【完結】王太子と宰相の一人息子は、とある令嬢に恋をする

冬馬亮

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「……え、レオンハルト殿下と婚約、ですか。……わたくしが?」
「ああ、陛下のお言葉によると、殿下の方からぜひに、とのことだ」

目の前で父、ルシウス・ブライトンが静かに頷く。

先だって、当家の庭でパーティが催された。
それが王太子殿下の婚約者候補としての顔合わせの場のひとつであることは、あらかじめ父から聞いて知っていた。

リーベンフラウン国の第一王位継承者であるレオンハルト・リーベンフラウン王太子殿下には、現在、王太子妃候補として何人もの令嬢の名が挙げられていて。

慎重な見極めができるようにと、お茶会やガーデンパーティなどの形式で会うことになっていた。
正式な顔合わせではないため、王城以外の場所で行う、とも。

最初から婚約者候補として名が挙げられていたにもかかわらず、エレアーナが顔合わせの場に出席したのは、今回のブライトン公爵家主催のガーデンパーティが初めてだった。

権力争いには興味がない。
巻き込まれることは、できるだけ避けたかったから。

父であるルシウス・ブライトンが、さほど強くこの婚約話を薦めないのをいいことに、これまではずっと欠席を繰り返して。

それでも、さすがに自邸で開催されるパーティには出ないわけにもいかないだろうと判断して。

別に気に入られなくてもいいのだし、と、かなり気が緩んで臨んだのだけれど。

うーん?
ぜひに、と望まれるような出会いだったかしら?
病気の乳母の方に贈り物を、と思っていたら、なんだかあらぬ方向に話が進んだだけだったような……。

エレアーナは思案する。

レオンハルト殿下……確かにお美しい方だったわよね。
少し長めに整えた、肩まで届く柔らかそうな黄金の髪に、王家の象徴である紫の眼。

優しそうで、いつも微笑みを絶やさず。

後ろに控えておられた方は……ケインバッハさま、とおっしゃったかしら—
長い黒髪を後ろに一つに束ね、銀色の眼が凛と鋭く。

彫刻のような整ったお顔立ちで。
お二人で立つ様は、まるで対になった絵画のようだった。

うっかり口にした『寝癖』という言葉で、殿下に少しからかわれてしまったけれど。
あれはスルーしてほしかったわ。

ケインバッハさまも、あのときは顔つきも少し弛まれて、なんだか微妙な眼差しでこちらを見ておられたような……。

「僕の寝癖も直るのかな、試してみようか」なんて、殿下もお人が悪い。

……ん? 
もしかして、殿下にも薔薇の蒸留水を差し上げないといけなかったのかしら?

「エレ、どうした」
長く黙り込んでいたエレアーナに、ルシウスが問いかける。

「婚約は…不服か?」
「いえ、そんな、不服なんて。恐れ多いことですわ」
「……そうか。で、どうだった? お前の眼から見て」

質問の意図を測りかね、エレアーナはルシウスを見上げる。
父は黙ってエレアーナを見つめ返して。

「……とても優しそうなお方でしたわ。おそらく、真っすぐなお人柄なのでしょう。どなたと話されていても、いつも微笑んでおられて」
「優しくて、真っすぐなお人柄……か。まぁ、それは間違いない」

ルシウスは、デュールの入った大きめのグラスを、くるりと回して立ち昇る香りを嗅いだ。
一口含み、目を閉じてその余韻を楽しむ。

「間違いない、が……」
「お父さま?」

ルシウスは目を開けると、ふっと笑い、グラスに残ったデュールをすべて飲み干した。

「まぁ、王家から申し出があれば、こちらから断ることはできん。正式にお言葉をいただくこととなれば、ありがたくお受けするのみだ。……アイスケルヒはしばらく煩くなるだろうがな」
「お兄さまも、きっと喜んでくれますわ」

エレアーナは苦笑しながら答えた。
6歳年の離れた兄の顔を思い浮かべながら。

「では、私はこれから城に戻る。アイスケルヒと顔を合わせるのは、少々、憂鬱だがな。エレアーナ、お前は何か予定があるか?」
「ええ、午後は南区の孤児院に行こうと思っています。前に訪問したときに、風邪をひいていた子が何人かいましたの。ですから、薬草を摘んで届けようかと」
「そうか。気を付けて行きなさい」
「ありがとうございます。お父さまも、お気をつけて行ってらっしゃいませ」

妻とエレアーナに見送られながらエントランスに付けた馬車に乗り込むと、ルシウスは大きく息を吐いてつぶやいた。

「……王家との縁談に、諸手で喜ぶ気になれんとはな。なんとも贅沢、いや、不敬といおうか。……タイミングのせいなのか、はたまた周りに優秀な人材が多いせいか……?」

馬車の振動を背に感じながら、ブライトン公爵は窓から流れゆく街の景色を眺めていた。

レオンハルト王太子殿下。
まずは、見る目はあるということは認めましょう。
まさか、こんなタイミングで申し出があるとは、いささか予想外でしたが。

だが、しかし—

「真っすぐな人柄だけでは、次期国王は務まりませんぞ、……殿下」

その眼は変わらず、窓の外の流れゆく風景を見つめたまま。そしてルシウスはふっと笑った。
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