【完結】君は私を許してはいけない ーーー 永遠の贖罪

冬馬亮

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月の光は誰にも等しく

ユリアティエルが見上げていた夜空の月の光は、遠く王城でも同じ儚い光を注いでいて、つい先ほど隠し通路から出てきたばかりのノヴァイアスの姿も、同じように柔らかく照らしていた。

城門の外に出た後、ノヴァイアスは胸元から紙を取り出すとそこに何かを書きつけていき、そしてカサンドロスから渡された鳥笛を鳴らした。

数回吹いた後。
それは四、五分ほど経った後だろうか、あの灰色の鳥が漆黒の空から舞い降りて来る。

ノヴァイアスの肩に止まったその鳥、ヴァンの首輪に付いている小さな箱に、先ほどの紙をしまい込む。
それからその鳥を空へと放った。

数回ほどノヴァイアスの上を旋回した後、ヴァンは主人の下へと羽ばたいていった。

どれほどの期間で彼方へ着くのだろうか。

ヴァンの首輪に取り付けた紙には、新しく知り得た情報や現在王城で起きている出来事などを簡潔に書き記してある。
恐らくはカサンドロスが必要としている情報を多分に含んでいる筈。

その後の指示も、多分あの鳥を通して伝えられるのだろう。

そんな事をぼんやりと考えながら月の光を浴びる。

銀色の月は、ノヴァイアスの愛しい人を思い出させる。
柔らかく、儚く、美しく。
決してこの手には届かない。

この闇夜を照らすたった一つの光。

それでいい。

この手が届かなくていいのだ。
むしろ届かない方がいいのだ。

その方が、きっと月は美しく輝ける。
自分は、光を遮る仄暗い雲でしかないのだから。

遠く離れているからこそ、月は美しく輝けるのだから。




ノヴァイアスが去った後も地下牢に残っていたサルトウリアヌスは、持ってきた食事を口にするジークヴァインを黙って見つめていた。
その視線に気付いているのかいないのか、サルトウリアヌスの方を見ようともせずに、ジークヴァインが口を開く。

「・・・サルトウリアヌス。私は、お前のことをあの女の只の手下だと思っていた。よもや、あの女に力を貸し与えたとかいう忌々しい存在から遣わされていたとはな」

サルトウリアヌスは面白そうに片眉を上げる。

「・・・愚かな発想だな。俺がアレの手下だとしたら、お前に食事を運ぶ筈もなかろうが」
「ああ、だから不思議だった。何故、生かされているのか、とな。あの女が、私を使って何か企んでいるのではないかと、ずっと疑っていたよ」

顎に手を添え、サルトウリアヌスがくつりと笑う。

「使うどころか、恐らくアレはお前をここにぶち込んだ事すら忘れていそうだがな」
「・・・まあ、そうなのだろうよ。どこまでも人間としての感性が欠落した女のようだからな。事情を知った後となっては、それも今更な事だが」

運ばれた食べ物をゆっくり咀嚼しながら、その合間にジークヴァインはこれまでの事を色々と思い返していた。

ノヴァイアスがここに来た事から、更にはその後現れたサルトウリアヌスから、今の今まで知らずにいた事実を理解しつつあった。
それは一人の人間が成すには余りにも大きすぎることで、だが、余りにも些末で歪な欲望から始まったことで。

それに自分が、愛娘が巻き込まれたことに怒りが湧き上がる。

「・・・それにしても、殿下との婚約が整った時に、既に陰で事が動き始めていたとは・・・」
「どうした、何やら妙な顔つきをしているな」

漸く食事を全て終え、ごくりと用意されていた水を飲む。
手の甲で口元の滴を拭うと、息を吐きながらサルトウリアヌスへと視線を向けた。

「あの時点で、既に娘の運命は破滅へと捻じ曲げられていたと思うとな。見当違いの八つ当たりとは分かっていても、殿下の婚約者にさえ選ばれなければ、と詮ない事を思ってしまう」

サルトウリアヌスは、くく、と喉を鳴らした。

「それはどうかな。カルセイランがあそこまで惚れぬいたユリアティエル以外の者であれば、ここまでの長い期間、あの女の得た力に抗する事は出来なかったであろう。ノヴァイアスも動くことはなかったろうしな。そうであればこの国はとうに終わりを告げていた」
「は・・・?」

ジークヴァインの眉が、訝しげにぴくりと上がる。

「お前の娘が婚約者だった事は、この国にとって、また国民全てにとって僥倖であったとすら言える。まあ、最後まで上手くいくかはまだ分からないが、たった一人の犠牲で済むのだとしたらな。しかも、あの娘は殺されていない。よくもここまで見事に躱したと感心する程だ」
「な・・・にを、言って・・・」
「残酷な事を言っていると思うか? まあ、思うだろうな。お前はあの娘の父親だ」

そうは言いつつも、サルトウリアヌスの瞳には何の感情も浮かんではいない。

「だが、それはお前が、あの女が契約の際に差し出した条件を知らないからこそ言える事だ。知っていたら、今のこの状態がどれほどの幸運を積み重ねた上に成り立っているかを思い知るだろうに」

その言葉に、ジークヴァインは一瞬、目の前が暗くなるのを感じた。

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