101 / 110
違ーーーう!
しおりを挟む式場として準備された大会堂の中央部にある大広間。
その扉の前で待機しているのは、花嫁であるヘレナと、エスコート役の父オーウェンである。
扉が開いたら、ヘレナは父に伴われ、新郎ユスターシュのもとに歩いていくのだ。
娘を嫁に出す父の心境は複雑らしく、式開始前だというのに、オーウェンの涙腺は既に崩壊している。
だが流石はレウエル家、結婚前に交わす父と娘の最後の会話は、全くしんみりしたものとはならなかった。
「ヘレナ・・・なんて綺麗になって・・・短い間にすっかり化けたな。しかもウェストがある・・・もしかして夕食も食べずに頑張ったのか? なんて健気な・・・流石は私の娘だ・・・よよよ」
いや、一応オーウェンはしんみりしているのだ。少なくとも本人はそのつもりでいる。
だが、父の台詞は全くもって感動を誘うものではない。だって、ヘレナの眼は感動で潤むどころか、どんどん冷たくなっている。
「・・・お父さまってば、本日晴れてお嫁に行くという娘に、もしかしてケンカ売ってます?」
「えっ、なんで?」
ヘレナの質問にオーウェンは慌てたので、やっぱり本気でしんみりしていたのだろう。
「そんな、ケンカなんて売ってないよ! 本当にそう思ったから言っただけで! だって、ほら、今まで何もなかったところに、ウェストが誕生しているんだよ?! よく頑張ったと感動したから誉めたのに!」
「やっぱり売ってるじゃないですか。もういいです、お父さまのエスコートなんて要りません。一人で歩きます」
「えええっ、やだ! 娘の最後のエスコートだもの。絶対する! この可愛い花嫁はうちの娘ですって、見せびらかすんだから!」
・・・さて。
こんな緊張感のない会話を聞いていたのは、本人たちを除けば、扉の開閉役として近くに控えていた使用人たちくらいだ。
国内外から参列客が集まった、ランバルディア王国史上初の『裁定者の結婚式』が今から始まるというのに、随分と余裕だなぁ、と彼らは心の内で感心していた。
流石は裁定者の番となる方、度胸も人一倍ということか、なんて感じで。
が、しかし。
広間から荘厳な音楽が流れだし、扉を開く合図が出される。
それを受けて、使用人たちがゆっくりと両側から扉を押し開き、いざ振り返って父娘を見れば。
カタ、カタカタカタカタ・・・
えっ? と使用人たちは目を疑う。
先ほどまでは下らない(と言っては本人たちに失礼かもしれないが)会話に終始していた2人が、今は青い顔で全身を震わせているではないか。
いや、全身というよりかは、父と娘が重ねた手を起点として、互いの身体全体に振動が伝わっているという感じだろうか。
・・・え、この2人、ちゃんと歩けるの?
と使用人たちが不安に思ったのも無理からぬこと。
なにせ扉はもう開かれてしまった。
荘厳な音楽はクライマックスに突入しようというところだし、広間に集まった参列客たちは割れんばかりの拍手をして花嫁とその父の入場を今か今かと待っている。
そして、敷き詰められた真っ白のカーペットのその先にひとり立ち、花嫁を待つのは、ランバルディア王国の生きる伝説である裁定者ユスターシュ。
そんな準備万端の雰囲気の中、オーウェンとヘレナはカタカタしているのだ。
・・・行って、行ってください!
・・・足! 足を動かして!
・・・頑張って! お願いだから!
そんな使用人たちの必死な心の声は、もちろんオーウェンとヘレナには届かない。
けれど、たぶん何とかしなくてはとオーウェンたちも思ったのだろう。
オーウェンは震える声で「ヘレナ」と娘の名を読んだ。
「い、行かなくてはな」
「そ、そそそ、そうですね。足、足を出さないと・・・あら、足ってどうやって動くんでしたっけ?」
「ええと、それは、それはだな。脳の命令によって筋肉が伸び縮みして・・・そもそもは、関節についた筋肉が動くことで関節が動いて・・・」
「ええと、で、では、足の関節にくっついた筋肉を動かせと、脳に命令すればいいのかしら・・・?」
「そ、そういう事に・・・なる、のかな」
・・・っ! 違ーーーーーうっ!!!
いや、そうだけど、なんか違う!
声を上げて指摘したいが立場と状況がそれを許さない使用人たちは、心の中で必死に叫ぶ。
勿論、ユスターシュの様な力のない2人に、その声が届く事はない。
61
あなたにおすすめの小説
悪女と呼ばれた死に戻り令嬢、二度目の人生は婚約破棄から始まる
冬野月子
恋愛
「私は確かに19歳で死んだの」
謎の声に導かれ馬車の事故から兄弟を守った10歳のヴェロニカは、その時に負った傷痕を理由に王太子から婚約破棄される。
けれど彼女には嫉妬から破滅し短い生涯を終えた前世の記憶があった。
なぜか死に戻ったヴェロニカは前世での過ちを繰り返さないことを望むが、婚約破棄したはずの王太子が積極的に親しくなろうとしてくる。
そして学校で再会した、馬車の事故で助けた少年は、前世で不幸な死に方をした青年だった。
恋や友情すら知らなかったヴェロニカが、前世では関わることのなかった人々との出会いや関わりの中で新たな道を進んでいく中、前世に嫉妬で殺そうとまでしたアリサが入学してきた。
【完結】精霊姫は魔王陛下のかごの中~実家から独立して生きてこうと思ったら就職先の王子様にとろとろに甘やかされています~
吉武 止少
恋愛
ソフィアは小さい頃から孤独な生活を送ってきた。どれほど努力をしても妹ばかりが溺愛され、ないがしろにされる毎日。
ある日「修道院に入れ」と言われたソフィアはついに我慢の限界を迎え、実家を逃げ出す決意を固める。
幼い頃から精霊に愛されてきたソフィアは、祖母のような“精霊の御子”として監視下に置かれないよう身許を隠して王都へ向かう。
仕事を探す中で彼女が出会ったのは、卓越した剣技と鋭利な美貌によって『魔王』と恐れられる第二王子エルネストだった。
精霊に悪戯される体質のエルネストはそれが原因の不調に苦しんでいた。見かねたソフィアは自分がやったとバレないようこっそり精霊を追い払ってあげる。
ソフィアの正体に違和感を覚えたエルネストは監視の意味もかねて彼女に仕事を持ち掛ける。
侍女として雇われると思っていたのに、エルネストが意中の女性を射止めるための『練習相手』にされてしまう。
当て馬扱いかと思っていたが、恋人ごっこをしていくうちにお互いの距離がどんどん縮まっていってーー!?
本編は全42話。執筆を終えており、投稿予約も済ませています。完結保証。
+番外編があります。
11/17 HOTランキング女性向け第2位達成。
11/18~20 HOTランキング女性向け第1位達成。応援ありがとうございます。
【完結】旦那様、どうぞ王女様とお幸せに!~転生妻は離婚してもふもふライフをエンジョイしようと思います~
魯恒凛
恋愛
地味で気弱なクラリスは夫とは結婚して二年経つのにいまだに触れられることもなく、会話もない。伯爵夫人とは思えないほど使用人たちにいびられ冷遇される日々。魔獣騎士として人気の高い夫と国民の妹として愛される王女の仲を引き裂いたとして、巷では悪女クラリスへの風当たりがきついのだ。
ある日前世の記憶が甦ったクラリスは悟る。若いクラリスにこんな状況はもったいない。白い結婚を理由に円満離婚をして、夫には王女と幸せになってもらおうと決意する。そして、離婚後は田舎でもふもふカフェを開こうと……!
そのためにこっそり仕事を始めたものの、ひょんなことから夫と友達に!?
「好きな相手とどうやったらうまくいくか教えてほしい」
初恋だった夫。胸が痛むけど、お互いの幸せのために王女との仲を応援することに。
でもなんだか様子がおかしくて……?
不器用で一途な夫と前世の記憶が甦ったサバサバ妻の、すれ違い両片思いのラブコメディ。
※5/19〜5/21 HOTランキング1位!たくさんの方にお読みいただきありがとうございます
※他サイトでも公開しています。
婚約破棄されたトリノは、継母や姉たちや使用人からもいじめられているので、前世の記憶を思い出し、家から脱走して旅にでる!
山田 バルス
恋愛
この屋敷は、わたしの居場所じゃない。
薄明かりの差し込む天窓の下、トリノは古びた石床に敷かれた毛布の中で、静かに目を覚ました。肌寒さに身をすくめながら、昨日と変わらぬ粗末な日常が始まる。
かつては伯爵家の令嬢として、それなりに贅沢に暮らしていたはずだった。だけど、実の母が亡くなり、父が再婚してから、すべてが変わった。
「おい、灰かぶり。いつまで寝てんのよ、あんたは召使いのつもり?」
「ごめんなさい、すぐに……」
「ふーん、また寝癖ついてる。魔獣みたいな髪。鏡って知ってる?」
「……すみません」
トリノはペコリと頭を下げる。反論なんて、とうにあきらめた。
この世界は、魔法と剣が支配する王国《エルデラン》の北方領。名門リドグレイ伯爵家の屋敷には、魔道具や召使い、そして“偽りの家族”がそろっている。
彼女――トリノ・リドグレイは、この家の“戸籍上は三女”。けれど実態は、召使い以下の扱いだった。
「キッチン、昨日の灰がそのままだったわよ? ご主人様の食事を用意する手も、まるで泥人形ね」
「今朝の朝食、あなたの分はなし。ねえ、ミレイア? “灰かぶり令嬢”には、灰でも食べさせればいいのよ」
「賛成♪ ちょうど暖炉の掃除があるし、役立ててあげる」
三人がくすくすと笑うなか、トリノはただ小さくうなずいた。
夜。屋敷が静まり、誰もいない納戸で、トリノはひとり、こっそり木箱を開いた。中には小さな布包み。亡き母の形見――古びた銀のペンダントが眠っていた。
それだけが、彼女の“世界でただ一つの宝物”。
「……お母さま。わたし、がんばってるよ。ちゃんと、ひとりでも……」
声が震える。けれど、涙は流さなかった。
屋敷の誰にも必要とされない“灰かぶり令嬢”。
だけど、彼女の心だけは、まだ折れていない。
いつか、この冷たい塔を抜け出して、空の広い場所へ行くんだ。
そう、小さく、けれど確かに誓った。
【完結】【35万pt感謝】転生したらお飾りにもならない王妃のようなので自由にやらせていただきます
宇水涼麻
恋愛
王妃レイジーナは出産を期に入れ替わった。現世の知識と前世の記憶を持ったレイジーナは王子を産む道具である現状の脱却に奮闘する。
さらには息子に殺される運命から逃れられるのか。
中世ヨーロッパ風異世界転生。
異世界に行った、そのあとで。
神宮寺 あおい
恋愛
新海なつめ三十五歳。
ある日見ず知らずの女子高校生の異世界転移に巻き込まれ、気づけばトルス国へ。
当然彼らが求めているのは聖女である女子高校生だけ。
おまけのような状態で現れたなつめに対しての扱いは散々な中、宰相の協力によって職と居場所を手に入れる。
いたって普通に過ごしていたら、いつのまにか聖女である女子高校生だけでなく王太子や高位貴族の子息たちがこぞって悩み相談をしにくるように。
『私はカウンセラーでも保健室の先生でもありません!』
そう思いつつも生来のお人好しの性格からみんなの悩みごとの相談にのっているうちに、いつの間にか年下の美丈夫に好かれるようになる。
そして、気づけば異世界で求婚されるという本人大混乱の事態に!
死ぬはずだった令嬢が乙女ゲームの舞台に突然参加するお話
みっしー
恋愛
病弱な公爵令嬢のフィリアはある日今までにないほどの高熱にうなされて自分の前世を思い出す。そして今自分がいるのは大好きだった乙女ゲームの世界だと気づく。しかし…「藍色の髪、空色の瞳、真っ白な肌……まさかっ……!」なんと彼女が転生したのはヒロインでも悪役令嬢でもない、ゲーム開始前に死んでしまう攻略対象の王子の婚約者だったのだ。でも前世で長生きできなかった分今世では長生きしたい!そんな彼女が長生きを目指して乙女ゲームの舞台に突然参加するお話です。
*番外編も含め完結いたしました!感想はいつでもありがたく読ませていただきますのでお気軽に!
目覚めたら魔法の国で、令嬢の中の人でした
エス
恋愛
転生JK×イケメン公爵様の異世界スローラブ
女子高生・高野みつきは、ある日突然、異世界のお嬢様シャルロットになっていた。
過保護すぎる伯爵パパに泣かれ、無愛想なイケメン公爵レオンといきなりお見合いさせられ……あれよあれよとレオンの婚約者に。
公爵家のクセ強ファミリーに囲まれて、能天気王太子リオに振り回されながらも、みつきは少しずつ異世界での居場所を見つけていく。
けれど心の奥では、「本当にシャルロットとして生きていいのか」と悩む日々。そんな彼女の夢に現れた“本物のシャルロット”が、みつきに大切なメッセージを託す──。
これは、異世界でシャルロットとして生きることを託された1人の少女の、葛藤と成長の物語。
イケメン公爵様とのラブも……気づけばちゃんと育ってます(たぶん)
※他サイトに投稿していたものを、改稿しています。
※他サイトにも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる