【完結】王太子と宰相の一人息子は、とある令嬢に恋をする

冬馬亮

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その夜の出来事 ケインバッハの葛藤

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静かな室内に、デュールをグラスに注ぐ音だけが聞こえる。

テーブルへと移動する足音が、やたらと煩いように思うのは気のせいなのか。

というか、心臓の音、煩すぎやしないか?
今、俺はどんな顔をしてるんだろう。

グラスをテーブルに置いて、椅子に座る。
足を組んで、両手をテーブルの上に重ねる。

こうすれば、落ち着いて見える筈。
そして、きっとそのうち本当に落ち着いてくる筈。

大丈夫。
この鼓動が聞こえるのは、自分だけ。

大丈夫だ。落ち着け。

その時、ノックの音がした。
ドアが開いて彼女の姿が現れる。

それだけで、どくん、と心臓が跳ねる。

「こちらにいらしたのですね、ケインさま。お部屋にいらっしゃらないから心配しました」

そう言って穏やかに微笑む君は、悔しくなるくらいにいつも通りで。

見つかってしまった。

ここで心を落ち着かせてから、そう思ってたのに。
余裕があるところを見せたかったのに。

なんて、そう思った時点で、きっと俺の負けなんだ。

そう、確かに負けなんだろうけど、でも、もうそんなことはどうでもいい。

そうだ、どうでもいいんだ。

「ケインさま?」

おずおずと遠慮がちに隣に座った彼女が、そうっと俺の顔を覗き込む。

新妻を置いて、夫が一人サロンで酒を飲んでたら、そりゃあ心配になるだろう。

格好つかなくてもいい、と、父は言った。
可愛いままでいけ、と。

俺のどこが可愛いのかなんて、ちっともわからないけど。
というか、わかりたくもないけど。

でも、ここまで来たら、思った事を言ってしまってもいいのかもしれない。

「・・・」
「ケイン、さま?」

そう思ったのに。
口を開いても、なにも言葉が出てこない。

なんだ、これ。
結婚して初めての夜だぞ。

あんなに、あんなに、あんなに焦がれて、待ち望んでいた日がようやくやって来たのに。
なのになんで俺は、部屋から抜け出してサロンで一人、酒なんか呷ってるんだ。

挙句、心配したエレアーナが迎えに来るって、みっともなさすぎだろ。

頬が熱い。
鼓動が速まる。

ごくりと喉を鳴らして。

「・・・エレアーナ」

やっと声が出た。

「はい」

エレアーナもほっとしたようだ。
首をこころもち傾げて、言葉の続きを待っている。

手をそっと重ねて、少しだけ力を込めた。

君も緊張してるのかな。
これだけで頬を染めてくれるなんて。

ああ、そうだ。
俺は自分の感情で一杯一杯だったけど。

今日、初夜を迎えるのは君も同じなんだから。

「・・・ふ」

そんな簡単なことにやっと気づいて、思わず笑みが漏れる。

「ケインさま?」
「・・・ごめん。なんだか自分のバカさ加減に笑ってしまって・・・」

ずっと黙っていた男が突然笑い出したら吃驚するよな。

「ふふ、ようやく緊張が取れてきたみたいだ」
「・・・そうなのですか? それは・・・良かった、です・・・」

肩の力が抜けたら、自然と笑みが浮かんできた。

そうしてエレアーナに笑いかけたら、すいっと目を逸らされた。

「ん? どうかしたのか?」
「わたくしだって・・・どうしたらいいか分からなくて・・・困ってます、のよ?」

そう言って、ちら、と上目使いで睨まれる。
ふと見れば、耳まで赤くして。

「・・・わたくしを、おいて行かないでくださいませ」

うわ。

あまりの可愛さに、勝手に身体が動いた。
肩に手を置いて、ちゅ、と頬に口づけを落とす。

「ごめん」

謝ってから、額をこつんと当てる。
エレアーナの澄んだ碧の瞳に、情けない俺の顔が映りこんでいる。

「不安にさせて悪かった。ここで心を落ち着けてから部屋に行こうと思ってたんだ」
「どうしてですの?」
「・・・少しでも余裕のある顔で逢いたかった。格好悪いところを見せたくなくて」

それだけ伝えると、また口づけを落とした。

額に、鼻筋に、こめかみに、瞼に、耳朶に。
ちゅ、と音をたてながら、ゆっくり、丁寧に、思いを込めて。

「・・・どうせ無駄だって分かってはいたんだが」
「わたくしは、どんなケインさまでも好きですわ。格好よくても、よくなくても。どちらのケインさまも大好きです」
「・・・どんな俺でも?」
「どんな貴方でも」
「じゃあ、獣になっても?」

俺の問いに、エレアーナは目をぱちぱちと瞬かせた。
それから、何を想像したのか、ぼっと顔が真っ赤になって。

彼女は黙って俯いてしまう。

まあ、ここで駄目って言われても、もう我慢は効かないのだが。

ちゅ。

質問をするために止めていた口づけを再開する。

「んっ・・・」

エレアーナが声を漏らす。

「エレアーナ・・・愛している」

首筋まで唇を這わせ、そこで、はた、と己の失態に気がついた。

そうだ、ここは俺たちの部屋じゃなかったんだっけ、と。
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