87 / 116
挑戦
しおりを挟む
予想外に難航し、少々剥れていたアユールの顔を、心配そうに碧色の瞳が覗き込む。
「そんなにガッカリしないで。ね? また明日、頑張ろう?」
・・・早くこの声をあの石から解放してやりたかったのに。
そんな思いから、思わず呟きを溢してしまう。
「あーもう。バランスがなかなか上手く保たないんだよな。すぐに比重が傾いちまう」
呪いとして奪われた機能を取り戻そうとする度に、サーヤの体内にあるサルマンの魔力と、カーマインの魔力との均衡が崩れかけて。
サーヤの体に異変が起こってしまっては大変だ、と、何度も中断してはやり直す、その繰り返しで。
結局、この日は作業を諦め、一度、屋敷に戻ってきたのだ。
また明日、再挑戦しようということで、疲れを取るために早々に就寝して。
こうして今、夢の中でアユールは愚痴っているのだ。
「あー、くそ。明日からは、夢じゃなくてもお前の声が聞けると思ってたのになぁ」
「頑張ってくれてありがとうね? 今日は駄目だったかもしれないけど、私、凄く感謝してるんだよ。だって、もうすぐなんでしょ?」
サーヤの言葉に、アユールが力強く肯く。
「ああ、そうさ。もうじき終わる。終わらせる」
アユールが手を伸ばす。
サーヤを抱こうとする腕は、視界に映る光景を裏切って空を切る。
切なげに目を細めながら、アユールは呟く。
「・・・いつか必ずって思ってた事が、いざ現実として目の前にぶら下がると、余裕なんてぶっ飛んじまうもんなんだな」
「アユールさん?」
「今、一番余裕ないかも」
大きな溜息を吐きながら、両膝に頭を埋める。
さらりと黒髪が零れ落ちて。
「ごめん。格好悪いな、俺」
「どうして? そんな事ないよ」
「もっと颯爽とお前を助けたかったのに」
「いつだってアユールさんは格好いいよ?」
項垂れていた肩が、ぴくりと揺れる。
「・・・そう?」
あ、反応した。
「本当に?」
「うん」
そろそろと頭を上げる。
ちらりと覗き込むような視線が送られて。
ふふ、いつもあんなに自信満々なのに。
何だろ、ちょっと可愛い。
「アユールさんは、世界一格好いいです」
「・・・もっと」
「アユールさんは、王国最強の魔法使いです」
「もう一声」
「・・・私が世界で一番、頼りにしてる人です」
「・・・うん」
気が済んだのか、アユールは、がばっと勢いよく顔を上げた。
「よし、やるぞ。こんなところで止まってたまるかってんだ」
そして、その勢いのまま、大きく両手を広げてサーヤを抱きしめようとして。
当然、その両腕は再び空を切って。
アユールは地面に倒れ込む。
「アユールさん? 大丈夫?」
「くそっ。痛く・・・ないんだよな。夢だから。あー、お前に触れないの、すっげーもどかしい」
拳で地面をばんばんと叩く。
「くそっ。明日こそ、お前の声を取り戻してやる。絶対、ぜーったい、成功させてやるからな!」
「うん。楽しみにしてるね」
「おう! 待ってろよ!」
よかった。
元気になったみたい。
そう思って、にこにこ笑ってたら。
・・・あれ?
大人しくなって、もう地面を叩いてもいないのに。起き上がる気配がない。
ただ、じーっと地面にうつ伏せになっている。
「アユールさん?」
「・・・れよ・・・」
地面に顔を伏せたまま、何かもそもそと言ってるけど、よく聞こえない。
「なぁに?」
「上手くいったら・・・くれ・・・」
「何を?」
「・・・ご褒美」
「・・・」
ご褒美?
「えーと? ご褒美って?」
「無事にお前の声、取り戻せたら・・・お前のこと、ぎゅーって思いきり抱きしめたい」
「はい?」
顔に熱が集中する。
聞き間違い?
アユールさんは、今なんて言った?
「い、いよ・・・。そのくらいなら・・・」
ドキドキしながら答える。
声、震えてないかな。
「それから・・・」
「へ? そ、それから?」
まだあるの?
「お前とゆっくりキスがしたい」
「・・・」
キ、キス。
キスね。うん。
・・・ちょっと待って。
ゆっくりキスって、なに?
普通のキスと違うの?
何回もキスをすること?
えーと・・・。
えーと・・・?
「駄目か・・・?」
「だ、駄目ってわけじゃ・・・」
「いいのか?」
がばっと起き上がって、やったーと叫びながら満面の笑みを浮かべる。
ええ?
「いい」なんて言ってないよ?
言ってない。
しかも「ゆっくり」キスするって意味もわかんない。
「ア、アユールさん」
「うん?」
でも。
そんなに嬉しそうにしてくれるなら。
それをご褒美だと思ってくれるのなら。
「なんだ?」
「その・・・」
「うん?」
「えーと、その・・・」
・・・いいのかもしれない。
私は真っ赤になって俯いて。
「よろしくお願いします・・・」
辛うじてそう呟いたけど、意味はちゃんと通じたかな。
「そんなにガッカリしないで。ね? また明日、頑張ろう?」
・・・早くこの声をあの石から解放してやりたかったのに。
そんな思いから、思わず呟きを溢してしまう。
「あーもう。バランスがなかなか上手く保たないんだよな。すぐに比重が傾いちまう」
呪いとして奪われた機能を取り戻そうとする度に、サーヤの体内にあるサルマンの魔力と、カーマインの魔力との均衡が崩れかけて。
サーヤの体に異変が起こってしまっては大変だ、と、何度も中断してはやり直す、その繰り返しで。
結局、この日は作業を諦め、一度、屋敷に戻ってきたのだ。
また明日、再挑戦しようということで、疲れを取るために早々に就寝して。
こうして今、夢の中でアユールは愚痴っているのだ。
「あー、くそ。明日からは、夢じゃなくてもお前の声が聞けると思ってたのになぁ」
「頑張ってくれてありがとうね? 今日は駄目だったかもしれないけど、私、凄く感謝してるんだよ。だって、もうすぐなんでしょ?」
サーヤの言葉に、アユールが力強く肯く。
「ああ、そうさ。もうじき終わる。終わらせる」
アユールが手を伸ばす。
サーヤを抱こうとする腕は、視界に映る光景を裏切って空を切る。
切なげに目を細めながら、アユールは呟く。
「・・・いつか必ずって思ってた事が、いざ現実として目の前にぶら下がると、余裕なんてぶっ飛んじまうもんなんだな」
「アユールさん?」
「今、一番余裕ないかも」
大きな溜息を吐きながら、両膝に頭を埋める。
さらりと黒髪が零れ落ちて。
「ごめん。格好悪いな、俺」
「どうして? そんな事ないよ」
「もっと颯爽とお前を助けたかったのに」
「いつだってアユールさんは格好いいよ?」
項垂れていた肩が、ぴくりと揺れる。
「・・・そう?」
あ、反応した。
「本当に?」
「うん」
そろそろと頭を上げる。
ちらりと覗き込むような視線が送られて。
ふふ、いつもあんなに自信満々なのに。
何だろ、ちょっと可愛い。
「アユールさんは、世界一格好いいです」
「・・・もっと」
「アユールさんは、王国最強の魔法使いです」
「もう一声」
「・・・私が世界で一番、頼りにしてる人です」
「・・・うん」
気が済んだのか、アユールは、がばっと勢いよく顔を上げた。
「よし、やるぞ。こんなところで止まってたまるかってんだ」
そして、その勢いのまま、大きく両手を広げてサーヤを抱きしめようとして。
当然、その両腕は再び空を切って。
アユールは地面に倒れ込む。
「アユールさん? 大丈夫?」
「くそっ。痛く・・・ないんだよな。夢だから。あー、お前に触れないの、すっげーもどかしい」
拳で地面をばんばんと叩く。
「くそっ。明日こそ、お前の声を取り戻してやる。絶対、ぜーったい、成功させてやるからな!」
「うん。楽しみにしてるね」
「おう! 待ってろよ!」
よかった。
元気になったみたい。
そう思って、にこにこ笑ってたら。
・・・あれ?
大人しくなって、もう地面を叩いてもいないのに。起き上がる気配がない。
ただ、じーっと地面にうつ伏せになっている。
「アユールさん?」
「・・・れよ・・・」
地面に顔を伏せたまま、何かもそもそと言ってるけど、よく聞こえない。
「なぁに?」
「上手くいったら・・・くれ・・・」
「何を?」
「・・・ご褒美」
「・・・」
ご褒美?
「えーと? ご褒美って?」
「無事にお前の声、取り戻せたら・・・お前のこと、ぎゅーって思いきり抱きしめたい」
「はい?」
顔に熱が集中する。
聞き間違い?
アユールさんは、今なんて言った?
「い、いよ・・・。そのくらいなら・・・」
ドキドキしながら答える。
声、震えてないかな。
「それから・・・」
「へ? そ、それから?」
まだあるの?
「お前とゆっくりキスがしたい」
「・・・」
キ、キス。
キスね。うん。
・・・ちょっと待って。
ゆっくりキスって、なに?
普通のキスと違うの?
何回もキスをすること?
えーと・・・。
えーと・・・?
「駄目か・・・?」
「だ、駄目ってわけじゃ・・・」
「いいのか?」
がばっと起き上がって、やったーと叫びながら満面の笑みを浮かべる。
ええ?
「いい」なんて言ってないよ?
言ってない。
しかも「ゆっくり」キスするって意味もわかんない。
「ア、アユールさん」
「うん?」
でも。
そんなに嬉しそうにしてくれるなら。
それをご褒美だと思ってくれるのなら。
「なんだ?」
「その・・・」
「うん?」
「えーと、その・・・」
・・・いいのかもしれない。
私は真っ赤になって俯いて。
「よろしくお願いします・・・」
辛うじてそう呟いたけど、意味はちゃんと通じたかな。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
312
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる