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愛されてますね
しおりを挟む大広間の最奥には祭壇の前に立つ祭司と、その少し手前で花嫁を待つユスターシュがいた。
彼らに向かって、ヘレナとヘレナの父オーウェンがギコギコと歩き始めた。
ゼンマイ仕掛けの人形みたいに、ゆっくりと、ぎこちなく。
大広間の中には大勢の参列者が詰めかけている為、ユスターシュの力も最小限の効果範囲、つまり半径1メートル以内に抑えている。そうしないと圧倒的な量の思考に押しつぶされ、数分もすれば倒れてしまうからだ。
だから、今のユスターシュには、ヘレナの考えている事は分からない。
そう、分からない筈だ。なのに。
・・・手に取るように今何を思っているか分かる気がするのは、どうしてだろう。
いや、思っていると言うのもちょっとおかしいかもしれない。だって、ヘレナは今、ある意味思考停止中なのだ。
ユスターシュの予想では、今ヘレナの頭の中にある言葉は「右足、左足、右足、左足」のエンドレスリピートである。
足を動かすことに全集中し、視線は俯き加減。
ひたすら足元を・・・ぎこちない自分の歩みを見つめている。
そんな必死な様子も可愛らしいけれど、もうちょっと緊張が解れるといいのに、なんて心配した時だ。
「「姉ちゃん!」」
盛大な拍手が今も続く中、「おめでとうございます」「お幸せに」などの声があちらこちらから投げかけられていた。
そのうちの一つ、声変わり前の少し高めの少年たちの声にヘレナが反応する。
ひたすら足元を見つめていた目が上を向き、左右に揺れ、ゆっくりとその声の主へと向けられる。
ヘレナの弟、アストロとカイオスへと。
蝶ネクタイでビシッと決めた2人は、口元に手を添え、懸命に叫ぶ。
「姉ちゃん、今日はうんとキレイだぞ!」
「うんとカワイイぞ!」
「頑張ってヤセたな!」
「うん、ホッソリした!」
「幸せ太りに気を付けるんだぞ!」
「そうだ、気をつけろよ! でも別に太ってもいいからな!」
相変わらずの2人は、息の合った調子で交互に好きなことを叫んでいる。
それを見て気が抜けたのか、ヘレナとオーウェンは、へにょりといつもの笑みを浮かべ、こくりと頷いた。
「デモドリは駄目だけど、サトガエリはいいよ!」
「そうだよ、たまには帰って来てね!」
「ええと、それから、それから・・・」
アストロとカイオスは顔を見合わせると、口を揃えて叫んだ。
「「姉ちゃんのニセモノハンバーグが恋しい! そのうち作りに帰って来て!」」
「・・・あいつら・・・」
オーウェンの呆れた声が零れるのとほぼ同時に、ヘレナが「ふふっ」と笑う。
「もしかして私、あの子たちに寂しがられてます・・・?」
嬉しさと寂しさを混ぜたような表情を浮かべるヘレナに、隣のオーウェンは「勿論さ」と首肯する。
「もしかしなくても寂しがられてるよ。あの子たちだけでなく、私もレナリアもね」
緊張が解けたのか、だいぶスムーズになった足取りで2人は歩みを再開する。
「ものすごく寂しいけど、ヘレナが幸せになってくれるのが一番だから」
「ふふ、そうですか」
「そうだよ、だからヘレナ」
あと数メートルでユスターシュのもとに着く。
オーウェンは歩みを遅め、それから、娘と重ねていた手をゆっくりと前方へと差し出した。
前方で同じく手を差し出しているユスターシュに、役目を譲る為だ。
「ユスターシュ殿、いや、ユスくん。ヘレナを頼むよ。絶対に泣かせないでね」
「はい、義父上。お任せください」
「泣かせたら、私も泣いちゃうからね」
「分かってます」
「私だけじゃないよ。レナリアも、アストロも、カイオスも泣いちゃうんだから」
「ご安心ください。その様なことは決して起きません」
「でもね・・・」
「あの、よろしいですかな」
往生際悪くグダグダ言い募り、娘の手を離そうとしないオーウェンの言葉を、ユスターシュの後ろで静かに佇んでいた祭司がぶった切った。
「お父さまはそろそろ戻られた方がよいでしょう。あちらで手を振っておられるのは奥さまではありませんか?」
アストロたちの隣でにこやかな笑みを浮かべつつ手を振る妻の姿を示され、オーウェンは慌ててヘレナの手を新郎に託し、席へと戻って行く。
その後ろ姿を苦笑しつつ見送る新郎新婦に、「愛されてますね」と祭司は笑い、式の開始を宣言した。
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