【完結】王太子と宰相の一人息子は、とある令嬢に恋をする

冬馬亮

文字の大きさ
58 / 256

シュリエラの問い

しおりを挟む
「本日は、わざわざ王城よりお越しいただき、ありがとうございました」

とりあえずの動きについて幾つか確認し、シュタインゼンたちが邸を去ろうとした時のこと。
辞去の挨拶の最中に、背後から別の声が響いた。

「お待ちくださいませ」

その声に、エントランスまで見送りに出ていたリュークザインが一つ、小さなため息を吐く。
そして、黙ったまま、くるりと後ろを振り返った。

従者姿のベルフェルトが、眉を微かに寄せる。

少し遅れてケインバッハとシュタインゼンが、リュークの視線の先、エントランスホールの奥にある階段の方に目を向ける。

皆の視線の向かった先は。
二階へと続く階段口に佇んでいたリュークの妹、シュリエラ・ライプニヒだった。

「・・・シュリエラ。王城からの使者をお送りするところなのだぞ。用があるなら後にしなさい」

兄から重々しい声で窘められても、シュリエラには引く様子もなく。

「非礼はお詫びいたします。ですが、その使者の方々のお一人に、用があるのでございます。・・・ケインバッハ・ダイスヒルさまに」
「・・・俺に?」
「はい。ケインバッハさまに、お伺いしたい事がございまして」

シュリエラは、それきり、黙ったままその場を動かない。

リュークザインはシュタインゼンに視線を送り、その場の決定権を彼に委ねることを示す。
すると、シュタインゼンは息子に軽く頷いて、了承の意を表した。

「・・・いいだろう」
「ありがとうございます。・・・それでは、場所を変えて、お話させていただいてもよろしいでしょうか?」

そして今、シュタインゼンたちをエントランスに残し、ふたりはライプニヒ邸内の庭園を歩きながら、話をすることになって。

久しぶりに見るシュリエラは、痛々しいほどにやつれていた。

食事もあまり取れていないのだろうか、顔色も良くない。
レオンハルトの件が、それほどまでに堪えたのだろうか。

ケインバッハは、その様子に考えを巡らせる。

さて、どうする。
通常であれば、時節の挨拶から入るのが礼儀であろうが。

相手はあのシュリエラ嬢。
下手に会話を重ねて余計なことを考えられても面倒だ。

・・・ならば、直接。

「・・・それで、俺に聞きたいこととは?」

単刀直入な物言いに、シュリエラが、ふ、と笑んだ。

「相変わらずですわね。わたくしと話す時は、いつも最低限の事しかおっしゃらなくて」
「・・・別に、君だけに限った事ではない。それに用があると言ったのは、シュリエラ嬢、君だろう?」
「・・・」

シュリエラは、つい、と視線をケインから逸らして。
遠く、木々が風に揺れる様を、呆けたように眺める。

ケインもそれ以上、シュリエラに言葉を重ねることはなく。

ふたりは、ただ黙って庭園内を歩いていた。

先に沈黙を破ったのは、シュリエラだった。

「どこが・・・いけなかったのでしょうね」

ケインバッハが眉根を寄せる。

「わたくしと、エレアーナさまは、どこが違ったのでしょう」

これは・・・問いか? それとも、ただの呟きか。

そう考えてしまうほど、シュリエラの声は小さく、眼は虚ろでケインのことなど見てもいない。

「どうして・・・殿下は、わたくしを見て下さらなかったんでしょうね」

答えを求めていない訳ではないようだが・・・。

「もう・・・父の目には、わたくしなど映っておりません」

・・・ん?

「・・・わたくしは、そんなに価値がないのでしょうか」

シュリエラの目から、すうっと涙がひとつ、零れ落ちた。

「わたくしの価値を認めてくださる方は、・・・どこにもいないのでしょうか・・・」

・・・なるほど。

ここにもいたのか。・・・エレアーナ以外に。
ファーブライエンの自己愛と名誉欲の犠牲にされた者が。

刹那、何故だろう。ケインの内に怒りが湧いて。

あの男、・・・ファーブライエンに。
そして、その男にまだ縋すがろうとするシュリエラに。

自然と、言葉が零れ落ちていた。

「・・・君の価値は、他人に決めてもらうようなものなのか?」
「え・・・?」
「誰かが認めなければ、君の価値は消えるのか? 価値がなかったことにされるのか?」
「それ、は・・・」
「君の価値を決めるのは、君自身だろう? シュリエラ・ライプニヒ公爵令嬢。君はどう思うんだ? 自分には価値がないのか? ・・・君はこれまで何も成してはこなかったのか?」
「・・・」

シュリエラは、ケインバッハの剣幕に驚き、思わず立ち止まった。

「・・・君のお父上が、君に対してどのような評価を下したかなど、俺には分からない。だが、その評価が絶対であるはずはない。人の価値は、周囲の評価に左右されるような、そんな軽いものではないのだから」
「あ・・・」

初めて耳にするケインの強い口調に、その問いに、シュリエラは圧倒されて何も言えない。

「質問は以上だろうか」
「・・・」
「では、ここで失礼させてもらおう」

そう言って、踵きびすを返したケインを、シュリエラが慌てて呼び止めた。

「お待ちください、ケインバッハさま」

ケインは、ぴた、と足を止め、視線だけをシュリエラに向けた。

「あ、あの・・・」
「・・・」
「・・・ありがとうございました」

そう言って頭を下げるシュリエラに、ケインは軽い会釈を返し、再び歩き始めた、が。
すぐにまた、立ち止まって。

「ケインバッハさま?」
「・・・一つ、言い忘れていた」

シュリエラに背を向けたまま、ケインは言葉を継いだ。

「レオンハルトが君を見なかったのは、君がレオンハルトを見ていなかったからだ」
「え・・・? あの、それはどういう・・・」
「君はレオンハルトという男ではなく、彼の王太子としての地位と権威、王族の血脈、付随する威光を見ていたということだ」
「わ、わたくしは、そんな・・・」
「では、聞こう。レオンハルトのどこに惹かれた? どうして彼の婚約者になりたいと思った?」
「だって殿下は、お・・・」

答えかけて、はっと口を閉じる。
今、やっと気づいた真実に、何よりシュリエラ自身が驚いて。

「・・・失礼」

ケインは、シュリエラをその場に残し、皆が待つエントランスへと戻っていった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】妖精姫と忘れられた恋~好きな人が結婚するみたいなので解放してあげようと思います~

塩羽間つづり
恋愛
お気に入り登録やエールいつもありがとうございます! 2.23完結しました! ファルメリア王国の姫、メルティア・P・ファルメリアは、幼いころから恋をしていた。 相手は幼馴染ジーク・フォン・ランスト。 ローズの称号を賜る名門一族の次男だった。 幼いころの約束を信じ、いつかジークと結ばれると思っていたメルティアだが、ジークが結婚すると知り、メルティアの生活は一変する。 好きになってもらえるように慣れないお化粧をしたり、着飾ったりしてみたけれど反応はいまいち。 そしてだんだんと、メルティアは恋の邪魔をしているのは自分なのではないかと思いあたる。 それに気づいてから、メルティアはジークの幸せのためにジーク離れをはじめるのだが、思っていたようにはいかなくて……? 妖精が見えるお姫様と近衛騎士のすれ違う恋のお話 切なめ恋愛ファンタジー

【完結】脇役令嬢だって死にたくない

⚪︎
恋愛
自分はただの、ヒロインとヒーローの恋愛を発展させるために呆気なく死ぬ脇役令嬢──そんな運命、納得できるわけがない。 ※ざまぁは後半

【完結】王子妃候補をクビになった公爵令嬢は、拗らせた初恋の思い出だけで生きていく

たまこ
恋愛
 10年の間、王子妃教育を受けてきた公爵令嬢シャーロットは、政治的な背景から王子妃候補をクビになってしまう。  多額の慰謝料を貰ったものの、婚約者を見つけることは絶望的な状況であり、シャーロットは結婚は諦めて公爵家の仕事に打ち込む。  もう会えないであろう初恋の相手のことだけを想って、生涯を終えるのだと覚悟していたのだが…。

君への気持ちが冷めたと夫から言われたので家出をしたら、知らぬ間に懸賞金が掛けられていました

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【え? これってまさか私のこと?】 ソフィア・ヴァイロンは貧しい子爵家の令嬢だった。町の小さな雑貨店で働き、常連の男性客に密かに恋心を抱いていたある日のこと。父親から借金返済の為に結婚話を持ち掛けられる。断ることが出来ず、諦めて見合いをしようとした矢先、別の相手から結婚を申し込まれた。その相手こそ彼女が密かに思いを寄せていた青年だった。そこでソフィアは喜んで受け入れたのだが、望んでいたような結婚生活では無かった。そんなある日、「君への気持ちが冷めたと」と夫から告げられる。ショックを受けたソフィアは家出をして行方をくらませたのだが、夫から懸賞金を掛けられていたことを知る―― ※他サイトでも投稿中

むにゃむにゃしてたら私にだけ冷たい幼馴染と結婚してました~お飾り妻のはずですが溺愛しすぎじゃないですか⁉~

景華
恋愛
「シリウス・カルバン……むにゃむにゃ……私と結婚、してぇ……むにゃむにゃ」 「……は?」 そんな寝言のせいで、すれ違っていた二人が結婚することに!? 精霊が作りし国ローザニア王国。 セレンシア・ピエラ伯爵令嬢には、国家機密扱いとなるほどの秘密があった。 【寝言の強制実行】。 彼女の寝言で発せられた言葉は絶対だ。 精霊の加護を持つ王太子ですらパシリに使ってしまうほどの強制力。 そしてそんな【寝言の強制実行】のせいで結婚してしまった相手は、彼女の幼馴染で公爵令息にして副騎士団長のシリウス・カルバン。 セレンシアを元々愛してしまったがゆえに彼女の前でだけクールに装ってしまうようになっていたシリウスは、この結婚を機に自分の本当の思いを素直に出していくことを決意し自分の思うがままに溺愛しはじめるが、セレンシアはそれを寝言のせいでおかしくなっているのだと勘違いをしたまま。 それどころか、自分の寝言のせいで結婚してしまっては申し訳ないからと、3年間白い結婚をして離縁しようとまで言い出す始末。 自分の思いを信じてもらえないシリウスは、彼女の【寝言の強制実行】の力を消し去るため、どこかにいるであろう魔法使いを探し出す──!! 大人になるにつれて離れてしまった心と身体の距離が少しずつ縮まって、絡まった糸が解けていく。 すれ違っていた二人の両片思い勘違い恋愛ファンタジー!!

寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。

にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。 父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。 恋に浮かれて、剣を捨た。 コールと結婚をして初夜を迎えた。 リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。 ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。 結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。 混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。 もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと…… お読みいただき、ありがとうございます。 エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。 それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。

【完結】彼を幸せにする十の方法

玉響なつめ
恋愛
貴族令嬢のフィリアには婚約者がいる。 フィリアが望んで結ばれた婚約、その相手であるキリアンはいつだって冷静だ。 婚約者としての義務は果たしてくれるし常に彼女を尊重してくれる。 しかし、フィリアが望まなければキリアンは動かない。 婚約したのだからいつかは心を開いてくれて、距離も縮まる――そう信じていたフィリアの心は、とある夜会での事件でぽっきり折れてしまった。 婚約を解消することは難しいが、少なくともこれ以上迷惑をかけずに夫婦としてどうあるべきか……フィリアは悩みながらも、キリアンが一番幸せになれる方法を探すために行動を起こすのだった。 ※小説家になろう・カクヨムにも掲載しています。

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

処理中です...