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ガーデンパーティにて ケインバッハの場合
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薔薇の綻ぶ庭園で。
俺---ケインバッハ・ダイスヒルは艶やかな少女、エレアーナ・ブライトンに恋をした。
出会いは、王太子レオンハルトと婚約者候補の令嬢たちが集まったガーデンパーティだった。
会場となったのはブライトン公爵邸の広大な庭園。
俺が14歳、エレアーナ嬢は12歳のときだった。
これまで何度となく顔合わせの場は設けられていた。
だが、エレアーナ嬢は何故か今まで一度も出席したことがなく、自邸で開催された今回のパーティが初めてで。
ようやくの出席だったのに、今日も王太子に近づいて来る気配もなく、ただひとり楽しそうに咲き誇る花々を愛でているだけ。
それだけなのに、彼女の美しさは皆の注目の的だった。
ゆるやかなウェーブの銀髪が風に揺れる。
頬はまるく桃色に色づき、艶やかな唇と明るい碧の瞳は、年齢とはかけ離れた大人びた美しさだった。
筆頭公爵家のご令嬢の聡明さと美しさは噂に高く、まだ少年にすぎない俺の耳にも届くほどだったが。
実際に目にする姿は噂を遥かに超えていた。
珍しく自分から声をかけたレオンハルトに対し、彼女は上品な礼で応える。
王太子の婚約者に選ばれようと周囲にまとわりつく他の候補者の令嬢たちとは違い、話しかければ礼儀正しく言葉を返すけれども、そこに王太子妃の座への執着は欠片もなく。
まとう空気に安らぎを覚えたのか、レオンは普段よりも気楽な雰囲気になり、気がつけば思い出話まで口にしていた。
母や乳母も薔薇が好きだった、と。
エレアーナ嬢は、静かに耳を傾けていたけれど。
乳母の体調が思わしくないという言葉に、微かに眉根を寄せた。
「・・・心配で時折、従者を通して様子を聞いてはいるんだけど」
「・・・お見舞いには行かれまして?」
「・・・いや、なかなか時間が取れなくてね。手紙は出しているのだが」
「そう、ですか」
そして突然訪れたのは少しの沈黙。
見ると、エレアーナ嬢は頬に手を当てて何か思案している。
予期せぬ沈黙にレオンは少し戸惑ったのか、後方にいた俺の方をちらりと見やる。
なにか話題を、と、慌てて距離を詰めて口を開こうとしたとき、エレアーナ嬢は、ぱっと顔を上げた。
「殿下、申し訳ありません。わたくし、用事を思い出しまして、少し席を外させていただきますね」
そして軽く礼をすると、くるりと向きを変え、いそいそとどこかへ行ってしまった。
ご令嬢の方から会話を打ち切られることなど、レオンにとっては初めての経験で。
まして、置いて行かれることなど、ありえないことで。
レオンは、後ろに控えていた俺に、ぽそりと呟く。
「……ねぇ、ケイン。僕はなにか失礼なことでも言ったかな?」
「……いや、そうは思わないが」
二人で呆気に取られる間もなく、別の令嬢がすかさず近づいてレオンに話しかける。
だが、エレアーナ嬢の少々変わった反応に気が逸れたせいか、俺もレオンも上手く相槌を打てなかった。
再びエレアーナ嬢の姿を目にしたのは、しばらく経ってから。
見ると、手に何か包みのようなもの抱えていた。
レオンを探していたのか、こちらに気が付くとニコニコと笑いながら近づいてきた。
「殿下、先ほどは失礼いたしました。あの、乳母だった方に、これをぜひ」
つい、と差し出したのは、ピンクのリボンをつけた小さな包み。
「薔薇の匂い袋と、同じく、薔薇の蒸留水ですわ。この庭で咲いた薔薇から、わたくしが作りましたの」
先ほど見せた完璧な淑女としての大人びた仕草とはうらはらに、子どものように瞳をきらめかせて手製の品について一生懸命に説明するその様が、とても新鮮で。
「この蒸留水はとても素敵な薔薇の香りがしますの。お肌につけるとバラの香りに包まれて、幸せな気分になれますわ。ご気分が優れないときに、お試しになるとよろしいですわ。ええと、わたくしは枕に垂らすのがお気に入りで・・・」
先ほどまでの控えめでゆったりとした口調が、少し年相応にあどけなくやや早口になり、表情がくるくると変わる。
挨拶の時と違い、よく喋る。
ああ、そういえば。
確か、エレアーナ嬢は植物に造詣が深いらしいと父が言っていた。
薬草学まで学んでいる、とか。
それが高じて、こんな品まで作っていたのか。
なかなか凝り性だな。
しかし、病人の見舞い用にと、わざわざ部屋に戻って手ずから贈り物を包んでいたのか。
しかも王妃にではなく、今はもう王城から下がり、レオンと会う機会もない元乳母のために。
打算の欠片もない人だ。
後ろに控えていた俺の口角が、自然と上がる。
ん?
レオンが何か言ったのだろうか?
エレアーナ嬢の顔が真っ赤になっている。
視線をずらせば、レオンの頬も少し上気しているように見える。
・・・ああ。
これまで、何度となく婚約者候補者たちと合う場を設けられたきたが、レオン自身が誰かに興味を持ったことはなかった。
同い年ということもあり、三歳の頃より側に仕えている俺にとっても初めて目にする光景だった。
ここでタイミング良く会話が途切れ、俺も挨拶を述べようと前に出る。
「ケインバッハ・ダイスヒルと申します。……実に見事な庭園ですね」
「ケインバッハさま。はじめまして、エレアーナ・ブライトンと申します。庭をお褒め頂いて嬉しいですわ。わたくしも大好きな場所ですの」
まっすぐな視線。
色艶を含まない言葉。
適度な距離感。
そこには、わざとらしい上目遣いも、馴れ馴れしい接触もなく。
その清廉な空気に、久しぶりに息が吐けたような、そんな気さえした。
容姿の美しさだけではない。
惹きつけるものがそこにあって。
なんだろう、この人をもっと知りたい、と。
そう思って。
だが、きっと。
ちらりと、レオンに視線を送る。
同時に、自分の感情に少しの切なさが混じる。
おそらく、そう遠くない将来にレオンは彼女を婚約者にと願うのだろう。
そう思ったから。
俺も、ずいぶんと運が悪い。
恋をした瞬間に、失恋が確定するとは。
自嘲気味になりかけて、いや、と気を取り直す。
結果、誰にも知られずに終わる恋だとしても。
それはそれで構わない。
その時は、親友が恋に落ちる様をこの目で見ることが出来た、その幸運に感謝すればいい。
手放さなければならない日が来るまで。
この想いを大切に、そして密かに温めて。
ただ、そう思った。
俺---ケインバッハ・ダイスヒルは艶やかな少女、エレアーナ・ブライトンに恋をした。
出会いは、王太子レオンハルトと婚約者候補の令嬢たちが集まったガーデンパーティだった。
会場となったのはブライトン公爵邸の広大な庭園。
俺が14歳、エレアーナ嬢は12歳のときだった。
これまで何度となく顔合わせの場は設けられていた。
だが、エレアーナ嬢は何故か今まで一度も出席したことがなく、自邸で開催された今回のパーティが初めてで。
ようやくの出席だったのに、今日も王太子に近づいて来る気配もなく、ただひとり楽しそうに咲き誇る花々を愛でているだけ。
それだけなのに、彼女の美しさは皆の注目の的だった。
ゆるやかなウェーブの銀髪が風に揺れる。
頬はまるく桃色に色づき、艶やかな唇と明るい碧の瞳は、年齢とはかけ離れた大人びた美しさだった。
筆頭公爵家のご令嬢の聡明さと美しさは噂に高く、まだ少年にすぎない俺の耳にも届くほどだったが。
実際に目にする姿は噂を遥かに超えていた。
珍しく自分から声をかけたレオンハルトに対し、彼女は上品な礼で応える。
王太子の婚約者に選ばれようと周囲にまとわりつく他の候補者の令嬢たちとは違い、話しかければ礼儀正しく言葉を返すけれども、そこに王太子妃の座への執着は欠片もなく。
まとう空気に安らぎを覚えたのか、レオンは普段よりも気楽な雰囲気になり、気がつけば思い出話まで口にしていた。
母や乳母も薔薇が好きだった、と。
エレアーナ嬢は、静かに耳を傾けていたけれど。
乳母の体調が思わしくないという言葉に、微かに眉根を寄せた。
「・・・心配で時折、従者を通して様子を聞いてはいるんだけど」
「・・・お見舞いには行かれまして?」
「・・・いや、なかなか時間が取れなくてね。手紙は出しているのだが」
「そう、ですか」
そして突然訪れたのは少しの沈黙。
見ると、エレアーナ嬢は頬に手を当てて何か思案している。
予期せぬ沈黙にレオンは少し戸惑ったのか、後方にいた俺の方をちらりと見やる。
なにか話題を、と、慌てて距離を詰めて口を開こうとしたとき、エレアーナ嬢は、ぱっと顔を上げた。
「殿下、申し訳ありません。わたくし、用事を思い出しまして、少し席を外させていただきますね」
そして軽く礼をすると、くるりと向きを変え、いそいそとどこかへ行ってしまった。
ご令嬢の方から会話を打ち切られることなど、レオンにとっては初めての経験で。
まして、置いて行かれることなど、ありえないことで。
レオンは、後ろに控えていた俺に、ぽそりと呟く。
「……ねぇ、ケイン。僕はなにか失礼なことでも言ったかな?」
「……いや、そうは思わないが」
二人で呆気に取られる間もなく、別の令嬢がすかさず近づいてレオンに話しかける。
だが、エレアーナ嬢の少々変わった反応に気が逸れたせいか、俺もレオンも上手く相槌を打てなかった。
再びエレアーナ嬢の姿を目にしたのは、しばらく経ってから。
見ると、手に何か包みのようなもの抱えていた。
レオンを探していたのか、こちらに気が付くとニコニコと笑いながら近づいてきた。
「殿下、先ほどは失礼いたしました。あの、乳母だった方に、これをぜひ」
つい、と差し出したのは、ピンクのリボンをつけた小さな包み。
「薔薇の匂い袋と、同じく、薔薇の蒸留水ですわ。この庭で咲いた薔薇から、わたくしが作りましたの」
先ほど見せた完璧な淑女としての大人びた仕草とはうらはらに、子どものように瞳をきらめかせて手製の品について一生懸命に説明するその様が、とても新鮮で。
「この蒸留水はとても素敵な薔薇の香りがしますの。お肌につけるとバラの香りに包まれて、幸せな気分になれますわ。ご気分が優れないときに、お試しになるとよろしいですわ。ええと、わたくしは枕に垂らすのがお気に入りで・・・」
先ほどまでの控えめでゆったりとした口調が、少し年相応にあどけなくやや早口になり、表情がくるくると変わる。
挨拶の時と違い、よく喋る。
ああ、そういえば。
確か、エレアーナ嬢は植物に造詣が深いらしいと父が言っていた。
薬草学まで学んでいる、とか。
それが高じて、こんな品まで作っていたのか。
なかなか凝り性だな。
しかし、病人の見舞い用にと、わざわざ部屋に戻って手ずから贈り物を包んでいたのか。
しかも王妃にではなく、今はもう王城から下がり、レオンと会う機会もない元乳母のために。
打算の欠片もない人だ。
後ろに控えていた俺の口角が、自然と上がる。
ん?
レオンが何か言ったのだろうか?
エレアーナ嬢の顔が真っ赤になっている。
視線をずらせば、レオンの頬も少し上気しているように見える。
・・・ああ。
これまで、何度となく婚約者候補者たちと合う場を設けられたきたが、レオン自身が誰かに興味を持ったことはなかった。
同い年ということもあり、三歳の頃より側に仕えている俺にとっても初めて目にする光景だった。
ここでタイミング良く会話が途切れ、俺も挨拶を述べようと前に出る。
「ケインバッハ・ダイスヒルと申します。……実に見事な庭園ですね」
「ケインバッハさま。はじめまして、エレアーナ・ブライトンと申します。庭をお褒め頂いて嬉しいですわ。わたくしも大好きな場所ですの」
まっすぐな視線。
色艶を含まない言葉。
適度な距離感。
そこには、わざとらしい上目遣いも、馴れ馴れしい接触もなく。
その清廉な空気に、久しぶりに息が吐けたような、そんな気さえした。
容姿の美しさだけではない。
惹きつけるものがそこにあって。
なんだろう、この人をもっと知りたい、と。
そう思って。
だが、きっと。
ちらりと、レオンに視線を送る。
同時に、自分の感情に少しの切なさが混じる。
おそらく、そう遠くない将来にレオンは彼女を婚約者にと願うのだろう。
そう思ったから。
俺も、ずいぶんと運が悪い。
恋をした瞬間に、失恋が確定するとは。
自嘲気味になりかけて、いや、と気を取り直す。
結果、誰にも知られずに終わる恋だとしても。
それはそれで構わない。
その時は、親友が恋に落ちる様をこの目で見ることが出来た、その幸運に感謝すればいい。
手放さなければならない日が来るまで。
この想いを大切に、そして密かに温めて。
ただ、そう思った。
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