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撒かれた餌に喰いつくのは愚か者
しおりを挟む---シャガーン宮のどこかに、賢者くずれが囚われている---
それは知る人ぞ知る情報。
デサイファミスにより隠蔽される事のない、いや寧ろ、指示により意図的に散らされた噂で。
王家に二心のある者、不穏な計画を立てる輩を誘き寄せるための餌でもあった。
その餌に誘き出された者たちを、これまで何人捕らえてきただろう。
そして今、その餌に食いついた者---今回はそれは他国の者たちであったが---および、そのために動き始めた国内の不穏分子たちが、その罠に嵌まりつつあった。
それは、レオンハルトが跪いて、カトリアナの護身用具に「どうか守って」と願いを込めた時から約三週間後。
事態は動いた。
盗まれた王城敷地内の見取り図に示されていたシャガーン宮、その地下牢最奥。
そこへと続く廊下に、複数の靴音が響き渡る。
その同時刻、折しも王城では王家主催の夜会が催されていた。
夜会会場周辺および城門周辺に警備が集中するのは自然なことで。
普段から人気のないシャガーン宮に、表立って警備の人数が割かれていないのも頷ける状況だった。
何故ならそこは、表向きは現在誰も使用していない筈の離宮。
警備兵が多数いる事の方が逆に疑いを招くことになるからだ。
そして現在、シャガーン宮周辺に配置されていた複数の警備兵は、何者かの手によって眠らされ、地面に転がっている。
足音は地下牢最奥の扉前で一旦止まり、注意深く周囲を伺う。
夜会時を狙ったのが功を奏したのか、地下一階へと続く入り口に配置されていた二人の警備兵を除けば、もう侵入者を阻む存在はいなかった。
侵入者の一人が合図を送ると、別の一人が膝をついて解錠を試みる。
数分もかからずに、扉にかけられていた大きな鍵は、ごとりと床に落ちた。
ゆっくりと扉が開く。
中には鉄格子で囲まれた空間と、その向こうに座る一人の男がいた。
侵入者たちは周囲を伺ってから、ゆっくりと歩を進める。
そして鉄格子の前に立つと、その中の一人が進み出て、中に囚われている男に向かって口を開いた。
「・・・偉大なるワイジャーマ、我らの願いをかなえて下さる賢者さまよ。貴方をお救いに参りました。どうか我が国、ベイベルへお越しください。そしてどうか、我らの主人に力をお貸しください」
牢の中に座り込み、俯いていた男は、その声にぴくりと反応する。
やがて、ゆっくりと顔を上げると、鉄柵の向こうに立つ者たちをじっと見つめた。
同時刻、王城では。
王家主催の夜会の始まりを告げる合図として、まず国王夫妻がホール中央に進み出ていた。
宮廷楽団の演奏に合わせ、まず一曲目を国王夫妻が、次の曲を王太子レオンハルトとその婚約者カトリアナが踊る。
そして三曲目からは、望む者たちが自由にホールに出てダンスを楽しみ始めた。
今夜は王家主催の夜会とあって、かなり大勢の人達で賑わっている。
国内外の貴族が集まり、大規模な夜会となっていた。
「カトリアナ、喉が渇いただろう? 何か飲み物を取って来よう。何がいい?」
レオンハルトは衆目の中、王族の一員に加わってダンスを踊るという大役を果たしたカトリアナに、労わりを込めて微笑んだ。
それに応えるカトリアナも、少し緊張が解けたのだろう、柔らかく笑みを返す。
「ありがとうございます。それではデュールをいただきますわ」
「うん、じゃあ、ちょっと待っててね」
華やかな音楽が流れる中、ホール中央にて踊る者、立って歓談する者、立食エリアで舌鼓を打つ者、社交を楽しむ者、はたまた出会いを求めて駆け引きをする者、と様々だ。
すぐに行って戻るつもりが、給仕の者をすぐに捕まえることが出来ず、しかも途中でなんやかんやと多くの者たちから話しかけられ、レオンハルトがデュールのグラスを持ってカトリアナのところに戻れたのは半刻ほど後の事。
思っていたよりも時間がかかってしまったせいか、待っていて、と告げて別れた場所に、カトリアナはいなかった。
まあ、よくある事ではあるんだけど、ね。
デュールのグラスを手持無沙汰気にじっと眺める。
今回は、どっち・・・だろう。
この瞬間が、レオンハルトはいつも怖くて怖くて堪らない。
不安で視線が揺れそうになった時、横からレオンを呼ぶ愛しい声が聞こえた。
・・・ああ、よかった。
ただ、はぐれただけだったか。
いつか来る瞬間だと分かっていながら、今さら覚悟が出来ていない自分を情けなく思いつつも、そんな時なんか永遠に来なければいいのに、と思ってしまう。
あれほど、リュークザインとも、ベルフェルトとも、打ち合わせを重ねたのに。
そんなことを思い、失笑しながら取ってきたデュールのグラスを一つ手渡す。
目の前で綻ぶ柔らかい微笑みに胸が甘く疼く。
ああ、分かってはいるけれど。
そんな瞬間なんか来なければいいのにな。
こんな方法じゃなしに、あいつらを捕まえられたらいいのに。
目の前で微笑むカトリアナを見て、そう思っていたけれど。
やっぱり現実は思うようにはいかなくて。
それから半刻後、化粧直しに行くと言ってホールを出たカトリアナは、そのまま戻ってくることはなかった。
それは知る人ぞ知る情報。
デサイファミスにより隠蔽される事のない、いや寧ろ、指示により意図的に散らされた噂で。
王家に二心のある者、不穏な計画を立てる輩を誘き寄せるための餌でもあった。
その餌に誘き出された者たちを、これまで何人捕らえてきただろう。
そして今、その餌に食いついた者---今回はそれは他国の者たちであったが---および、そのために動き始めた国内の不穏分子たちが、その罠に嵌まりつつあった。
それは、レオンハルトが跪いて、カトリアナの護身用具に「どうか守って」と願いを込めた時から約三週間後。
事態は動いた。
盗まれた王城敷地内の見取り図に示されていたシャガーン宮、その地下牢最奥。
そこへと続く廊下に、複数の靴音が響き渡る。
その同時刻、折しも王城では王家主催の夜会が催されていた。
夜会会場周辺および城門周辺に警備が集中するのは自然なことで。
普段から人気のないシャガーン宮に、表立って警備の人数が割かれていないのも頷ける状況だった。
何故ならそこは、表向きは現在誰も使用していない筈の離宮。
警備兵が多数いる事の方が逆に疑いを招くことになるからだ。
そして現在、シャガーン宮周辺に配置されていた複数の警備兵は、何者かの手によって眠らされ、地面に転がっている。
足音は地下牢最奥の扉前で一旦止まり、注意深く周囲を伺う。
夜会時を狙ったのが功を奏したのか、地下一階へと続く入り口に配置されていた二人の警備兵を除けば、もう侵入者を阻む存在はいなかった。
侵入者の一人が合図を送ると、別の一人が膝をついて解錠を試みる。
数分もかからずに、扉にかけられていた大きな鍵は、ごとりと床に落ちた。
ゆっくりと扉が開く。
中には鉄格子で囲まれた空間と、その向こうに座る一人の男がいた。
侵入者たちは周囲を伺ってから、ゆっくりと歩を進める。
そして鉄格子の前に立つと、その中の一人が進み出て、中に囚われている男に向かって口を開いた。
「・・・偉大なるワイジャーマ、我らの願いをかなえて下さる賢者さまよ。貴方をお救いに参りました。どうか我が国、ベイベルへお越しください。そしてどうか、我らの主人に力をお貸しください」
牢の中に座り込み、俯いていた男は、その声にぴくりと反応する。
やがて、ゆっくりと顔を上げると、鉄柵の向こうに立つ者たちをじっと見つめた。
同時刻、王城では。
王家主催の夜会の始まりを告げる合図として、まず国王夫妻がホール中央に進み出ていた。
宮廷楽団の演奏に合わせ、まず一曲目を国王夫妻が、次の曲を王太子レオンハルトとその婚約者カトリアナが踊る。
そして三曲目からは、望む者たちが自由にホールに出てダンスを楽しみ始めた。
今夜は王家主催の夜会とあって、かなり大勢の人達で賑わっている。
国内外の貴族が集まり、大規模な夜会となっていた。
「カトリアナ、喉が渇いただろう? 何か飲み物を取って来よう。何がいい?」
レオンハルトは衆目の中、王族の一員に加わってダンスを踊るという大役を果たしたカトリアナに、労わりを込めて微笑んだ。
それに応えるカトリアナも、少し緊張が解けたのだろう、柔らかく笑みを返す。
「ありがとうございます。それではデュールをいただきますわ」
「うん、じゃあ、ちょっと待っててね」
華やかな音楽が流れる中、ホール中央にて踊る者、立って歓談する者、立食エリアで舌鼓を打つ者、社交を楽しむ者、はたまた出会いを求めて駆け引きをする者、と様々だ。
すぐに行って戻るつもりが、給仕の者をすぐに捕まえることが出来ず、しかも途中でなんやかんやと多くの者たちから話しかけられ、レオンハルトがデュールのグラスを持ってカトリアナのところに戻れたのは半刻ほど後の事。
思っていたよりも時間がかかってしまったせいか、待っていて、と告げて別れた場所に、カトリアナはいなかった。
まあ、よくある事ではあるんだけど、ね。
デュールのグラスを手持無沙汰気にじっと眺める。
今回は、どっち・・・だろう。
この瞬間が、レオンハルトはいつも怖くて怖くて堪らない。
不安で視線が揺れそうになった時、横からレオンを呼ぶ愛しい声が聞こえた。
・・・ああ、よかった。
ただ、はぐれただけだったか。
いつか来る瞬間だと分かっていながら、今さら覚悟が出来ていない自分を情けなく思いつつも、そんな時なんか永遠に来なければいいのに、と思ってしまう。
あれほど、リュークザインとも、ベルフェルトとも、打ち合わせを重ねたのに。
そんなことを思い、失笑しながら取ってきたデュールのグラスを一つ手渡す。
目の前で綻ぶ柔らかい微笑みに胸が甘く疼く。
ああ、分かってはいるけれど。
そんな瞬間なんか来なければいいのにな。
こんな方法じゃなしに、あいつらを捕まえられたらいいのに。
目の前で微笑むカトリアナを見て、そう思っていたけれど。
やっぱり現実は思うようにはいかなくて。
それから半刻後、化粧直しに行くと言ってホールを出たカトリアナは、そのまま戻ってくることはなかった。
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