77 / 110
もごもご、もご
しおりを挟む「捨てるなら、僕の屋敷の前に捨てればいいだろ! そしたらすぐに拾えたのに! 自慢じゃないけどな、僕は10歳の時からあいつのお婿さんに決まってるんだからな!」
ロクタン・ラムダロス。伯爵令息、25歳。
肩書きだけは立派な彼がやたらと張り上げた声は、廊下を曲がる前から聞こえるくらい大きかった。
ユスターシュの執務室の前に立っていた護衛たちは、何とかロクタンを落ち着かせようと声をかけるが、元々が耳からの情報をほぼ完スルーするロクタンだ。効果はもちろんない。
ヘレナの誘拐は公にしていない。情報は必要最低限の関係者にのみ留め、捜索も秘密裏に行っている。
だから廊下のど真ん中で大声で騒がれるのは迷惑と言えば迷惑なのだが、そもそもロクタンの言っている事がズレているので、廊下を行きかう人たちがその内容の核心を掴む事はない。ただ「なにこの変な人」という顔をして通り過ぎて行くだけだ。
だが、ハインリヒはその台詞が言わんとしている事が分かったのだろう。
だからユスターシュに知らせに走った。
そして、ユスターシュもロクタンの所に走ったのだ。
「ロクタン!」
「うえっ?」
ユスターシュは声をかけるなり、ロクタンの襟首を掴んで部屋の中へと飛び込んだ。そしてそのまま後ろ手で扉を閉め、鍵もかける。
「お前、テストか」
念のために解説しておこう。ロクタンはユスターシュが変装した姿であるジュストと先に会っている。以降、ジュストの姿であろうと、素顔をさらしていようと、彼をジュストとして認識しているのだ。何故か名前はいつも間違っているのだが。
つまりロクタンの中では、彼はまだユスターシュに会っていない事になっている。
「悪いがチェスト、今日はお前とお茶を飲んでる暇はないんだ。僕はサイテーシュに文句を言いに来たんだからな」
「いいから黙って」
「むぐ」
ユスターシュはロクタンの口を塞ぎ、意識を集中させた。
短い期間だが、ロクタンの扱いについてはかなり慣れてきている。
彼の場合、話を聞くより頭の中の映像を見た方が早いし正確だ。
「もご、もご」
「静かにして、ロクタン。君はヘレナを見たんだな?」
「もご」
「・・・馬車同士ですれ違ったのか」
「もご」
「なるほど。一瞬、窓の向こうにヘレナの顔が見えて・・・」
「もご」
「ちょっと待って。すれ違う前に少し巻き戻して」
「もご」
「御者台に男一人。左右前後に馬に乗った男が一人ずつ。馬車の中は、ヘレナの他に人はいた?」
「もご」
「・・・年配の女性・・・? 知らない顔だな、誰だ・・・?」
「もご、もごもご、もごぉっ!」
「あ、息が出来ない? ごめん」
酸欠でぷるぷると体を震わせ始めたロクタンに呼吸をさせる為、ユスターシュは口元を覆っていた手を外す。
するとロクタンは「ぷはぁっ!」と大きく口を開け、すーはーと深呼吸した。
「こ、この僕になんて事を・・・チュロスは男だろうっ? いくら熱烈に迫られても、僕はお前と結婚するつもりはないぞ」
「・・・はい?」
ロクタンの頭の中に、バラを口にくわえてロクタンに壁ドンするユスターシュがボボンッと浮かぶ。「なっ」と動揺するユスターシュに、ロクタンは言い放った。
「まあ、僕は格好いいからな。男でも女でも、皆、僕に夢中になるのは仕方ないけど」
ふふん、と自慢げに鼻を鳴らすロクタンに、ひと言もの申してやりたくなったユスターシュだが、そんな事より遥かに重要な案件を解決する方が先だ。
ロクタンから読み取った情報によれば、ヘレナを乗せた馬車は王都の中心から南南東に向かって走っている。しかも周囲をぐるりと如何にもヤバそうな男たちに囲まれて。
方角が限定されたのなら、あるいは・・・
ユスターシュはぐっと手を握る。
ユスターシュの力は、広範囲に使うほど、あるいは長時間使うほど、体力および精神力が削られていく。
そして、それには使う対象の数も大いに関係する。
広範囲でも対象が一人なら、まだそれほどの負担ではないのだ。例えば、そう、前にヘレナが言っていたみたいに、海の上でただ一人、ヘレナがイカダに乗って漂流している所を見つけるとか。
だが今回は、ユスターシュの結婚式のために王都には普段より遥かに多く人が押し寄せている。
こんな中で王都内全体に力を発動しようとするなら、何千人という人の思考に押しつぶされ、ユスターシュは三分と保たずに倒れるだろう。
そんな中、ロクタンの驚異的な目のお陰で、ヘレナが連れ去られた方角の目途が付いたのは朗報だ。
出来ることならもう少しでいい、更なる情報が欲しい、それが本音だけれど。
兎にも角にも、まずはロクタンが目撃した場所まで向かわねば。
そう思ったユスターシュが、どの騎士を連れていくか考えを巡らせ始めた時。
ドンドンドン、とユスターシュたちがこもっている執務室の扉が叩かれた。
40
あなたにおすすめの小説
五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~
放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」
大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。
生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。
しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。
「すまない。私は父としての責任を果たす」
かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。
だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。
これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
竜帝に捨てられ病気で死んで転生したのに、生まれ変わっても竜帝に気に入られそうです
みゅー
恋愛
シーディは前世の記憶を持っていた。前世では奉公に出された家で竜帝に気に入られ寵姫となるが、竜帝は豪族と婚約すると噂され同時にシーディの部屋へ通うことが減っていった。そんな時に病気になり、シーディは後宮を出ると一人寂しく息を引き取った。
時は流れ、シーディはある村外れの貧しいながらも優しい両親の元に生まれ変わっていた。そんなある日村に竜帝が訪れ、竜帝に見つかるがシーディの生まれ変わりだと気づかれずにすむ。
数日後、運命の乙女を探すためにの同じ年、同じ日に生まれた数人の乙女たちが後宮に召集され、シーディも後宮に呼ばれてしまう。
自分が運命の乙女ではないとわかっているシーディは、とにかく何事もなく村へ帰ることだけを目標に過ごすが……。
はたして本当にシーディは運命の乙女ではないのか、今度の人生で幸せをつかむことができるのか。
短編:竜帝の花嫁 誰にも愛されずに死んだと思ってたのに、生まれ変わったら溺愛されてました
を長編にしたものです。
婚約破棄されたトリノは、継母や姉たちや使用人からもいじめられているので、前世の記憶を思い出し、家から脱走して旅にでる!
山田 バルス
恋愛
この屋敷は、わたしの居場所じゃない。
薄明かりの差し込む天窓の下、トリノは古びた石床に敷かれた毛布の中で、静かに目を覚ました。肌寒さに身をすくめながら、昨日と変わらぬ粗末な日常が始まる。
かつては伯爵家の令嬢として、それなりに贅沢に暮らしていたはずだった。だけど、実の母が亡くなり、父が再婚してから、すべてが変わった。
「おい、灰かぶり。いつまで寝てんのよ、あんたは召使いのつもり?」
「ごめんなさい、すぐに……」
「ふーん、また寝癖ついてる。魔獣みたいな髪。鏡って知ってる?」
「……すみません」
トリノはペコリと頭を下げる。反論なんて、とうにあきらめた。
この世界は、魔法と剣が支配する王国《エルデラン》の北方領。名門リドグレイ伯爵家の屋敷には、魔道具や召使い、そして“偽りの家族”がそろっている。
彼女――トリノ・リドグレイは、この家の“戸籍上は三女”。けれど実態は、召使い以下の扱いだった。
「キッチン、昨日の灰がそのままだったわよ? ご主人様の食事を用意する手も、まるで泥人形ね」
「今朝の朝食、あなたの分はなし。ねえ、ミレイア? “灰かぶり令嬢”には、灰でも食べさせればいいのよ」
「賛成♪ ちょうど暖炉の掃除があるし、役立ててあげる」
三人がくすくすと笑うなか、トリノはただ小さくうなずいた。
夜。屋敷が静まり、誰もいない納戸で、トリノはひとり、こっそり木箱を開いた。中には小さな布包み。亡き母の形見――古びた銀のペンダントが眠っていた。
それだけが、彼女の“世界でただ一つの宝物”。
「……お母さま。わたし、がんばってるよ。ちゃんと、ひとりでも……」
声が震える。けれど、涙は流さなかった。
屋敷の誰にも必要とされない“灰かぶり令嬢”。
だけど、彼女の心だけは、まだ折れていない。
いつか、この冷たい塔を抜け出して、空の広い場所へ行くんだ。
そう、小さく、けれど確かに誓った。
【完結】旦那様、どうぞ王女様とお幸せに!~転生妻は離婚してもふもふライフをエンジョイしようと思います~
魯恒凛
恋愛
地味で気弱なクラリスは夫とは結婚して二年経つのにいまだに触れられることもなく、会話もない。伯爵夫人とは思えないほど使用人たちにいびられ冷遇される日々。魔獣騎士として人気の高い夫と国民の妹として愛される王女の仲を引き裂いたとして、巷では悪女クラリスへの風当たりがきついのだ。
ある日前世の記憶が甦ったクラリスは悟る。若いクラリスにこんな状況はもったいない。白い結婚を理由に円満離婚をして、夫には王女と幸せになってもらおうと決意する。そして、離婚後は田舎でもふもふカフェを開こうと……!
そのためにこっそり仕事を始めたものの、ひょんなことから夫と友達に!?
「好きな相手とどうやったらうまくいくか教えてほしい」
初恋だった夫。胸が痛むけど、お互いの幸せのために王女との仲を応援することに。
でもなんだか様子がおかしくて……?
不器用で一途な夫と前世の記憶が甦ったサバサバ妻の、すれ違い両片思いのラブコメディ。
※5/19〜5/21 HOTランキング1位!たくさんの方にお読みいただきありがとうございます
※他サイトでも公開しています。
キズモノ転生令嬢は趣味を活かして幸せともふもふを手に入れる
藤 ゆみ子
恋愛
セレーナ・カーソンは前世、心臓が弱く手術と入退院を繰り返していた。
将来は好きな人と結婚して幸せな家庭を築きたい。そんな夢を持っていたが、胸元に大きな手術痕のある自分には無理だと諦めていた。
入院中、暇潰しのために始めた刺繍が唯一の楽しみだったが、その後十八歳で亡くなってしまう。
セレーナが八歳で前世の記憶を思い出したのは、前世と同じように胸元に大きな傷ができたときだった。
家族から虐げられ、キズモノになり、全てを諦めかけていたが、十八歳を過ぎた時家を出ることを決意する。
得意な裁縫を活かし、仕事をみつけるが、そこは秘密を抱えたもふもふたちの住みかだった。
聖女の証を義妹に奪われました。ただ証だけ持っていても意味はないのですけどね? など 恋愛作品集
にがりの少なかった豆腐
恋愛
こちらは過去に投稿し、完結している作品をまとめたものになります
章毎に一作品となります
これから投稿される『恋愛』カテゴリの作品は投稿完結後一定時間経過後、この短編集へ移動することになります
※こちらの作品へ移動する際、多少の修正を行うことがあります。
※タグに関してはおよそすべての作品に該当するものを選択しています。
【完結】【35万pt感謝】転生したらお飾りにもならない王妃のようなので自由にやらせていただきます
宇水涼麻
恋愛
王妃レイジーナは出産を期に入れ替わった。現世の知識と前世の記憶を持ったレイジーナは王子を産む道具である現状の脱却に奮闘する。
さらには息子に殺される運命から逃れられるのか。
中世ヨーロッパ風異世界転生。
【完結】『運命』を『気のせい』と答えたら、婚姻となりまして
うり北 うりこ@ざまされ2巻発売中
恋愛
ヴォレッカ・サミレットは、領地の危機をどうにかするために、三年ぶりに社交界へと婚姻相手を探しにやってきた。
第一にお金、次に人柄、後妻ではなく、できれば清潔感のある人と出会いたい。 そう思っていたのだが──。
「これは、運命だろうか……」 誰もが振り返るほどの美丈夫に、囁かれるという事態に。
「気のせいですね」 自身が平凡だと自覚があり、からかって遊ばれていると思って、そう答えたヴォレッカ。
だが、これがすべての始まりであった。 超絶平凡令嬢と、女性が苦手な美丈夫の織りなす、どこかかみ合わない婚姻ラブストーリー。
全43話+番外編です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる