31 / 110
どこが惚気だ
しおりを挟む「・・・ユスターシュさま、どうしたんですか。先ほどからずっと机に突っ伏して居られますが」
そう問うたのは、図書館長のハインリヒだ。
そう、前の側妃が計画した『王子たちまとめて暗殺未遂事件』の際に、巻き込まれて危うく死にかけた元侍従見習いである。
あの事件の後、ハインリヒはユスターシュ付きの侍従となり、現在は別の役目で王立図書館長を務めている。
ちなみに、王立図書館は数少ないユスターシュの休憩スポットでもあるため、ここで働く職員たちは全員、カツラをかぶったユスターシュ、つまりジュストの正体が裁定者である事を知っている。
ユスターシュの計らいで図書館勤務となったヘレナだけが、ずっと知らずにいただけの事だ。
「やっと愛しのヘレナ嬢と婚約出来たのでしょう。何をそんなに落ち込んでるんですか・・・ああ、もしかして例の彼ですか? ここ数日、ずっとユスターシュさまの執務室に押しかけて来るという・・・」
「ロクタン」
「ああ、そう、そうでした。ロクタン、そういう名前でした。確か伯爵家のひとり息子でしたね。もしかして、あれからも何かあったんですか?」
突っ伏したまま、顔も上げずに答えるユスターシュを気にもせずに、ハインリヒは問いかける。
その手を休める事なく、返却された図書館の本の整理をしながら。
「・・・アレは相変わらずだ。今はちょっと・・・別のことで少し落ち込んでいるだけだ」
「・・・昨日は確かお休みでしたよね。仕事がないから一日中ヘレナ嬢と一緒にいられると、あんなに喜んでおられたのに・・・」
はて、と首を傾げたハインリヒは、少し考えた後、頭に浮かんだ疑問を口にしようとする。
「おい待て、それを言うな」
いち早く読み取ったユスターシュが止めるが、残念ながら間に合わなかった。
「ヘレナ嬢に嫌いとか言われたのですか?」
「ぐう・・・っ!」
ユスターシュは3万HPのダメージを受けた。
「え、嘘でしょう、まさか・・・」
「言われてない、それは言われてない」
ユスターシュの反応に顔を青くしたハインリヒが誤解しかけたので、慌てて否定した。
驚いた時の心の声や映像は、何かのショックを受けたせいなのかより鮮明になる。
クリアな映像で、「ユスターシュさまなんか嫌い」とヘレナが呟く映像が何度もハインリヒの頭の中で繰り返される。ユスターシュはもはや瀕死の状態だ。
即刻、速やかに、1秒でも早くその映像のリピートを止めて欲しい。
「ヘレナにそんな事を言われてたら、私はもうとっくに死んでいる。お前の言葉だけでこのダメージだ。縁起でもない事を考えないでくれ、ハインリヒ」
「すみません。ですが、それならどうして」
「・・・ヘレナが素直すぎて辛いのだ」
「はい?」
「あんまり素直に、私のでっち上げた嘘を信じるものだから、なんかこう・・・罪悪感が」
「・・・」
「ヘレナがな、私の屋敷での生活にすんなり溶け込めたのも、私と一緒にいて楽しいのも、実家をそれほど恋しく思わずにいられるのも、『やっぱり番だからですね』のひと言で終わらせてしまうんだ」
「・・・そうですか、幸せそうで何よりです。では私はこれで」
「待て待て待て。何だ、その棒読みの台詞は」
ハインリヒが本を持って席を立とうとするのを、ユスターシュが慌てて引き止めた。
だが、ハインリヒはすっかり呆れ顔だ。
「何って、惚気に付き合うほど私は暇ではありませんので」
「惚気じゃない。真剣に悩んでいるんだ。何でもかんでも番と言う理由で納得されると、その嘘を吐いた張本人としてはだな、こうひしひしと・・・」
「はいはい。ユスターシュさまの恋が順調な様で何よりです。では私はこの本を棚に戻して来ますので」
「順調って、そんな訳が・・・あっ、ハインリヒ・・・」
「悩みも恋の醍醐味ですよ、ユスターシュさま」
ユスターシュの呼びかけも虚しく、ハインリヒはそれだけを言うと、仕分けした図書を手に棚の方へスタスタと行ってしまった。
ひとり司書用の机に取り残されたユスターシュは、「惚気ってどこがだよ・・・」と呟いた。
100
あなたにおすすめの小説
五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~
放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」
大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。
生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。
しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。
「すまない。私は父としての責任を果たす」
かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。
だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。
これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
竜帝に捨てられ病気で死んで転生したのに、生まれ変わっても竜帝に気に入られそうです
みゅー
恋愛
シーディは前世の記憶を持っていた。前世では奉公に出された家で竜帝に気に入られ寵姫となるが、竜帝は豪族と婚約すると噂され同時にシーディの部屋へ通うことが減っていった。そんな時に病気になり、シーディは後宮を出ると一人寂しく息を引き取った。
時は流れ、シーディはある村外れの貧しいながらも優しい両親の元に生まれ変わっていた。そんなある日村に竜帝が訪れ、竜帝に見つかるがシーディの生まれ変わりだと気づかれずにすむ。
数日後、運命の乙女を探すためにの同じ年、同じ日に生まれた数人の乙女たちが後宮に召集され、シーディも後宮に呼ばれてしまう。
自分が運命の乙女ではないとわかっているシーディは、とにかく何事もなく村へ帰ることだけを目標に過ごすが……。
はたして本当にシーディは運命の乙女ではないのか、今度の人生で幸せをつかむことができるのか。
短編:竜帝の花嫁 誰にも愛されずに死んだと思ってたのに、生まれ変わったら溺愛されてました
を長編にしたものです。
婚約破棄されたトリノは、継母や姉たちや使用人からもいじめられているので、前世の記憶を思い出し、家から脱走して旅にでる!
山田 バルス
恋愛
この屋敷は、わたしの居場所じゃない。
薄明かりの差し込む天窓の下、トリノは古びた石床に敷かれた毛布の中で、静かに目を覚ました。肌寒さに身をすくめながら、昨日と変わらぬ粗末な日常が始まる。
かつては伯爵家の令嬢として、それなりに贅沢に暮らしていたはずだった。だけど、実の母が亡くなり、父が再婚してから、すべてが変わった。
「おい、灰かぶり。いつまで寝てんのよ、あんたは召使いのつもり?」
「ごめんなさい、すぐに……」
「ふーん、また寝癖ついてる。魔獣みたいな髪。鏡って知ってる?」
「……すみません」
トリノはペコリと頭を下げる。反論なんて、とうにあきらめた。
この世界は、魔法と剣が支配する王国《エルデラン》の北方領。名門リドグレイ伯爵家の屋敷には、魔道具や召使い、そして“偽りの家族”がそろっている。
彼女――トリノ・リドグレイは、この家の“戸籍上は三女”。けれど実態は、召使い以下の扱いだった。
「キッチン、昨日の灰がそのままだったわよ? ご主人様の食事を用意する手も、まるで泥人形ね」
「今朝の朝食、あなたの分はなし。ねえ、ミレイア? “灰かぶり令嬢”には、灰でも食べさせればいいのよ」
「賛成♪ ちょうど暖炉の掃除があるし、役立ててあげる」
三人がくすくすと笑うなか、トリノはただ小さくうなずいた。
夜。屋敷が静まり、誰もいない納戸で、トリノはひとり、こっそり木箱を開いた。中には小さな布包み。亡き母の形見――古びた銀のペンダントが眠っていた。
それだけが、彼女の“世界でただ一つの宝物”。
「……お母さま。わたし、がんばってるよ。ちゃんと、ひとりでも……」
声が震える。けれど、涙は流さなかった。
屋敷の誰にも必要とされない“灰かぶり令嬢”。
だけど、彼女の心だけは、まだ折れていない。
いつか、この冷たい塔を抜け出して、空の広い場所へ行くんだ。
そう、小さく、けれど確かに誓った。
キズモノ転生令嬢は趣味を活かして幸せともふもふを手に入れる
藤 ゆみ子
恋愛
セレーナ・カーソンは前世、心臓が弱く手術と入退院を繰り返していた。
将来は好きな人と結婚して幸せな家庭を築きたい。そんな夢を持っていたが、胸元に大きな手術痕のある自分には無理だと諦めていた。
入院中、暇潰しのために始めた刺繍が唯一の楽しみだったが、その後十八歳で亡くなってしまう。
セレーナが八歳で前世の記憶を思い出したのは、前世と同じように胸元に大きな傷ができたときだった。
家族から虐げられ、キズモノになり、全てを諦めかけていたが、十八歳を過ぎた時家を出ることを決意する。
得意な裁縫を活かし、仕事をみつけるが、そこは秘密を抱えたもふもふたちの住みかだった。
聖女の証を義妹に奪われました。ただ証だけ持っていても意味はないのですけどね? など 恋愛作品集
にがりの少なかった豆腐
恋愛
こちらは過去に投稿し、完結している作品をまとめたものになります
章毎に一作品となります
これから投稿される『恋愛』カテゴリの作品は投稿完結後一定時間経過後、この短編集へ移動することになります
※こちらの作品へ移動する際、多少の修正を行うことがあります。
※タグに関してはおよそすべての作品に該当するものを選択しています。
【完結】転生したらラスボスの毒継母でした!
白雨 音
恋愛
妹シャルリーヌに裕福な辺境伯から結婚の打診があったと知り、アマンディーヌはシャルリーヌと入れ替わろうと画策する。
辺境伯からは「息子の為の白い結婚、いずれ解消する」と宣言されるが、アマンディーヌにとっても都合が良かった。「辺境伯の財で派手に遊び暮らせるなんて最高!」義理の息子など放置して遊び歩く気満々だったが、義理の息子に会った瞬間、卒倒した。
夢の中、前世で読んだ小説を思い出し、義理の息子は将来世界を破滅させようとするラスボスで、自分はその一因を作った毒継母だと知った。破滅もだが、何より自分の死の回避の為に、義理の息子を真っ当な人間に育てようと誓ったアマンディーヌの奮闘☆
異世界転生、家族愛、恋愛☆ 短めの長編(全二十一話です)
《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、いいね、ありがとうございます☆
【完結】旦那様、どうぞ王女様とお幸せに!~転生妻は離婚してもふもふライフをエンジョイしようと思います~
魯恒凛
恋愛
地味で気弱なクラリスは夫とは結婚して二年経つのにいまだに触れられることもなく、会話もない。伯爵夫人とは思えないほど使用人たちにいびられ冷遇される日々。魔獣騎士として人気の高い夫と国民の妹として愛される王女の仲を引き裂いたとして、巷では悪女クラリスへの風当たりがきついのだ。
ある日前世の記憶が甦ったクラリスは悟る。若いクラリスにこんな状況はもったいない。白い結婚を理由に円満離婚をして、夫には王女と幸せになってもらおうと決意する。そして、離婚後は田舎でもふもふカフェを開こうと……!
そのためにこっそり仕事を始めたものの、ひょんなことから夫と友達に!?
「好きな相手とどうやったらうまくいくか教えてほしい」
初恋だった夫。胸が痛むけど、お互いの幸せのために王女との仲を応援することに。
でもなんだか様子がおかしくて……?
不器用で一途な夫と前世の記憶が甦ったサバサバ妻の、すれ違い両片思いのラブコメディ。
※5/19〜5/21 HOTランキング1位!たくさんの方にお読みいただきありがとうございます
※他サイトでも公開しています。
王太子妃の器ではないと言われましたが、帝国の未来そのものでした
鍛高譚
恋愛
「お前は王太子妃の器ではない」――そう言われて婚約破棄された公爵令嬢フローラ。
冷酷な王太子と家族に捨てられた彼女に用意されたのは、敵国ラグナ帝国の皇太子への政略結婚だった。
『虐げられる未来しかない』と誰もが思っていたが――
「お前は俺の妃だ。誰にも馬鹿にはさせない」
迎えに来た皇太子クラウスは、初対面でまさかの溺愛宣言!?
今まで冷遇されてきたフローラは、クラウスの優しさに戸惑いながらも、
彼のもとで新たな人生を歩み始める。
一方、フローラを捨てた王国は思わぬ危機に陥り、
彼女を見下していた者たちは後悔に苛まれていく――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる