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気づけよ

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「叔父貴・・・、ちょっといいか」

書斎の扉をノックすると、ランドルフが開けて中へ通してくれた。

「・・・なんだ」

貴重な魔法書が大量に保管されている書棚を通り抜け、奥の机に座るカーマインの前までやって来た甥に向かって、ぶっきらぼうに問いかけた。

「クルテルとサーヤから聞いたんだが。・・・昨夜、前に会ったことはないかってレーナに聞かれたんだってな」
「ああ。曖昧に記憶を残しておいたことが、却って仇になったようだな」
「やっぱりな。・・・軽減をかける時に、記憶操作もしたんだな?」
「・・・」

はあ、と大きな溜め息を吐きながら、机の上にどかっと腰を下ろす。

「いい加減にしろよ、叔父貴。・・・いくらなんでも格好悪すぎだ」
「そうだな。自分でもそう思う」

思わず、といった感で苦笑を漏らした。

「あの時はそれが最善だと思ったのだがな。私に関する記憶など、書き換えた方があの方は幸せになれると」
「・・・それで? どうする気だよ」
「どうする気、か。・・・どうするのがいいんだろうな」

アユールは眉間にしわを寄せ、頭をがしがし掻きながらカーマインを睨みつける。

「悩むことないだろう。いつまで好きな女にあんな顔させとくつもりだ? 『王宮で貴女を守ったのはこの私です』ってさっさと言って来いよ」
「・・・」
「おい、なに黙ってんだ。早くさっさと・・・」

そこまで言いかけて、アユールは口をつぐんだ。

正面をまっすぐに見据えたまま、瞬きもせず、ぽかんと口を開けて、カーマインが固まってしまったから。

「・・・叔父貴?」
「・・・」
「おーい、どうした。生きてるか?」
「・・・き・・」
「え?」
「す、き・・な、おん・・・な・・?」

・・・はい?

「私が・・・レナライアさまを・・・す、す・・き・・・だと・・?」

いやいやいや、ちょっと待てよ。

「わ、私は、決してそんな、ふ、ふしだらな気持ちでレナライアさまに近づいたのではないぞ」

ふしだらって、おい。
今、頭の中でどんなこと想像したんだよ、コラ。

「じゃあ、聞くけど。なんで自分の身を危険に晒してまで、レーナを助けたんだよ」
「・・・それは、あの方が王宮で辛い目に遭われていたからだ」
「黒の森で暮らすようになってからも、ランドルフに様子を見に行かせていた理由は?」
「無事に暮らせているかを確認するためだ」
「保護魔法かけたんだろ。普通だったら怪我も病気もしないだろうが」
「病気や怪我だけを心配すればいい訳ではない。あの方が、毎日、笑って過ごせなければ駄目なんだ」

まったく、微妙に論点がずれてる。
そんな風に思う理由を、胸に手を当ててよく考えてみろっつってんのに。

「どうして」
「当たり前だろう。あの方には幸せになってもらいたいんだ」
「だからどうして」
「は・・・?」

自分でも気づいてないって。
子どもか。

「だーかーらー、どうしてレーナに幸せになってほしいと思ってるんだよ?」
「・・・何故、そんな当たり前のことを聞く? あんな素晴らしいお方が不幸だなんて、あってはならないことだろうが」

いや、当たり前? 当たり前じゃないだろ。
こいつ、べた惚れだって白状してんの、なんで気づかないんだ?

俺も結構、鈍いって言われるけど。
これ、絶滅危惧種的に初心うぶじゃねぇ?

「いいか、アユール。私は、あの方に対して、断じてそのようなやましい気持ちなど持ってはおらん。ただあの方は私の大切な人なのだ。いつも笑っていて欲しいのだ。何があっても守らなければならないのだ」

・・・これを愛の告白と言わないんなら、何だっつーの。
中年の初恋、面倒くせ。

「あー、そうかよ。じゃあ、叔父貴はレーナに恋愛感情はないって言うんだな?」
「その通りだ」
「じゃあ、ちょうどいいや。俺がもらう」
「は?」
「俺よりずっと年上だけど、綺麗だし、明るくていい性格してるし、最近料理の腕も上がったし、いい女だよな」
「アユール?」
「いいだろ? 絶対幸せにするし」
「・・・お前は、レナライアさまの娘に惚れてるんじゃなかったのか」
「最近、ケンカばっかりでね。大人の女の方が俺に向いてるのかもって思ってたんだよ」
「論外だな。お前みたいな若造が、あの方を幸せにできる筈がない」
「ふーん、じゃあいいよ。俺が駄目だって言うんなら、ランドルフに譲るから」
「「は?」」

驚いたカーマインとランドルフの声が重なって響いた。

壁際に立ったまま、黙って話の成り行きを見守っていたランドルフが、急に名前を呼ばれてアユールの顔を見る。

「何故、ここでランドルフの名が出るのだ?」
「ア、アユールさま・・・」
「だって、レーナみたいに健気で可憐な人を全力で守りたいって、この間、言ってたし。なぁ、ランドルフ」

いきなり巻き込まれたランドルフには気の毒だが、この頑固な初恋こじらせ男のために、一肌脱いでもらうことにして。

両手を合わせてお願いポーズを取った。

「・・・ランドルフ?」
「あ、あ、あの、はい、そうです。私でよろしければ、ぜ、全力でレナライアさまのお幸せのために頑張らせていただきます・・・」
「・・・」

呆然とするカーマインに、アユールがしたり顔で畳みかける。

「ランドルフなら、何の問題もないよな? 穏やかだし、仕事は出来るし、頭もいいし、包容力もあるし、むしろ駄目だっていう理由がないよな」
「くっ・・・」

くってなんだよ。
そんなに悔しいんだったら、さっさと認めて自分の手で幸せにしてやれよ。

冷めた目で叔父を見つめるアユールに対し、ランドルフはもう冷や汗たらたらで顔色も真っ青で、見ていて実に可哀そうではあるが。

あるが。

叔父貴を追い込むために、もうちょっと付き合ってもらうぜ、ランドルフ。
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