【完結】あなたが私を『番』にでっち上げた理由

冬馬亮

文字の大きさ
48 / 110

必要で特別で

しおりを挟む

「へぇ・・・それで虎じろう、でしたっけ? 巨大化した姿に驚いて、話を聞いているうちに用意していた花束を渡し忘れた、と」


翌日の王立図書館。

少々暗くなっているユスターシュに、どうしたのかと声をかけたマノアは、昨日の出来事について話を聞いていた。


せっかくメッセージカードまで付けて用意したジャスミンの花束。ずっとヘレナと一緒に居たいという願いを込めて用意したもので、もちろんそう言葉でも伝えながら渡すつもりでいたそうで。


それが、巨大虎じろうの話に夢中になって、うっかりすっかりその存在を忘れてしまったのだとか。


「ところで、その渡し忘れた花束はどこにあったんですか?」

「・・・馬車の中だ。情けない事に、翌朝また馬車に乗り込む寸前まで忘れていた」

「あらまあ、それでは花束は」


ユスターシュは、こくりと頷く。


「枯れてはいないが葉や花が少し萎れ気味でな。ヘレナも見送りに馬車近くまで来てくれてたが、今さら渡すのも何か違う気がして」


そのまま持って来た、とカバンの中を切なそうに見た。


ああ、なるほど。その中に入ってるのね。


でも、気持ちを込めて用意したものだから、捨てるに捨てられないってところかしら。


「・・・そうなんだ」


ぽつりとユスターシュが同意の言葉を漏らした。


今さら渡せない、でも捨てられない、だったら・・・


ぴこん、とマノアが閃いた。

それに反応して、ユスターシュが顔を上げる。


「・・・ジャスミンに、そういうやり方が?」


その問いに頷きを返しながら、何となくマノアは、ヘレナがユスターシュの能力を便利だと言った理由が分かった気がした。

そして、今さらながらに気づいたのだ。

自分が、ユスターシュの前でヘレナほどには気を緩めてはいなかった事に。


ヘレナと出会う前のユスターシュはずっと無表情だったから、マノアには気づく機会もなかったのだろう。


マノアの中で、何かがすとんと腑に落ちる。


自分は無意識に、ユスターシュの前でどこか気を張っていたのかもしれない。


そうマノアは思った。

ハインリヒはそうではないかもしれない。
けれどアルフェンは、ローウェルは。


ああ、そうか、そういう事か。 


単にユスターシュがヘレナを一目見て恋に落ちたからとか、そういう単純な事ではないのだ。


ユスターシュにはヘレナが必要で。ヘレナが特別で。

確かにある意味、そう本当に、ヘレナはユスターシュにとって番と言える存在なのだ。


だって、こんなに彼にぴったりの人はいない。


「・・・ありがとう」


マノアの心の声に、ユスターシュは嬉しそうに微笑んだ。


「マノアの言ってた、ドライフラワー、だっけ。後でやってみるよ」

「ジャスミンは香りがいいですからね。他にはお茶にして飲んで楽しむ方法もあるって、どこかの本で読んだ記憶があります」

「そうか、お茶か。うん、それもいいな」


ヘレナを思い出したのだろう、ユスターシュの口元が柔らかく弧を描く。


それを見たマノアは、くすぐったい様な、照れくさい様な、何だか少し不思議な気持ちになった。


無表情の仮面を外したユスターシュは、こんなにも感情が豊かで分かりやすい。


「ヘレナなら、何でも喜んで受け取ると思いますよ。ユスターシュさまからのプレゼントならね」


だから、頑張って下さい、ユスターシュさま。


ヘレナ方式で、心の中で話しかける。


ユスターシュは、嬉しそうに右手を上げた。



しおりを挟む
感想 149

あなたにおすすめの小説

『有能すぎる王太子秘書官、馬鹿がいいと言われ婚約破棄されましたが、国を賢者にして去ります』

しおしお
恋愛
王太子の秘書官として、陰で国政を支えてきたアヴェンタドール。 どれほど杜撰な政策案でも整え、形にし、成果へ導いてきたのは彼女だった。 しかし王太子エリシオンは、その功績に気づくことなく、 「女は馬鹿なくらいがいい」 という傲慢な理由で婚約破棄を言い渡す。 出しゃばりすぎる女は、妃に相応しくない―― そう断じられ、王宮から追い出された彼女を待っていたのは、 さらに危険な第二王子の婚約話と、国家を揺るがす陰謀だった。 王太子は無能さを露呈し、 第二王子は野心のために手段を選ばない。 そして隣国と帝国の影が、静かに国を包囲していく。 ならば―― 関わらないために、関わるしかない。 アヴェンタドールは王国を救うため、 政治の最前線に立つことを選ぶ。 だがそれは、権力を欲したからではない。 国を“賢く”して、 自分がいなくても回るようにするため。 有能すぎたがゆえに切り捨てられた一人の女性が、 ざまぁの先で選んだのは、復讐でも栄光でもない、 静かな勝利だった。 ---

【12月末日公開終了】これは裏切りですか?

たぬきち25番
恋愛
転生してすぐに婚約破棄をされたアリシアは、嫁ぎ先を失い、実家に戻ることになった。 だが、実家戻ると『婚約破棄をされた娘』と噂され、家族の迷惑になっているので出て行く必要がある。 そんな時、母から住み込みの仕事を紹介されたアリシアは……?

【完結】旦那様、どうぞ王女様とお幸せに!~転生妻は離婚してもふもふライフをエンジョイしようと思います~

魯恒凛
恋愛
地味で気弱なクラリスは夫とは結婚して二年経つのにいまだに触れられることもなく、会話もない。伯爵夫人とは思えないほど使用人たちにいびられ冷遇される日々。魔獣騎士として人気の高い夫と国民の妹として愛される王女の仲を引き裂いたとして、巷では悪女クラリスへの風当たりがきついのだ。 ある日前世の記憶が甦ったクラリスは悟る。若いクラリスにこんな状況はもったいない。白い結婚を理由に円満離婚をして、夫には王女と幸せになってもらおうと決意する。そして、離婚後は田舎でもふもふカフェを開こうと……!  そのためにこっそり仕事を始めたものの、ひょんなことから夫と友達に!? 「好きな相手とどうやったらうまくいくか教えてほしい」 初恋だった夫。胸が痛むけど、お互いの幸せのために王女との仲を応援することに。 でもなんだか様子がおかしくて……? 不器用で一途な夫と前世の記憶が甦ったサバサバ妻の、すれ違い両片思いのラブコメディ。 ※5/19〜5/21 HOTランキング1位!たくさんの方にお読みいただきありがとうございます ※他サイトでも公開しています。

【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

【完結】どうやら私は婚約破棄されるそうです。その前に舞台から消えたいと思います

りまり
恋愛
 私の名前はアリスと言います。  伯爵家の娘ですが、今度妹ができるそうです。  母を亡くしてはや五年私も十歳になりましたし、いい加減お父様にもと思った時に後妻さんがいらっしゃったのです。  その方にも九歳になる娘がいるのですがとてもかわいいのです。  でもその方たちの名前を聞いた時ショックでした。  毎日見る夢に出てくる方だったのです。

夫に顧みられない王妃は、人間をやめることにしました~もふもふ自由なセカンドライフを謳歌するつもりだったのに、何故かペットにされています!~

狭山ひびき
恋愛
もう耐えられない! 隣国から嫁いで五年。一度も国王である夫から関心を示されず白い結婚を続けていた王妃フィリエルはついに決断した。 わたし、もう王妃やめる! 政略結婚だから、ある程度の覚悟はしていた。けれども幼い日に淡い恋心を抱いて以来、ずっと片思いをしていた相手から冷たくされる日々に、フィリエルの心はもう限界に達していた。政略結婚である以上、王妃の意思で離婚はできない。しかしもうこれ以上、好きな人に無視される日々は送りたくないのだ。 離婚できないなら人間をやめるわ! 王妃で、そして隣国の王女であるフィリエルは、この先生きていてもきっと幸せにはなれないだろう。生まれた時から政治の駒。それがフィリエルの人生だ。ならばそんな「人生」を捨てて、人間以外として生きたほうがましだと、フィリエルは思った。 これからは自由気ままな「猫生」を送るのよ! フィリエルは少し前に知り合いになった、「廃墟の塔の魔女」に頼み込み、猫の姿に変えてもらう。 よし!楽しいセカンドラウフのはじまりよ!――のはずが、何故か夫(国王)に拾われ、ペットにされてしまって……。 「ふふ、君はふわふわで可愛いなぁ」 やめてえ!そんなところ撫でないで~! 夫(人間)妻(猫)の奇妙な共同生活がはじまる――

さようなら、私の愛したあなた。

希猫 ゆうみ
恋愛
オースルンド伯爵家の令嬢カタリーナは、幼馴染であるロヴネル伯爵家の令息ステファンを心から愛していた。いつか結婚するものと信じて生きてきた。 ところが、ステファンは爵位継承と同時にカールシュテイン侯爵家の令嬢ロヴィーサとの婚約を発表。 「君の恋心には気づいていた。だが、私は違うんだ。さようなら、カタリーナ」 ステファンとの未来を失い茫然自失のカタリーナに接近してきたのは、社交界で知り合ったドグラス。 ドグラスは王族に連なるノルディーン公爵の末子でありマルムフォーシュ伯爵でもある超上流貴族だったが、不埒な噂の絶えない人物だった。 「あなたと遊ぶほど落ちぶれてはいません」 凛とした態度を崩さないカタリーナに、ドグラスがある秘密を打ち明ける。 なんとドグラスは王家の密偵であり、偽装として遊び人のように振舞っているのだという。 「俺に協力してくれたら、ロヴィーサ嬢の真実を教えてあげよう」 こうして密偵助手となったカタリーナは、幾つかの真実に触れながら本当の愛に辿り着く。

傷物令嬢シャルロットは辺境伯様の人質となってスローライフ

悠木真帆
恋愛
侯爵令嬢シャルロット・ラドフォルンは幼いとき王子を庇って右上半身に大やけどを負う。 残ったやけどの痕はシャルロットに暗い影を落とす。 そんなシャルロットにも他国の貴族との婚約が決まり幸せとなるはずだった。 だがーー 月あかりに照らされた婚約者との初めての夜。 やけどの痕を目にした婚約者は顔色を変えて、そのままベッドの上でシャルロットに婚約破棄を申し渡した。 それ以来、屋敷に閉じこもる生活を送っていたシャルロットに父から敵国の人質となることを命じられる。

処理中です...