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不思議なあの子

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「ライガルが俺を背に乗せて運んだだと・・・?」

信じられないとでも言いたげに、アユールは目を大きく見開いた。

それも当然だ。
ライガルは大きくて鋭い牙を持つ獰猛な生き物で、普通ならば出会ったが最後、襲われて食われるか、こちらが剣か術かで追い払うかの二択しかない。

つまり、よほどの強者でなければ、遭遇してなお生きて帰ることはできないのだ。

黒の森が皆から恐れられ、誰も近づかないのは、そこにライガルが多数、生息することも理由の一つになっている。

そのライガルを前にして、無事だったこと自体、奇跡だというのに。
意識を失った挙句、そんな状態の自分を、あろうことかライガルが背に乗せて、この小屋まで運んできたというのだから。

「彼女は、術を使えるのか?」
「? いいえ、まさか」
「しかし、術も使わずにそんなことができるはずは・・・」
「ええ、ないですよね、普通なら。でも、サーヤはできるの。術なんか使わなくても、この子にはそれができちゃうんです。理由はよくわかりませんけど」

レーナのその言葉を聞いて、アユールの視線がサーヤへと移る。

その黄金の眼が映すのは、肩まで届くふわふわの栗色の髪に明るい緑色の瞳の、可愛らしい、一見して普通の女の子。
口がきけないけど、元気が良くて、いつ見てもニコニコしてて。

観察したところで、どこか変わったところが見つかりそうもなく。

当の本人は、そんな話よりもアユールのために作ったスープを冷ますことに一生懸命で、注がれる彼の視線にも気づきもしない。

レーナは、そんなサーヤの様子を愛おし気に眺めながら、再び口を開いた。

「本当に理由はわからないんですよ。でも、この子がこうなのは昔からなの。それに、ライガルだけじゃないんですよ。他のどんな動物も、それこそホルクスとかベアルーガだって、サーヤに何か悪いことをするようなことは絶対にないんです。この子と一緒にいるからか、私にも何も起こらないのよ」

思いもよらないサーヤの秘密を知らされて、アユールの頭は少々混乱していた。
確かに、そんな特別な何かがなければ、ライガルを始め獰猛な獣がわんさかいるこの黒の森で、女ふたりが何事もなく暮らしていること自体、あり得ないことで。

「そんな力があったから、この黒の森で母娘ふたり、暮らせたというわけか・・・」

不可思議な話だが、信じるしかなさそうだ。

ということは、つまりあの時も。

・・・この子がいなかったら、俺はその場でライガルに食われていたということで。

この子を庇うつもりが、逆にこちらが助けられていたとはな。

ぼんやりと視線をさまよわせながら、そんなことを考えていたアユールの視界の端に、サーヤが映りこんだ。

片方の手にスープ皿、もう片方の手にスプーンを持って、やたらニコニコと嬉しそうにアユールを見つめている。

「・・・?」

サーヤの行動に不思議そうな顔を浮かべるアユール。

その様子を見て、レーナはぷっと思わず吹き出して。

それから、アユールに向かってこう告げた。

「さぁ、スープが飲み頃になったようですよ。アユールさんは、まだ起き上がれないでしょう? だから、そのままの姿勢で口だけ開けてください。この子が食べさせますからね」
「なっ・・・」

サーヤが、ニコニコしながらスプーンを差しだす。

「ほら、あーんしてください」
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