【完結】あなたが私を『番』にでっち上げた理由

冬馬亮

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完璧にズレている話

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「あれ。今日、弟くんたちが来てたんだ?」

「ええ、そうなんです」



ユスターシュには、ヘレナのあのやんちゃな弟二人が駆け込んで来る姿が見えた。もちろん頭の中でである。


アストロとカイオスの二人は、なんと自邸から走って来たらしい。
少年たち、いや彼らはまだ子どもと言うべきだろうか、とにかく二人の有り余った体力が、今回遺憾なく発揮された訳だ。


たったかたったか走って来た二人は、ユスターシュ邸の門前に到着する。
もちろん二人の登録はしてあるから顔パスで門が開いた。


「「おお~っ!」」


重なる喜びの声。

二人は拍手しながら中に入って来た。


「うちにもこういうの、あると良いよな」

「うん、格好いいもん。あと、変なやつが入って来れないし」

「まぁ、無理だろうけどさ」

「うん、無理だろうけどね」


ユスターシュの指示でレウエル家に門番が派遣され、最近は屋敷の中までロクタンが突入して来る事もなくなったらしいのだが、アストロたちからすると、彼には少し痛い目に遭ってほしいらしい。


「番犬がいたら良かったな」

「ああ、いいね、番犬。牙が鋭くて、大きくて、ガウーッてさ、見たら一発で怖くなる様な感じの」


ヘレナはそこまでずっと、うんうんと頷いていた。

番犬・・・格好いい響きである。
だが、貧乏なレウエル家では、食糧事情により犬猫を飼うよりも鶏を飼う方が優先された。

鶏がいれば、毎朝の卵料理のメイン材料は確保できる。放し飼いにすれば、ほぼ自力で餌も取ってくれる有り難い存在だ。

という訳で、ヘレナもアストロもカイオスも、犬や猫を飼う経験はこれまで皆無だった。


そこに彗星のように颯爽と現れたのが、我らが虎じろうである。

初めてのペット、初めてのもふもふ、初めての肉球である。

猫がいるとなれば、アストロもカイオスも喜んで走る。6.6キロなど躊躇なく走る。
それほどに、虎じろうの需要はすごかった。


本当なら、そんなのどかな理由でここに来ていただけなのだ。

ただ、ヘレナが番犬という言葉に反応してしまった。


・・・なるほどね。


きっかけはこれか、とユスターシュは納得した。


番犬かぁ。なら、虎じろうが番猫になったらどうかしら。


ユスターシュの推測通り、もわんと兵隊さんの様な服を着た虎じろうが、ヘレナの頭の中に登場する。
そして兵隊バージョンの虎じろうは、直立不動の体勢で門の前に立った。
手には槍、どうやって持っているのか謎ではあるが、ド○えもんと似た様な理屈なのだろう、とにかく手に吸い付くようにして槍を持っている。


・・・サイズはまだ普通だけど。


ヘレナによる映像を見ながら、ユスターシュはそう独り言ちた。



そこにロクタンが現れる。


「ヘレナを出せぃ!」


・・・いや、これ、どこの誰?


もちろん、このツッコミはユスターシュだ。

だってこのロクタン、頬には刀傷があるし、顔も厳ついし、眉は太いし、どう見てもいつものへなちょこロクタンとは別人なのである。


「黙れ、無礼者め! ここは通さん!」


兵隊バージョンの虎じろうは、厳ついバージョンの別人ロクタンの前に槍を突き出す。


・・・て言うか、虎じろう喋れるんだ。


「何をぅ? きさま、猫のくせに生意気だぞぅ?」


・・・ツッコむのそこ? 喋れるとこはいいの?


「生意気なのはお前だ! ヘレナ姫さまには、ユスターシュ王子というご立派な婚約者がおられるのだ!」


・・・


「なんだとぅ? この僕にそんな口をきくとは・・・許さんっ!」


厳ついロクタンは、腰に下げた剣を手に取り、兵隊バージョンの虎じろうに襲いかかる!


「甘い! 甘いわぁっ!」


槍で軽く剣を薙ぎ払うと、虎じろうの体はむくむくと大きくなっていき・・・


・・・えええ? そういう流れ?


デデン、デデデン、と大きく大きくなっていった虎じろうは、体も態度も更に大きくなり、ゴロリと寝そべった。


いつの間にか兵隊さんの服は無くなっている。
いつもの虎じろうの巨大版だ。


「ひえぇぇぇっ! お、お許しを~っ!」


ペコペコとコメツキバッタの様に頭を下げるロクタン。
こちらも厳ついバージョンは何処へやら、いきなり元の仕様のロクタンに戻っている。


・・・さすがはヘレナ。何でもアリだな。


屋敷よりも大きくなった虎じろうは、それはそれはなかなかの迫力で、けれど怖いかと聞かれればそうでもなくて。

なにしろ元のモデルが瞳うるうるの、おヒゲぴこんぴこんの、尻尾ふりふりの、毛並みふさふさの子猫ちゃんである。


だから、巨大虎じろうに驚いたのは驚いたのだけれど、怖いかと聞かれれば正直言って怖くはなくて。


ロクタンは土下座してはいたけれど、番猫として使えるかどうかは微妙な気がする。寧ろ子どもたちなど大喜びで寄ってきて大騒ぎになるのではないかと、その様に正直に答えたのだが。


「そうですか。良い案だと思ったのですが、じゃあ無理ですね・・・」


ヘレナはしょんぼりと項垂れた。


いや、そもそも猫は直立不動で立ったりしないし、槍も持たないし、喋らないし、何より巨大化しない。


二人とも、話が完璧にズレている事に、全く気づいていなかった。


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