【完結】あなたが私を『番』にでっち上げた理由

冬馬亮

文字の大きさ
53 / 110

ま、いいか

しおりを挟む


「ヘレナ。あの魔道具3点セットは毎日きちんと身につけていてね。絶対に外してはいけないよ」


時間を置いては、時折り思い出させる様にヘレナにそう告げるユスターシュ。

その度に、ヘレナは胸元からペンダントを取り出して見せる。

イヤリングと指輪は、着けてるのは見れば直ぐに分かるだろうから。


そうすれば、いつもユスターシュは安堵の笑みを浮かべる。それがヘレナには不思議に映るのだ。


こんなに毎日、平和に暮らしてるのにな、と。

ロクタン除けみたいに言っていたけれど、こんな大層な魔道具なしでも撃退出来なくもない。

まぁ、面倒だから逃げの一手になるけれど。



・・・なんて、呑気に思ってた頃もあったなぁ。



ヘレナは、ぼんやりとそんな事を考えながら、屋敷の門近くに立っていた。もちろん内側だ。


今日も今日とて、弟たちがやって来るのでお出迎えである。
そう、今も絶賛虎じろうブームの真っ最中なのだ。

弟たちが虎じろう目当てに通う様になって、はや二週間。
アストロもカイオスも、すっかり立派なマラソンランナーへと成長しつつあった。


初日はただガムシャラに走って、バテては休み、回復しては全力疾走してまた休んで、を繰り返して6.6キロを走って来た。ここに着いた途端、水を一リットルがぶ飲みしたのには驚いた。

それが今は、腕の振りも走り方も安定したフォームになり、何やら鼻から吸って口から吐くとかいう呼吸法まで覚えたらしい。

走りながら水分補給もするとかで、水筒持参で走る準備の良さ。


タイムもだいぶ縮まったらしく、到着時間も少しずつ早くなっている。


こうなって来ると、将来は飛脚か伝令の仕事に就くと言い出すのではないかとヘレナは思っている。


さて、こんな風にヘレナが門近くで弟たちを待っているのには、実は訳があった。

弟たちに一刻も早く会いたいとか、無事に到着するか心配だとか、そういう理由ではない。

いや、全くそんな事を思っていない訳でもなくもないのだけれど(汗)

弟たちが到着する瞬間、ちょっと面白いものが見られるのだ。


それが何かと言うと ーーー



「あ、来た来た」


遥か遠く、道の向こう。


アストロとカイオスが、安定したフォームでたったたったとリズム良く走っている。

もはや6.6キロ程度では息も乱れない様だ。
ほっぺは赤いが、苦しそうな表情もしていない。若さってすごい。


いやいや、話が逸れた。
ヘレナは目的のものを探して、弟たちの更に向こうへと目を遣る。


「・・・あ、今日もいる」


たったかたったか走る弟たちの後ろ、少し離れて同じ様に付いて走る人の影。


「今日は5人か」


昨日は3人、一昨日は1人、その前はスピードを落とした馬車で弟たちの後に付けていた。


「さ~て、今日はどうかしら」


どんどんこちらに近づいて来る弟たちと、その後ろを走る5人の男たち。


面白い事に、その5人が見ているのはヘレナでもヘレナがいる屋敷でもなく、弟たち2人だ。


それは当然、この屋敷につけられた認識阻害のシステムにある。彼らはこの屋敷が見えていないのだ。


「よっしゃ、ゴール!」


今日の1番はアストロだ。両手を上げてグ○コのポーズで門を通り抜ける。


「ちぇっ、負けちゃった」


と、大して悔しそうでもなく言いながら入って来たのがカイオス。


そして、後ろから付いて来ていた5人組さんたちは・・・


ばいぃぃぃぃ~ん!


見えない壁でもあるのだろうか、1人目の男は大きな音と共に勢いよく後方へと跳ね返された。

それを見て2人目は慌てて止まろうとするが勢いは殺せず、その見えない壁に激突する。
そんな男に背中から突っ込んだのが3人目。

そうなると玉突きの様に4人目、5人目が衝突する。


そうして全員が地面に転がった所で、どこからともなく現れたこの屋敷の護衛の者たちが彼らをズルズルと引きずって行った。


「今日もよく飛んだな」

「めげない人たちだよね」


カイオスが呟き、アストロが頷く。


ヘレナの屋敷に通う弟たちの後を付ける者たちがいる事に気付いたのは、7日前のことだ。


「なんか、後ろに誰かついて来てるんだよね」

「うん、なんか途中から」

「でも、ここに着いた時に振り返ると、誰もいないんだ」

「休憩の時には、少し離れた所でウロウロしてたけど」


アストロもカイオスも、のんびりとそんな事を報告して来たが、それを聞いたヘレナはさっと顔色を青ざめさせた・・・訳もなく。


その翌日から、ヘレナはその不審な追跡者たちをひと目見ようと門の内側で待機した次第である。


ちなみに、弟たちの活躍によって(?)捕らえられた男たちは既に15人を超えていたりする。何気にすごい。
ユスターシュが調査するからと、彼ら全員をどこかに連れて行った。


「あの人たち、何がしたいんだろうな」


そう呟いたのはアストロだ。


毎日毎日、見えない壁に吹き飛ばされたり、跳ね返されたり。


宙を舞うのが趣味なのかと思うくらい、綺麗に弾かれている。

そうまでして彼らは、この屋敷に入りたいらしいのだ。


「・・・別に金目のものも置いてないのにね」

「あ、虎じろうを狙ってるのかも!」

「そうか、虎じろうは可愛いもんな!」


無邪気な弟たちは、ヤバいヤバいと慌て出す。


その様子を見ながら、ヘレナはそっと胸元のペンダントへと手をやった。


身を守るためにユスターシュが用意してくれた魔道具3点セット。

それをちゃんと着けているかどうかを何度も確認されるヘレナは、この突撃者たちの目的に実はちょっと心当たりはあるけれど。


・・・ま、いいか。


なる様になる。

なる様にしかならない。



自分の知らない所で、自分のために沢山の人たちが動いてくれている事くらいは、いくら鈍感なヘレナでも分かっているのだ。












しおりを挟む
感想 149

あなたにおすすめの小説

『有能すぎる王太子秘書官、馬鹿がいいと言われ婚約破棄されましたが、国を賢者にして去ります』

しおしお
恋愛
王太子の秘書官として、陰で国政を支えてきたアヴェンタドール。 どれほど杜撰な政策案でも整え、形にし、成果へ導いてきたのは彼女だった。 しかし王太子エリシオンは、その功績に気づくことなく、 「女は馬鹿なくらいがいい」 という傲慢な理由で婚約破棄を言い渡す。 出しゃばりすぎる女は、妃に相応しくない―― そう断じられ、王宮から追い出された彼女を待っていたのは、 さらに危険な第二王子の婚約話と、国家を揺るがす陰謀だった。 王太子は無能さを露呈し、 第二王子は野心のために手段を選ばない。 そして隣国と帝国の影が、静かに国を包囲していく。 ならば―― 関わらないために、関わるしかない。 アヴェンタドールは王国を救うため、 政治の最前線に立つことを選ぶ。 だがそれは、権力を欲したからではない。 国を“賢く”して、 自分がいなくても回るようにするため。 有能すぎたがゆえに切り捨てられた一人の女性が、 ざまぁの先で選んだのは、復讐でも栄光でもない、 静かな勝利だった。 ---

【12月末日公開終了】これは裏切りですか?

たぬきち25番
恋愛
転生してすぐに婚約破棄をされたアリシアは、嫁ぎ先を失い、実家に戻ることになった。 だが、実家戻ると『婚約破棄をされた娘』と噂され、家族の迷惑になっているので出て行く必要がある。 そんな時、母から住み込みの仕事を紹介されたアリシアは……?

【完結】旦那様、どうぞ王女様とお幸せに!~転生妻は離婚してもふもふライフをエンジョイしようと思います~

魯恒凛
恋愛
地味で気弱なクラリスは夫とは結婚して二年経つのにいまだに触れられることもなく、会話もない。伯爵夫人とは思えないほど使用人たちにいびられ冷遇される日々。魔獣騎士として人気の高い夫と国民の妹として愛される王女の仲を引き裂いたとして、巷では悪女クラリスへの風当たりがきついのだ。 ある日前世の記憶が甦ったクラリスは悟る。若いクラリスにこんな状況はもったいない。白い結婚を理由に円満離婚をして、夫には王女と幸せになってもらおうと決意する。そして、離婚後は田舎でもふもふカフェを開こうと……!  そのためにこっそり仕事を始めたものの、ひょんなことから夫と友達に!? 「好きな相手とどうやったらうまくいくか教えてほしい」 初恋だった夫。胸が痛むけど、お互いの幸せのために王女との仲を応援することに。 でもなんだか様子がおかしくて……? 不器用で一途な夫と前世の記憶が甦ったサバサバ妻の、すれ違い両片思いのラブコメディ。 ※5/19〜5/21 HOTランキング1位!たくさんの方にお読みいただきありがとうございます ※他サイトでも公開しています。

【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

【完結】どうやら私は婚約破棄されるそうです。その前に舞台から消えたいと思います

りまり
恋愛
 私の名前はアリスと言います。  伯爵家の娘ですが、今度妹ができるそうです。  母を亡くしてはや五年私も十歳になりましたし、いい加減お父様にもと思った時に後妻さんがいらっしゃったのです。  その方にも九歳になる娘がいるのですがとてもかわいいのです。  でもその方たちの名前を聞いた時ショックでした。  毎日見る夢に出てくる方だったのです。

夫に顧みられない王妃は、人間をやめることにしました~もふもふ自由なセカンドライフを謳歌するつもりだったのに、何故かペットにされています!~

狭山ひびき
恋愛
もう耐えられない! 隣国から嫁いで五年。一度も国王である夫から関心を示されず白い結婚を続けていた王妃フィリエルはついに決断した。 わたし、もう王妃やめる! 政略結婚だから、ある程度の覚悟はしていた。けれども幼い日に淡い恋心を抱いて以来、ずっと片思いをしていた相手から冷たくされる日々に、フィリエルの心はもう限界に達していた。政略結婚である以上、王妃の意思で離婚はできない。しかしもうこれ以上、好きな人に無視される日々は送りたくないのだ。 離婚できないなら人間をやめるわ! 王妃で、そして隣国の王女であるフィリエルは、この先生きていてもきっと幸せにはなれないだろう。生まれた時から政治の駒。それがフィリエルの人生だ。ならばそんな「人生」を捨てて、人間以外として生きたほうがましだと、フィリエルは思った。 これからは自由気ままな「猫生」を送るのよ! フィリエルは少し前に知り合いになった、「廃墟の塔の魔女」に頼み込み、猫の姿に変えてもらう。 よし!楽しいセカンドラウフのはじまりよ!――のはずが、何故か夫(国王)に拾われ、ペットにされてしまって……。 「ふふ、君はふわふわで可愛いなぁ」 やめてえ!そんなところ撫でないで~! 夫(人間)妻(猫)の奇妙な共同生活がはじまる――

さようなら、私の愛したあなた。

希猫 ゆうみ
恋愛
オースルンド伯爵家の令嬢カタリーナは、幼馴染であるロヴネル伯爵家の令息ステファンを心から愛していた。いつか結婚するものと信じて生きてきた。 ところが、ステファンは爵位継承と同時にカールシュテイン侯爵家の令嬢ロヴィーサとの婚約を発表。 「君の恋心には気づいていた。だが、私は違うんだ。さようなら、カタリーナ」 ステファンとの未来を失い茫然自失のカタリーナに接近してきたのは、社交界で知り合ったドグラス。 ドグラスは王族に連なるノルディーン公爵の末子でありマルムフォーシュ伯爵でもある超上流貴族だったが、不埒な噂の絶えない人物だった。 「あなたと遊ぶほど落ちぶれてはいません」 凛とした態度を崩さないカタリーナに、ドグラスがある秘密を打ち明ける。 なんとドグラスは王家の密偵であり、偽装として遊び人のように振舞っているのだという。 「俺に協力してくれたら、ロヴィーサ嬢の真実を教えてあげよう」 こうして密偵助手となったカタリーナは、幾つかの真実に触れながら本当の愛に辿り着く。

傷物令嬢シャルロットは辺境伯様の人質となってスローライフ

悠木真帆
恋愛
侯爵令嬢シャルロット・ラドフォルンは幼いとき王子を庇って右上半身に大やけどを負う。 残ったやけどの痕はシャルロットに暗い影を落とす。 そんなシャルロットにも他国の貴族との婚約が決まり幸せとなるはずだった。 だがーー 月あかりに照らされた婚約者との初めての夜。 やけどの痕を目にした婚約者は顔色を変えて、そのままベッドの上でシャルロットに婚約破棄を申し渡した。 それ以来、屋敷に閉じこもる生活を送っていたシャルロットに父から敵国の人質となることを命じられる。

処理中です...