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内緒の話
しおりを挟むさて、ヘレナとユスターシュの結婚式まで、あと10日となった。
という訳で、明日から式が終わる日まで、王城に用意された部屋に滞在する事が決まっている。
打ち合わせとか、警備上の理由とか、ヘレナのエステとかエステとかエステとか、色々と理由はあるけれど、とにかく明日からは王城に缶詰め状態となる訳だ。
なので、レウエル家にとっては、今日がヘレナと一緒に居られる最後の日となる。
もともと婚約発表と同時にユスターシュの屋敷に移ったヘレナではあるが、婚約時のドサクサで別れを惜しむ暇もなかったあの時と比べ、今回はちょっとしんみりする時間の余裕がある人がいた。
それはオーウェンさん。
そう、ヘレナの父親である。
最初に家を出た時に意外と衝撃を受けていたヘレナの弟たちは、今や全く寂しそうな様子は見られない。
マラソンで会いに来れる距離だと身をもって知ったこと、虎じろうにかこつけて好きな時に会いに来れること、何より義理の兄になるユスターシュを大好きになった事が大きいだろう。
ヘレナの母レナリアは、ユスターシュのヘレナへの大好きっぷりを見て、「こんなに大事にして貰えるなら安心ね」と大満足だ。
明日には王城に移動して式の諸々の準備をする段になって今さら黄昏れ始めたオーウェンに、ユスターシュはワイングラスを差し出した。
「良かったら、今夜は一緒に飲みませんか」
「・・・ユスくん」
しがない貧乏子爵が、先の王弟であり、ランバルディア王国の唯一の『裁定者』でもあるユスターシュを、なんと今は「ユスくん」呼びだ。
「ヘレナを・・・ヘレナを頼むよぉっ、ユスく~んっ!」
オーウェンは一杯目から既に酔っているらしい。グイッと勢いよく呷ったかと思えば、目をうるうるさせながら叫び始めた。
「君なら大丈夫だと思うけど、ヘレナを泣かせたら、いくらユスくんでも承知しないからなぁっ!」
「全力で頑張ります」
「ホントだなっ?! 約束してくれるなっ?!」
「はい。幸せにすると誓います」
「言ったなぁぁ? もし君がヘレナを泣かせでもしたら、私は・・・私は・・・君を一生許さんぞぉぉっ!」
いや、父よ。
まだワイン一杯しか飲んでないのに、どれだけアルコールに弱いのだ。
オーウェンは、ユスターシュの着ていたシャツの胸元をガシッと掴むと、ぎろりと睨みつけた。大丈夫か、これ王城でやったら即行で捕まるぞ。
「浮気もダメだぞぅ! そんな事があったら、私は・・・私は、ユスくんへの恨みの手紙をしたためてから毒を飲んで、死をもって抗議してやりますからなぁっ!」
うわあぁぁぁんっ!と泣きながら、オーウェンはテーブルに突っ伏した。どうやらオーウェンは泣き上戸だった様だ。いや、これは絡み上戸と言うべきか。
「私が死んだら、レナリアも、アストロも、カイオスも泣きますぞ! そしたらユスくんは、合わせて5人を不幸にした大罪人ですからなぁっ!」
ユスターシュの頭の中に映像が入って来る。
毒を飲んで倒れたオーウェンの周りに、わらわらと夫人と弟たちが駆け寄って涙するのだ。そして皆で声を合わせて叫ぶ、「ユスくんの馬鹿ぁっ!」と。
・・・いや、だから浮気はしないって。
幸せにするって言ってるじゃん。
ユスターシュの言葉は、もはや彼の耳には届かない。
オーウェンはひとしきりわんわんと泣くと、こてんと眠ってしまった。かなり、と言うか随分と酒に弱い。
ユスターシュは使用人に合図を送り、オーウェンを寝室へと運ぶように指示した。
「いや、それにしても」
ユスターシュは独り言ちる。
「ヘレナはお父上に似たのだな」
一方的に泣かれ、絡まれ。
けれどユスターシュは、とても嬉しそうだった。
そんなこんなで夜は更け、次の日の朝。
いよいよヘレナとユスターシュは王城へと出発する。
虎じろうの世話は執事のテオにお願いしようと思っていたのだが、式当日の朝までこの屋敷に滞在予定のレウエル一家が泣く勢いでゴネた。
そして、栄えある世話役をゲットした今、出発するヘレナたちを見送る彼らの顔は何だか嬉しげだ。
「それでは、10日後に王城にてお会いしましょう」
出発前、エントランスでの別れの挨拶で、ユスターシュは少し照れくさそうな顔でそう言った。
その右手は、隣にいるヘレナの左手をしっかりと握っている。
ヘレナも、もじもじしながらもその手を離そうとはしない。
未だ手を繋ぐくらいで顔を赤らめている者同士が、10日後に結婚式とか。
結婚しても手を繋ぐ以上の事が出来るのだろうかと、実は周りにいる大人たちの誰からも心配されている事は、内緒である。
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