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サリタス、貴方は
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「今日はなんだか色々ある日だったね」
定例の夢の中。
目の前を流れる緩やかな小川の流れを見つめながら、隣に座る私の大好きな人に、そう話しかけた。
「ああ、全くだ」
サイラスの誘拐に始まって、王宮にまで乗り込んで、シリルとサルマンを下した。
そして、レーナはダーラスに別れを告げ、王国を建て直すよう激励して去った。
彼の腑抜けっぷりと自己中的な物言いについては、サーヤに何も言わぬまま。
・・・というより、言えなかったのだろう。
どんな人物であれ、サーヤの父親なのだから。
当の本人は、腑抜けた父親の事など気にもしていないようだが。
「でも、よかった。カーマインさんからお話聞けて、今までのことがようやく全部つながった気がする」
「・・・そうだな」
「母さん、すごく嬉しそうだったね」
「ああ、とってもな」
◇◇◇
「まず最初に、レナライアさまの記憶に手を加えましたことをお詫びお申し上げます」
カーマインは深々と頭を下げた。
「いえ、そんな・・・。何か事情があったのだろうということは分かっていますから」
「・・・ありがとうございます。・・・ですが、当人である貴女に話も通さず、私が勝手に行ったことですので」
カーマインは少し寂しそうに答えた。
「では、記憶を復元いたします。・・・失礼」
そう言ってレナライアの額に手を当てた。
今やこの邸にいる全ての者が、事情を知ることとなり、全員、固唾をのんでその様子を見守っていた。
「・・・」
「いかがですか?」
「・・・カーマイン・・・サリタス・・・」
「はい」
「サリタス?」
「はい、ここに」
「サリタス、貴方なの・・・?」
レーナの瞳が涙で潤む。
カーマインが眉を下げて、苦笑する。
「ご無沙汰しておりました。レナライアさま」
「・・・サリタスッ・・・!」
ぽろぽろと大粒の涙が、レーナの瞳から溢れ出す。
カーマインは手を伸ばすと、その涙を指でそっと拭った。
「私、生きてる・・・」
「はい」
「来てくれたのね」
「はい」
「痛くて、苦しくて、息もうまく吸えなくて・・・頭の中で貴方の名前を呼ぶことしか出来なくて・・・」
「それで十分にございます」
優しそうに、愛おし気に、カーマインは言葉を紡ぐ。
「貴女はよく頑張りました。よくぞあの時、私を思い出してくださいました。痛みを抱え、サルマンに追われ、さぞや怖かったでしょうに」
レーナは笑みを浮かべた。
でも、その笑顔は少し苦しそうに見える。
「もう大丈夫です。・・・貴女も、貴女のお子もこうして無事なのですから。貴女に害を成そうとする者たちはもうおりませんし、怯え隠れて暮らす必要もなくなりました」
レーナは黙って頷いた。
それから、困ったように眉を下げ、口を開いた。
「サリタス、もう私は王妃じゃないの。ただのレーナなの。だから・・・だから、今から私がすることを咎めないで」
「は・・・?」
意味が分からず、呆けた声を出したカーマインに向かって、レーナの手が伸びる。
「レナライアさま?」
レーナはカーマインの胸に飛び込むと、ぎゅっと腕を回した。
「レ、レナライアさまっ」
「レナライアじゃないって言ったでしょ」
「で、ですが・・・」
焦るカーマインを他所に、レーナはカーマインの胸に顔を埋めた。
「私はあの夜、サルマンに殺されたの。第二王妃のレナライアは、もういないのよ。だから、お願い。もう私を王家の人間として扱おうとしないで。ひとりの人間として見てほしいの」
「・・・承知しました」
一度頷いてから、ふと、何かに気づいたように再び口を開いた。
「ですが、これは少し・・・その、はしたのうございますよ?」
頬を赤らめて、胸元のレーナに語りかける。
「はしたなくてもいいの。やっと貴方に会えたんだもの」
そう言うと、顔を上げてカーマインを見つめた。
「教えて。私が気を失った後、何があったの? 貴方はどうして、私の記憶に手を加えたの?」
その声に怒りはない。
カーマインには見えていないが、その眼にも怒りの色は滲んでいない。
「何か、理由があったんでしょう?」
「・・・」
どこから話せばいいのか、まだ頭の整理がついていないようで、カーマインは口を開いては、また閉じてをただ繰り返して。
「貴方は、気まぐれでそんなことをする人じゃない。・・・私のためだったんでしょう?」
「レナ・・・、レーナさま」
「さまは無し」
「・・・レーナさん」
「さんも要らないけど」
「レ、レーナ・・・?」
「はい、聞いてますよ?」
「・・・」
名前を呼んだだけで真っ赤になっているカーマインを見て、レーナが笑みを浮かべる。
だが、カーマインを見上げ、じっとその顔を見つめるうちに、レーナの表情が曇りはじめた。
首を傾げて、じっとその顔を覗き込む。
「サリタス、貴方・・・」
「はい?」
「もしかして・・・眼が見えていないの?」
定例の夢の中。
目の前を流れる緩やかな小川の流れを見つめながら、隣に座る私の大好きな人に、そう話しかけた。
「ああ、全くだ」
サイラスの誘拐に始まって、王宮にまで乗り込んで、シリルとサルマンを下した。
そして、レーナはダーラスに別れを告げ、王国を建て直すよう激励して去った。
彼の腑抜けっぷりと自己中的な物言いについては、サーヤに何も言わぬまま。
・・・というより、言えなかったのだろう。
どんな人物であれ、サーヤの父親なのだから。
当の本人は、腑抜けた父親の事など気にもしていないようだが。
「でも、よかった。カーマインさんからお話聞けて、今までのことがようやく全部つながった気がする」
「・・・そうだな」
「母さん、すごく嬉しそうだったね」
「ああ、とってもな」
◇◇◇
「まず最初に、レナライアさまの記憶に手を加えましたことをお詫びお申し上げます」
カーマインは深々と頭を下げた。
「いえ、そんな・・・。何か事情があったのだろうということは分かっていますから」
「・・・ありがとうございます。・・・ですが、当人である貴女に話も通さず、私が勝手に行ったことですので」
カーマインは少し寂しそうに答えた。
「では、記憶を復元いたします。・・・失礼」
そう言ってレナライアの額に手を当てた。
今やこの邸にいる全ての者が、事情を知ることとなり、全員、固唾をのんでその様子を見守っていた。
「・・・」
「いかがですか?」
「・・・カーマイン・・・サリタス・・・」
「はい」
「サリタス?」
「はい、ここに」
「サリタス、貴方なの・・・?」
レーナの瞳が涙で潤む。
カーマインが眉を下げて、苦笑する。
「ご無沙汰しておりました。レナライアさま」
「・・・サリタスッ・・・!」
ぽろぽろと大粒の涙が、レーナの瞳から溢れ出す。
カーマインは手を伸ばすと、その涙を指でそっと拭った。
「私、生きてる・・・」
「はい」
「来てくれたのね」
「はい」
「痛くて、苦しくて、息もうまく吸えなくて・・・頭の中で貴方の名前を呼ぶことしか出来なくて・・・」
「それで十分にございます」
優しそうに、愛おし気に、カーマインは言葉を紡ぐ。
「貴女はよく頑張りました。よくぞあの時、私を思い出してくださいました。痛みを抱え、サルマンに追われ、さぞや怖かったでしょうに」
レーナは笑みを浮かべた。
でも、その笑顔は少し苦しそうに見える。
「もう大丈夫です。・・・貴女も、貴女のお子もこうして無事なのですから。貴女に害を成そうとする者たちはもうおりませんし、怯え隠れて暮らす必要もなくなりました」
レーナは黙って頷いた。
それから、困ったように眉を下げ、口を開いた。
「サリタス、もう私は王妃じゃないの。ただのレーナなの。だから・・・だから、今から私がすることを咎めないで」
「は・・・?」
意味が分からず、呆けた声を出したカーマインに向かって、レーナの手が伸びる。
「レナライアさま?」
レーナはカーマインの胸に飛び込むと、ぎゅっと腕を回した。
「レ、レナライアさまっ」
「レナライアじゃないって言ったでしょ」
「で、ですが・・・」
焦るカーマインを他所に、レーナはカーマインの胸に顔を埋めた。
「私はあの夜、サルマンに殺されたの。第二王妃のレナライアは、もういないのよ。だから、お願い。もう私を王家の人間として扱おうとしないで。ひとりの人間として見てほしいの」
「・・・承知しました」
一度頷いてから、ふと、何かに気づいたように再び口を開いた。
「ですが、これは少し・・・その、はしたのうございますよ?」
頬を赤らめて、胸元のレーナに語りかける。
「はしたなくてもいいの。やっと貴方に会えたんだもの」
そう言うと、顔を上げてカーマインを見つめた。
「教えて。私が気を失った後、何があったの? 貴方はどうして、私の記憶に手を加えたの?」
その声に怒りはない。
カーマインには見えていないが、その眼にも怒りの色は滲んでいない。
「何か、理由があったんでしょう?」
「・・・」
どこから話せばいいのか、まだ頭の整理がついていないようで、カーマインは口を開いては、また閉じてをただ繰り返して。
「貴方は、気まぐれでそんなことをする人じゃない。・・・私のためだったんでしょう?」
「レナ・・・、レーナさま」
「さまは無し」
「・・・レーナさん」
「さんも要らないけど」
「レ、レーナ・・・?」
「はい、聞いてますよ?」
「・・・」
名前を呼んだだけで真っ赤になっているカーマインを見て、レーナが笑みを浮かべる。
だが、カーマインを見上げ、じっとその顔を見つめるうちに、レーナの表情が曇りはじめた。
首を傾げて、じっとその顔を覗き込む。
「サリタス、貴方・・・」
「はい?」
「もしかして・・・眼が見えていないの?」
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