されるなんて・・・

エレナは分かっていた

喜楽直人
恋愛
王太子の婚約者候補に選ばれた伯爵令嬢エレナ・ワトーは、届いた夜会の招待状を見てついに幼い恋に終わりを告げる日がきたのだと理解した。 本当は分かっていた。選ばれるのは自分ではないことくらい。エレナだって知っていた。それでも努力することをやめられなかったのだ。

【完結】今日も旦那は愛人に尽くしている~なら私もいいわよね?~

コトミ
恋愛
 結婚した夫には愛人がいた。辺境伯の令嬢であったビオラには男兄弟がおらず、子爵家のカールを婿として屋敷に向かい入れた。半年の間は良かったが、それから事態は急速に悪化していく。伯爵であり、領地も統治している夫に平民の愛人がいて、屋敷の隣にその愛人のための別棟まで作って愛人に尽くす。こんなことを我慢できる夫人は私以外に何人いるのかしら。そんな考えを巡らせながら、ビオラは毎日夫の代わりに領地の仕事をこなしていた。毎晩夫のカールは愛人の元へ通っている。その間ビオラは休む暇なく仕事をこなした。ビオラがカールに反論してもカールは「君も愛人を作ればいいじゃないか」の一点張り。我慢の限界になったビオラはずっと大切にしてきた屋敷を飛び出した。  そしてその飛び出した先で出会った人とは? (できる限り毎日投稿を頑張ります。誤字脱字、世界観、ストーリー構成、などなどはゆるゆるです)

寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。

にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。 父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。 恋に浮かれて、剣を捨た。 コールと結婚をして初夜を迎えた。 リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。 ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。 結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。 混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。 もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと…… お読みいただき、ありがとうございます。 エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。 それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。

今から婚約者に会いに行きます。〜私は運命の相手ではないから

ありがとうございました。さようなら
恋愛
婚約者が王立学園の卒業を間近に控えていたある日。 ポーリーンのところに、婚約者の恋人だと名乗る女性がやってきた。 彼女は別れろ。と、一方的に迫り。 最後には暴言を吐いた。 「ああ、本当に嫌だわ。こんな田舎。肥溜めの臭いがするみたい。……貴女からも漂ってるわよ」  洗練された都会に住む自分の方がトリスタンにふさわしい。と、言わんばかりに彼女は微笑んだ。 「ねえ、卒業パーティーには来ないでね。恥をかくのは貴女よ。婚約破棄されてもまだ間に合うでしょう?早く相手を見つけたら?」 彼女が去ると、ポーリーンはある事を考えた。 ちゃんと、別れ話をしようと。 ポーリーンはこっそりと屋敷から抜け出して、婚約者のところへと向かった。

あなただけが私を信じてくれたから

樹里
恋愛
王太子殿下の婚約者であるアリシア・トラヴィス侯爵令嬢は、茶会において王女殺害を企てたとして冤罪で投獄される。それは王太子殿下と恋仲であるアリシアの妹が彼女を排除するために計画した犯行だと思われた。 一方、自分を信じてくれるシメオン・バーナード卿の調査の甲斐もなく、アリシアは結局そのまま断罪されてしまう。 しかし彼女が次に目を覚ますと、茶会の日に戻っていた。その日を境に、冤罪をかけられ、断罪されるたびに茶会前に回帰するようになってしまった。 処刑を免れようとそのたびに違った行動を起こしてきたアリシアが、最後に下した決断は。

私が家出しても、どうせあなたはなにも感じないのでしょうね

睡蓮
恋愛
ジーク伯爵はある日、婚約者であるミラに対して婚約破棄を告げる。しかしそれと同時に、あえて追放はせずに自分の元に残すという言葉をかけた。それは優しさからくるものではなく、伯爵にとって都合のいい存在となるための言葉であった。しかしミラはそれに返事をする前に、自らその姿を消してしまう…。そうなることを予想していなかった伯爵は大いに焦り、事態は思わぬ方向に動いていくこととなるのだった…。

処理中です...