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ファーブライエンという人間の、腹の底にあったもの
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「最後の願い・・・今、そう言ったか?」
「はい」
ー『毒杯を煽る前に、最後に一度だけ家族に会わせてほしい』ー
ファーブライエンは、そう言ったのだ。
「・・・しばし待て」
一旦、部屋の外に出て、執事に声をかける。
そしてすぐに部屋に戻ると、シュリエラは友人宅に出かけているから娘に会うことは叶わない、とファーブライエンに伝えた。
父親の置かれた状況も省みずに何をのうのうと遊んでいるのかと、一瞬その瞳に怒りが宿るも、それを辛うじて抑え込むと、ならば息子二人を、と願い出た。
しかしミハイルシュッツは、それに対しても首を横に振った。
罪を犯し謹慎中の身であるシャルムにそれを許すことは出来ぬ、会うのならばリュークザイン一人にせよ、と。
渋々それに同意すると、やがてベルフェルトがリュークザインを連れて来た。
「父上、お呼びでしょうか」
「ああ。・・・まぁ、座れ」
ミハイルシュッツが許した時間は半刻。
ファーブライエンが人払いを願ったため、召使たちを部屋から下がらせ、そこにはファーブライエンとリュークザインの二人だけが残った。
「お待たせしました。父上もどうぞ」
リュークザインは、ことり、とテーブルに自ら淹れたお茶を置くと、ファーブライエンの正面に座った。
「それで、私に何の御用でしょうか」
「・・・」
「・・・父上?」
ファーブライエンは、先ほどミハイルシュッツから渡された小瓶をただ掌の上で弄ぶだけで、息子の問いに答えない。
「王弟殿下は、父上に何とおっしゃられたのですか?」
だが、リュークザインは、辛抱強く父に声をかけ続ける。
「父上・・・」
「煩い」
その問いかけを苛立たし気に遮ると、テーブルに拳を思い切り叩きつけた。
「煩い! 煩い! 煩い! ・・・なんなんだ、一体。どうして誰もわかってくれないんだ! 私が、・・・私こそがこの国に必要な人間だと言うのに!」
突然、大声で叫んだかと思うと、今度はぎろり、と目の前の息子の顔を睨みつけた。
「なぜ、お前が私の地位を奪うのだ・・・。なぜ、私が公爵の地位をお前に譲らねばならないのだ? 公爵は私だろう? 私こそが当主に相応しい。そうだ、私でなくては駄目だ・・・。この家が立ち行かなくなる・・・。陛下はまだ分かっておられないのだ・・・」
そう呟くと、リュークの目の前にすっと小瓶を差しだした。
「飲め」
「・・・父上?」
「王弟殿下が褒美として下さったのだ。お前にやろう。お前は、私の自慢の息子なのだからな。ほれ、こうして茶に入れて飲むのだ」
蓋を開け、とぽっと中身を注ぎ入れる。
「・・・」
「どうした、王家より下賜された品だぞ。嬉しくないのか」
「・・・父上はお飲みにならないので?」
「もちろん飲むとも。お前が飲んだ後でな」
にや、と笑みを浮かべる。
「さぁ、リュークザイン。下賜品を断るのは不敬にあたる。早く飲みなさい」
リュークサインは、ゆっくりとカップに手を伸ばした。
「・・・シャルムとシュリエラがここにいたら、二人にも飲ませるおつもりだったのですか?」
静かな問いかけに、父は軽く肩を竦める。
「そのつもりだったがな。まぁ、それはどうでもいい。あいつらは無能だ。何の役にも立たない。次期当主となるお前に何かあったとしても、あれらに勤めを果たすことは出来んからな。・・・ああ。そうなれば、ようやく陛下も私しかいないと認めて下さるに違いない」
ファーブライエンの瞳には、静かに父親を見つめる息子の顔が映り込んでいる。
だが、ファーブライエンは息子の姿など見てもいない。
ただ、うっとりと呟きを漏らすだけ。
「さぁ、早く飲みなさい。飲んで王家と私への敬意を表すのだ」
「・・・分かりました。飲めとおっしゃるのならば飲みましょう」
軽く溜息を吐き、ぐいっとお茶を飲み干した。
その様子をじっと見ながら、ファーブライエンも自らの茶に口をつける。
こちらは、もちろん何も入れていないものだ。
だが、飲み終えた後も、リュークの様子に変化はない。
「・・・ん? おかしいな」
「何がですか?」
「お前、何ともないのか?」
「下賜品を頂いた感想が『何ともない』とは、それこそ不敬ではありませんか? ほのかに甘い香りがして、美味しくいただきましたよ。さすが王弟殿下からのお品ですね」
「・・・?」
「父上こそ、何ともありませんか?」
「・・・何がだ?」
「今、私が淹れた茶を飲んだではありませんか」
リュークザインは、にこりと笑った。
その表情を見て、何故だろう、ファーブライエンは、目の前にいる息子が、まるで見知らぬ人であるかのような違和感に襲われた。
「リューク?」
「はい」
「リューク、だよな」
何だろう、胸が苦しくなってきた。
「父上は、どう思います?」
体が燃えるように熱い。
息が、出来ない。
リュークザインが、涼し気な顔で自分を見つめている。
「ああ、ようやく効いてきましたね」
「効い、て・・・?」
「茶に仕込んだ毒のことです。ほら、私が先ほど淹れたお茶ですよ」
汗が体中から噴き出てくる。
手が、足が、背中が、いや、体のあちこちが痛い。
「毒・・・? 茶に毒が? そんな、お前も飲んだのに何故・・・」
リュークがすっと指で小瓶を差す。
「私は何ともありませんよ。お優しい父上が、私の茶に解毒剤を注いでくれましたので」
「な・・・に・・・?」
痛みが激しさを増していく。
ファーブライエンは体を抱え込むようにして蹲ると、そのまま床に倒れこんだ。
「ぐっ・・・。くぅっ・・!」
「・・・大丈夫ですか? 父上。辛そうですね」
痛みで床を転げまわる中、頭上から楽し気な声が降ってくる。
「解毒、剤を・・・寄こせ・・・」
痛みはさらに強くなり、刃物で刺されているかのような感覚に襲われる。
「嫌だね」
「なっ・・・」
息子とは違う声が聞こえたことに驚き、痛みの中、顔を上げれば。
自分を見下しているのは、つい先ほどまでここにいた筈の息子リュークザインではなくて。
「お前、は・・・誰・・だ・・?」
「お前に名乗る名などない」
冷たい目で見つめられ、背筋がぞくりとする。
喉が焼け付くように痛み、思わず咳込むと、血が溢れてきた。
「た、すけ・・て・・」
「もう遅い。お前は苦しみぬいて死ぬのだ」
「そ・・んな・・。い・・やだ・・・」
「この王国はお人好しばかりだからな。私も真似をして、温情の機会を差し伸べてみたのだが」
足下で呻き声を上げ、痛みで転げ回る男に向かって呟きを漏らす。
賢者の声が、その耳に届いているかも、もう分からないけれども。
「結局、お前はそれに値しなかったな。潔く瓶の中身を飲んでいれば助かったものを。・・・まぁ、毒だと己が信じているものを敢えて息子の茶に注ぎ入れるような男だ。それも、ちと難しすぎる芸当だったか」
「はい」
ー『毒杯を煽る前に、最後に一度だけ家族に会わせてほしい』ー
ファーブライエンは、そう言ったのだ。
「・・・しばし待て」
一旦、部屋の外に出て、執事に声をかける。
そしてすぐに部屋に戻ると、シュリエラは友人宅に出かけているから娘に会うことは叶わない、とファーブライエンに伝えた。
父親の置かれた状況も省みずに何をのうのうと遊んでいるのかと、一瞬その瞳に怒りが宿るも、それを辛うじて抑え込むと、ならば息子二人を、と願い出た。
しかしミハイルシュッツは、それに対しても首を横に振った。
罪を犯し謹慎中の身であるシャルムにそれを許すことは出来ぬ、会うのならばリュークザイン一人にせよ、と。
渋々それに同意すると、やがてベルフェルトがリュークザインを連れて来た。
「父上、お呼びでしょうか」
「ああ。・・・まぁ、座れ」
ミハイルシュッツが許した時間は半刻。
ファーブライエンが人払いを願ったため、召使たちを部屋から下がらせ、そこにはファーブライエンとリュークザインの二人だけが残った。
「お待たせしました。父上もどうぞ」
リュークザインは、ことり、とテーブルに自ら淹れたお茶を置くと、ファーブライエンの正面に座った。
「それで、私に何の御用でしょうか」
「・・・」
「・・・父上?」
ファーブライエンは、先ほどミハイルシュッツから渡された小瓶をただ掌の上で弄ぶだけで、息子の問いに答えない。
「王弟殿下は、父上に何とおっしゃられたのですか?」
だが、リュークザインは、辛抱強く父に声をかけ続ける。
「父上・・・」
「煩い」
その問いかけを苛立たし気に遮ると、テーブルに拳を思い切り叩きつけた。
「煩い! 煩い! 煩い! ・・・なんなんだ、一体。どうして誰もわかってくれないんだ! 私が、・・・私こそがこの国に必要な人間だと言うのに!」
突然、大声で叫んだかと思うと、今度はぎろり、と目の前の息子の顔を睨みつけた。
「なぜ、お前が私の地位を奪うのだ・・・。なぜ、私が公爵の地位をお前に譲らねばならないのだ? 公爵は私だろう? 私こそが当主に相応しい。そうだ、私でなくては駄目だ・・・。この家が立ち行かなくなる・・・。陛下はまだ分かっておられないのだ・・・」
そう呟くと、リュークの目の前にすっと小瓶を差しだした。
「飲め」
「・・・父上?」
「王弟殿下が褒美として下さったのだ。お前にやろう。お前は、私の自慢の息子なのだからな。ほれ、こうして茶に入れて飲むのだ」
蓋を開け、とぽっと中身を注ぎ入れる。
「・・・」
「どうした、王家より下賜された品だぞ。嬉しくないのか」
「・・・父上はお飲みにならないので?」
「もちろん飲むとも。お前が飲んだ後でな」
にや、と笑みを浮かべる。
「さぁ、リュークザイン。下賜品を断るのは不敬にあたる。早く飲みなさい」
リュークサインは、ゆっくりとカップに手を伸ばした。
「・・・シャルムとシュリエラがここにいたら、二人にも飲ませるおつもりだったのですか?」
静かな問いかけに、父は軽く肩を竦める。
「そのつもりだったがな。まぁ、それはどうでもいい。あいつらは無能だ。何の役にも立たない。次期当主となるお前に何かあったとしても、あれらに勤めを果たすことは出来んからな。・・・ああ。そうなれば、ようやく陛下も私しかいないと認めて下さるに違いない」
ファーブライエンの瞳には、静かに父親を見つめる息子の顔が映り込んでいる。
だが、ファーブライエンは息子の姿など見てもいない。
ただ、うっとりと呟きを漏らすだけ。
「さぁ、早く飲みなさい。飲んで王家と私への敬意を表すのだ」
「・・・分かりました。飲めとおっしゃるのならば飲みましょう」
軽く溜息を吐き、ぐいっとお茶を飲み干した。
その様子をじっと見ながら、ファーブライエンも自らの茶に口をつける。
こちらは、もちろん何も入れていないものだ。
だが、飲み終えた後も、リュークの様子に変化はない。
「・・・ん? おかしいな」
「何がですか?」
「お前、何ともないのか?」
「下賜品を頂いた感想が『何ともない』とは、それこそ不敬ではありませんか? ほのかに甘い香りがして、美味しくいただきましたよ。さすが王弟殿下からのお品ですね」
「・・・?」
「父上こそ、何ともありませんか?」
「・・・何がだ?」
「今、私が淹れた茶を飲んだではありませんか」
リュークザインは、にこりと笑った。
その表情を見て、何故だろう、ファーブライエンは、目の前にいる息子が、まるで見知らぬ人であるかのような違和感に襲われた。
「リューク?」
「はい」
「リューク、だよな」
何だろう、胸が苦しくなってきた。
「父上は、どう思います?」
体が燃えるように熱い。
息が、出来ない。
リュークザインが、涼し気な顔で自分を見つめている。
「ああ、ようやく効いてきましたね」
「効い、て・・・?」
「茶に仕込んだ毒のことです。ほら、私が先ほど淹れたお茶ですよ」
汗が体中から噴き出てくる。
手が、足が、背中が、いや、体のあちこちが痛い。
「毒・・・? 茶に毒が? そんな、お前も飲んだのに何故・・・」
リュークがすっと指で小瓶を差す。
「私は何ともありませんよ。お優しい父上が、私の茶に解毒剤を注いでくれましたので」
「な・・・に・・・?」
痛みが激しさを増していく。
ファーブライエンは体を抱え込むようにして蹲ると、そのまま床に倒れこんだ。
「ぐっ・・・。くぅっ・・!」
「・・・大丈夫ですか? 父上。辛そうですね」
痛みで床を転げまわる中、頭上から楽し気な声が降ってくる。
「解毒、剤を・・・寄こせ・・・」
痛みはさらに強くなり、刃物で刺されているかのような感覚に襲われる。
「嫌だね」
「なっ・・・」
息子とは違う声が聞こえたことに驚き、痛みの中、顔を上げれば。
自分を見下しているのは、つい先ほどまでここにいた筈の息子リュークザインではなくて。
「お前、は・・・誰・・だ・・?」
「お前に名乗る名などない」
冷たい目で見つめられ、背筋がぞくりとする。
喉が焼け付くように痛み、思わず咳込むと、血が溢れてきた。
「た、すけ・・て・・」
「もう遅い。お前は苦しみぬいて死ぬのだ」
「そ・・んな・・。い・・やだ・・・」
「この王国はお人好しばかりだからな。私も真似をして、温情の機会を差し伸べてみたのだが」
足下で呻き声を上げ、痛みで転げ回る男に向かって呟きを漏らす。
賢者の声が、その耳に届いているかも、もう分からないけれども。
「結局、お前はそれに値しなかったな。潔く瓶の中身を飲んでいれば助かったものを。・・・まぁ、毒だと己が信じているものを敢えて息子の茶に注ぎ入れるような男だ。それも、ちと難しすぎる芸当だったか」
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