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色のある眼

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「野暮なことを聞くようだが、お前はまだ特定の相手は決まっていないのか?」
「ええ、残念ながら」
「意外だな」

ベルフェルトの返答に、シュリエラが問うように眉を上げる。

「そう睨むな、オレはてっきりライナスバージあたりと付き合っているのかと・・・」
「あり得ませんわ」

最後まで言い終えないうちに、ばっさりと切り捨てられる。

「これは手厳しい」
「そういう意味ではありません。わたくしを恋愛の対象として見ておられない方を、わざわざお相手の候補に入れる訳がないでしょう?」
「ほう?」

ベルフェルトは、面白そうに目を瞬かせた。

「ライナスバージはお前を恋愛の対象として見ていない、と」
「その通りですわ。そして、それはわたくしにとっても同じです」

目立つ容姿の二人がくるくると優雅に踊りながら話題にする内容とは到底思えないのだが、ベルフェルトは十分に興味をひかれたようだ。

「つまり、お前にとってもライナスバージは恋愛対象ではない、と、そういう事か」
「そうですわね」
「アレは、結婚の相手としてはなかなかに良いであろうに」
「仰る事は分かります。確かに、ライナスさまはお優しくてお強い方、そして見目も整っていらっしゃいますわ。それに、今やカーン騎士団長を凌ぐ実力もつけつつあると評判です。でも、それとこれとは別ですわ」
「別なのか」

面白そうに問い返すと、シュリエラは大まじめに頷いた。

「ええ、別です。ライナスさまはわたくしにとっては兄のようなもの。そうですね、ベルフェルトお兄さまと同じ立ち位置なのですわ」
「なるほど。ということは、お前はオレも対象外だと言うのだな。悲しいことだ」
「心にもないことを仰らないでくださいな。当然でしょう。ベルフェルトお兄さまの目には、色がありませんもの」
「色?」
「ええ。わたくしを見る目に、何の色も含んでおりません。そして、それはライナスさまも同じ。色も欲もありません。そんなお二人を候補に入れるだけ無駄でしょう?」

にっこりと微笑みながら説明され、一瞬、ぽかんとした表情を浮かべたものの、すぐにぷっと吹き出した。

「そうか。分かっていたか」
「勿論ですわ。相手の気持ちも考えずにひとりで突っ走って、周りに迷惑をかけるのはもう御免です」
「はは、成程。立派な淑女に成長したものだ」
「お褒めいただき恐縮ですわ」

あくまでも、つんと澄ました表情を崩さないシュリエラに、笑いをこらえるのも必至なようで。
くすくすと笑いながらも、ステップを踏み間違えることもなく華麗に踊り続ける二人に、自然と周りからの視線も集まっていく。

その時ベルフェルトは、ふと、自分たちに注がれる視線の中で、他とは異なるひとつの視線に気が付いた。

「シュリエラ」
「なんでしょう?」
「見つけたぞ」

ふ、と微笑みながらそう囁くが、まったく意味の分からないシュリエラはただ黙って眉を寄せた。

「お前のいうところの、色のある目だ」
「はい?」
「お前をじっと見つめている男がいるぞ」
「ご冗談を」
「冗談ではない。ほら」

そう言って、ベルフェルトは、くるりと大きくターンをした。
ベルフェルトとシュリエラの位置が入れ替わり、ベルフェルトの肩越しに一人の男の姿が目に入る。

「・・・」
「見えたか」
「・・・ええ」
「知り合いか?」
「会った事はあるにはありますが、知り合いと言えるかどうか・・・」
「あの男に自覚があるかどうかは知らんが、あの視線、お前に興味があることだけは確かだな」
「そうでしょうか」
「そうだとも」

今ひとつ信じきれないという返答に、ベルフェルトの口角が意地悪く上がる。

「なんだ、自信がないのか、シュリエラ? 賭けてもいいぞ。オレと踊り終わった後、あの男は必ずお前のところにダンスを申し込みにやって来るとな」
「ベルフェルトお兄さま」
「おっと、お兄さまと呼ぶのは、ここでは最後にしてくれ。あらぬ誤解を招きたくはないからな」
「ついうっかり。申し訳ありません」
「よし、いい子だ。そら、もうじきダンスが終わるぞ。お前は美しい。そんな不安そうな顔をするんじゃない」

ベルフェルトの安定したリードでシュリエラは最後まで美しく踊りきり、周囲からは自然と拍手が湧き起こった。

ベルフェルトに手を引かれ、ホールの端に移動して、飲み物で軽く喉を潤していると。
果たして、ベルフェルトの予告通り、目の前に先程の男性が進み出た。

ベルフェルトは傍で笑みを深くした。

その人の背の高さに、シャンデリアの光が僅かに遮られ、シュリエラの顔には薄く影がさして。

本当に偶然、二回ほど出くわしただけ。

それを、知っている人だと言っていいものかどうか。
出会いとも呼んでいいものなのか。

その答えは分からないけれど。

「こんばんは、美しい方。アッテンボロー・ガルマルクと申します。次に貴女とダンスを踊る栄誉を、どうか私に与えてはくれないでしょうか」

深い深い海のような美しい濃紺の髪をした男は、そう言って恭しく手を差し出した。
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