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挑戦

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予想外に難航し、少々剥れていたアユールの顔を、心配そうに碧色の瞳が覗き込む。

「そんなにガッカリしないで。ね? また明日、頑張ろう?」

・・・早くこの声をあの石から解放してやりたかったのに。

そんな思いから、思わず呟きを溢してしまう。

「あーもう。バランスがなかなか上手く保たないんだよな。すぐに比重が傾いちまう」

呪いとして奪われた機能を取り戻そうとする度に、サーヤの体内にあるサルマンの魔力と、カーマインの魔力との均衡が崩れかけて。

サーヤの体に異変が起こってしまっては大変だ、と、何度も中断してはやり直す、その繰り返しで。

結局、この日は作業を諦め、一度、屋敷に戻ってきたのだ。
また明日、再挑戦しようということで、疲れを取るために早々に就寝して。

こうして今、夢の中でアユールは愚痴っているのだ。

「あー、くそ。明日からは、夢じゃなくてもお前の声が聞けると思ってたのになぁ」
「頑張ってくれてありがとうね? 今日は駄目だったかもしれないけど、私、凄く感謝してるんだよ。だって、もうすぐなんでしょ?」

サーヤの言葉に、アユールが力強く肯く。

「ああ、そうさ。もうじき終わる。終わらせる」

アユールが手を伸ばす。
サーヤを抱こうとする腕は、視界に映る光景を裏切って空を切る。

切なげに目を細めながら、アユールは呟く。

「・・・いつか必ずって思ってた事が、いざ現実として目の前にぶら下がると、余裕なんてぶっ飛んじまうもんなんだな」
「アユールさん?」
「今、一番余裕ないかも」

大きな溜息を吐きながら、両膝に頭を埋める。
さらりと黒髪が零れ落ちて。

「ごめん。格好悪いな、俺」
「どうして? そんな事ないよ」
「もっと颯爽とお前を助けたかったのに」
「いつだってアユールさんは格好いいよ?」

項垂れていた肩が、ぴくりと揺れる。

「・・・そう?」

あ、反応した。

「本当に?」
「うん」

そろそろと頭を上げる。
ちらりと覗き込むような視線が送られて。

ふふ、いつもあんなに自信満々なのに。

何だろ、ちょっと可愛い。

「アユールさんは、世界一格好いいです」
「・・・もっと」
「アユールさんは、王国最強の魔法使いです」
「もう一声」
「・・・私が世界で一番、頼りにしてる人です」
「・・・うん」

気が済んだのか、アユールは、がばっと勢いよく顔を上げた。

「よし、やるぞ。こんなところで止まってたまるかってんだ」

そして、その勢いのまま、大きく両手を広げてサーヤを抱きしめようとして。

当然、その両腕は再び空を切って。
アユールは地面に倒れ込む。

「アユールさん? 大丈夫?」
「くそっ。痛く・・・ないんだよな。夢だから。あー、お前に触れないの、すっげーもどかしい」

拳で地面をばんばんと叩く。

「くそっ。明日こそ、お前の声を取り戻してやる。絶対、ぜーったい、成功させてやるからな!」
「うん。楽しみにしてるね」
「おう! 待ってろよ!」

よかった。
元気になったみたい。

そう思って、にこにこ笑ってたら。

・・・あれ?
大人しくなって、もう地面を叩いてもいないのに。起き上がる気配がない。

ただ、じーっと地面にうつ伏せになっている。

「アユールさん?」
「・・・れよ・・・」

地面に顔を伏せたまま、何かもそもそと言ってるけど、よく聞こえない。

「なぁに?」
「上手くいったら・・・くれ・・・」
「何を?」
「・・・ご褒美」
「・・・」

ご褒美?

「えーと? ご褒美って?」
「無事にお前の声、取り戻せたら・・・お前のこと、ぎゅーって思いきり抱きしめたい」
「はい?」

顔に熱が集中する。

聞き間違い?
アユールさんは、今なんて言った?

「い、いよ・・・。そのくらいなら・・・」

ドキドキしながら答える。
声、震えてないかな。

「それから・・・」
「へ? そ、それから?」

まだあるの?

「お前とゆっくりキスがしたい」
「・・・」

キ、キス。
キスね。うん。

・・・ちょっと待って。
ゆっくりキスって、なに?

普通のキスと違うの?
何回もキスをすること?

えーと・・・。
えーと・・・?

「駄目か・・・?」
「だ、駄目ってわけじゃ・・・」
「いいのか?」

がばっと起き上がって、やったーと叫びながら満面の笑みを浮かべる。

ええ?

「いい」なんて言ってないよ?

言ってない。

しかも「ゆっくり」キスするって意味もわかんない。

「ア、アユールさん」
「うん?」

でも。

そんなに嬉しそうにしてくれるなら。
それをご褒美だと思ってくれるのなら。

「なんだ?」
「その・・・」
「うん?」
「えーと、その・・・」

・・・いいのかもしれない。

私は真っ赤になって俯いて。

「よろしくお願いします・・・」

辛うじてそう呟いたけど、意味はちゃんと通じたかな。
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