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必要で特別で
しおりを挟む「へぇ・・・それで虎じろう、でしたっけ? 巨大化した姿に驚いて、話を聞いているうちに用意していた花束を渡し忘れた、と」
翌日の王立図書館。
少々暗くなっているユスターシュに、どうしたのかと声をかけたマノアは、昨日の出来事について話を聞いていた。
せっかくメッセージカードまで付けて用意したジャスミンの花束。ずっとヘレナと一緒に居たいという願いを込めて用意したもので、もちろんそう言葉でも伝えながら渡すつもりでいたそうで。
それが、巨大虎じろうの話に夢中になって、うっかりすっかりその存在を忘れてしまったのだとか。
「ところで、その渡し忘れた花束はどこにあったんですか?」
「・・・馬車の中だ。情けない事に、翌朝また馬車に乗り込む寸前まで忘れていた」
「あらまあ、それでは花束は」
ユスターシュは、こくりと頷く。
「枯れてはいないが葉や花が少し萎れ気味でな。ヘレナも見送りに馬車近くまで来てくれてたが、今さら渡すのも何か違う気がして」
そのまま持って来た、とカバンの中を切なそうに見た。
ああ、なるほど。その中に入ってるのね。
でも、気持ちを込めて用意したものだから、捨てるに捨てられないってところかしら。
「・・・そうなんだ」
ぽつりとユスターシュが同意の言葉を漏らした。
今さら渡せない、でも捨てられない、だったら・・・
ぴこん、とマノアが閃いた。
それに反応して、ユスターシュが顔を上げる。
「・・・ジャスミンに、そういうやり方が?」
その問いに頷きを返しながら、何となくマノアは、ヘレナがユスターシュの能力を便利だと言った理由が分かった気がした。
そして、今さらながらに気づいたのだ。
自分が、ユスターシュの前でヘレナほどには気を緩めてはいなかった事に。
ヘレナと出会う前のユスターシュはずっと無表情だったから、マノアには気づく機会もなかったのだろう。
マノアの中で、何かがすとんと腑に落ちる。
自分は無意識に、ユスターシュの前でどこか気を張っていたのかもしれない。
そうマノアは思った。
ハインリヒはそうではないかもしれない。
けれどアルフェンは、ローウェルは。
ああ、そうか、そういう事か。
単にユスターシュがヘレナを一目見て恋に落ちたからとか、そういう単純な事ではないのだ。
ユスターシュにはヘレナが必要で。ヘレナが特別で。
確かにある意味、そう本当に、ヘレナはユスターシュにとって番と言える存在なのだ。
だって、こんなに彼にぴったりの人はいない。
「・・・ありがとう」
マノアの心の声に、ユスターシュは嬉しそうに微笑んだ。
「マノアの言ってた、ドライフラワー、だっけ。後でやってみるよ」
「ジャスミンは香りがいいですからね。他にはお茶にして飲んで楽しむ方法もあるって、どこかの本で読んだ記憶があります」
「そうか、お茶か。うん、それもいいな」
ヘレナを思い出したのだろう、ユスターシュの口元が柔らかく弧を描く。
それを見たマノアは、くすぐったい様な、照れくさい様な、何だか少し不思議な気持ちになった。
無表情の仮面を外したユスターシュは、こんなにも感情が豊かで分かりやすい。
「ヘレナなら、何でも喜んで受け取ると思いますよ。ユスターシュさまからのプレゼントならね」
だから、頑張って下さい、ユスターシュさま。
ヘレナ方式で、心の中で話しかける。
ユスターシュは、嬉しそうに右手を上げた。
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