【完結】君は私を許してはいけない ーーー 永遠の贖罪

冬馬亮

文字の大きさ
165 / 183

刻限

しおりを挟む


窓から様子を伺っていたカサンドロスは、僅かに目を細めると後ろにいるユリアティエルの方へと振り返った。


「お前を抜け道から逃さなくても済みそうだ。将軍にかけられた術を解くのに成功したのかもしれん」


身軽な服装に着替え、いつでも発てる準備を整えていたユリアティエルは、ホッと安堵の息を漏らした。


勿論、安堵したのはユリアティエルだけではない。


恐ろしい程に静まり返った村の中では、誰もが固唾を呑んでカルセイランとガルスとの打ち合いを見守っていたのだ。


「夜明けまで、もうあと四半刻もない。解呪の紋様が朝日に照らされれば、否が応でも兵士たちはそれを目にする事になる。そうなれば・・・」


カサンドロスの声が、そこで途切れた。


窓の外、村の入り口にいるカルセイランの周辺から怒号が響いたのだ。


ユリアティエルは吸い込まれるように窓へと走り寄ると、窓ガラスに手を当て、覗き込むように外を見た。


ひと回り以上の体格差があるガルスが、闘いに中々決着をつけられずにいる事への怒りの声が兵士たちから上がっていた。


「将軍ともあろう方が何という体たらく! 失望しましたぞ、王太子を騙る偽者を討ち取る事も出来ぬとは!」
「そうだ! 我らは王太子妃の命を受けているのですぞ! こんな所で足止めを食らっている場合ではない!」
「全ては王太子妃さまのために!」


最後部にいた解呪された者たちは、そんな動きを抑えようとするが、それには圧倒的に人数が足りない。


「まずいな。これでは・・・」


カサンドロスが呟くのと同時に、視界の先で一瞬、獣のような俊敏さでカルセイランの背後に回った者がいた。

ガルスだ。


「・・・っ!」
 

カサンドロスが息を呑む。


ユリアティエルが両手で口元を覆った。


ガルス将軍がカルセイランの背後から彼の喉元に剣を突きつけるのが見えたのだ。


カルセイランは持っていた剣を地面に放ると、両手をゆっくりと上にあげる。


兵士たちが勝利の叫びを上げた。











アビエルの月の第20日。

その午前十時半を回った頃。


ソファでくつろぎ、ひとり菓子を楽しんでいたヴァルハリラの上に影が落ちた。


目の前に現れた人物が誰であるかに気づいたヴァルハリラは、不満げな表情で彼を見上げる。


「あらサルトゥリアヌス、やっとのお出ましかしら。貴方いったい今までどこに行っていたのよ?」
「別にどこにも行っておりませんが」


不機嫌さを隠そうともしないヴァルハリラに対して、サルトゥリアヌスは悪びれもせずに答えた。


「嘘を言わないでちょうだい。もう何日もずっと鏡に呼びかけていたのよ。なのに返事もしなかったじゃないの」
「応える必要がなかったので。ただそれだけですよ」
「まあ、どういう意味かしら。わたくしが呼んだのだから、応えなくては駄目に決まっているじゃないの」


ヴァルハリラは腕を組むと、睨むようにサルトゥリアヌスを見上げた。


だがサルトゥリアヌスは軽く肩を竦めて続けた。


「いえ、本当にその必要がなかったのですよ。貴女がしようとしていた事くらい分かっておりますのでね」
「・・・へえ」


ヴァルハリラの瞳に、侮蔑の色が浮かぶ。


「分かっていてわたくしの呼び出しを無視したと言うのね? 随分と酷い事をするじゃないの、サルトゥリアヌス」
「それはそれは、失礼いたしました。私としましても、我が主のご意向が成されるのが最も願うところでありまして」


ヴァルハリラは首を傾げた。


「・・・まああいわ。許してあげる。今日はせっかくの記念日ですものね。怒ったりしたら台無しになってしまうわ」


そう言うと、立ち上がって誇らしげにこう告げた。


「サルトゥリアヌス。わたくしはね、晴れて契約条件を満たしたのよ。だから期限が来るまで待っている必要もないと思って、早くお前に伝えてやろうとしていたの」
「そうですか。ならばやはり、貴女の声に応じなくて正解でした。勘違いしたままでいてもらえましたからね」
「・・・なんですって?」


不愉快そうに歪むヴァルハリラの前で、サルトゥリアヌスが嬉しそうに笑う。


いつもの感情の見えない無機質な笑みではない。

心から嬉しそうな、しかし何故か背筋が寒くなるような凍りついた微笑みだ。


「・・・サルトゥリアヌス?」


説明のつかない感覚に襲われ、思わず身震いしたヴァルハリラが、無意識のうちに仲介者の名前を呼んだ。


だがその声には応えず、サルトゥリアヌスは大仰に両手を広げ、役者のように声を張り上げた。


「ヴァルハリラさま。おめでとうございます。いよいよ刻限となりました。今この瞬間をもって契約した五年が満了したのです」
「・・・え、ええ。そうよ。さあサルトゥリアヌス。約束通り、わたくしに新たな命と人間の身体を与えなさい。わたくしは貴方が言った条件をちゃんと満たしたのだから」


サルトゥリアヌスの眼が、すっと細くなる。


「無理ですな」
「え?」
「貴女は契約条件を満たしてはいない。よって、貴女の願いを叶える筋合いはないと考える」
「なっ・・・何を馬鹿な事を言っているの? わたくしはちゃんと・・・」
お前・・が精を受けた相手はカルセイランではない。あの夜にお前を抱いたのは、変容の術でカルセイランに成り済ました別の男だ」
「え・・・?」


ヴァルハリラは驚愕で目を見開いた。


「さあ茶番は終わりだ、ヴァルハリラ。我が主がお前に貸し与えた力を返してもらおう。そして、お前には分不相応であったその強大な力の対価を払ってもらおうではないか」


しおりを挟む
感想 29

あなたにおすすめの小説

愛する貴方の心から消えた私は…

矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。 周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。  …彼は絶対に生きている。 そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。 だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。 「すまない、君を愛せない」 そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。 *設定はゆるいです。

今さらやり直しは出来ません

mock
恋愛
3年付き合った斉藤翔平からプロポーズを受けれるかもと心弾ませた小泉彩だったが、当日仕事でどうしても行けないと断りのメールが入り意気消沈してしまう。 落胆しつつ帰る道中、送り主である彼が見知らぬ女性と歩く姿を目撃し、いてもたってもいられず後を追うと二人はさっきまで自身が待っていたホテルへと入っていく。 そんなある日、夢に出てきた高木健人との再会を果たした彩の運命は少しずつ変わっていき……

初恋だったお兄様から好きだと言われ失恋した私の出会いがあるまでの日

クロユキ
恋愛
隣に住む私より一つ年上のお兄さんは、優しくて肩まで伸ばした金色の髪の毛を結ぶその姿は王子様のようで私には初恋の人でもあった。 いつも学園が休みの日には、お茶をしてお喋りをして…勉強を教えてくれるお兄さんから好きだと言われて信じられない私は泣きながら喜んだ…でもその好きは恋人の好きではなかった…… 誤字脱字がありますが、読んでもらえたら嬉しいです。 更新が不定期ですが、よろしくお願いします。

行き場を失った恋の終わらせ方

当麻月菜
恋愛
「君との婚約を白紙に戻してほしい」  自分の全てだったアイザックから別れを切り出されたエステルは、どうしてもこの恋を終わらすことができなかった。  避け続ける彼を求めて、復縁を願って、あの日聞けなかった答えを得るために、エステルは王城の夜会に出席する。    しかしやっと再会できた、そこには見たくない現実が待っていて……  恋の終わりを見届ける貴族青年と、行き場を失った恋の中をさ迷う令嬢の終わりと始まりの物語。 ※他のサイトにも重複投稿しています。

不倫の味

麻実
恋愛
夫に裏切られた妻。彼女は家族を大事にしていて見失っていたものに気付く・・・。

私のことを愛していなかった貴方へ

矢野りと
恋愛
婚約者の心には愛する女性がいた。 でも貴族の婚姻とは家と家を繋ぐのが目的だからそれも仕方がないことだと承知して婚姻を結んだ。私だって彼を愛して婚姻を結んだ訳ではないのだから。 でも穏やかな結婚生活が私と彼の間に愛を芽生えさせ、いつしか永遠の愛を誓うようになる。 だがそんな幸せな生活は突然終わりを告げてしまう。 夫のかつての想い人が現れてから私は彼の本心を知ってしまい…。 *設定はゆるいです。

離婚した彼女は死ぬことにした

はるかわ 美穂
恋愛
事故で命を落とす瞬間、政略結婚で結ばれた夫のアルバートを愛していたことに気づいたエレノア。 もう一度彼との結婚生活をやり直したいと願うと、四年前に巻き戻っていた。 今度こそ彼に相応しい妻になりたいと、これまでの臆病な自分を脱ぎ捨て奮闘するエレノア。しかし、 「前にも言ったけど、君は妻としての役目を果たさなくていいんだよ」 返ってくるのは拒絶を含んだ鉄壁の笑みと、表面的で義務的な優しさ。 それでも夫に想いを捧げ続けていたある日のこと、アルバートの大事にしている弟妹が原因不明の体調不良に襲われた。 神官から、二人の体調不良はエレノアの体内に宿る瘴気が原因だと告げられる。 大切な人を守るために離婚して彼らから離れることをエレノアは決意するが──。

幼なじみと再会したあなたは、私を忘れてしまった。

クロユキ
恋愛
街の学校に通うルナは同じ同級生のルシアンと交際をしていた。同じクラスでもあり席も隣だったのもあってルシアンから交際を申し込まれた。 そんなある日クラスに転校生が入って来た。 幼い頃一緒に遊んだルシアンを知っている女子だった…その日からルナとルシアンの距離が離れ始めた。 誤字脱字がありますが、読んでもらえたら嬉しいです。 更新不定期です。 よろしくお願いします。

処理中です...