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焦燥
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密かにレオンハルトに報告が上げられた頃。
夜会の音楽が微かに聞こえるくらいに会場から離れた場所でのこと。
ひとりの令嬢を伴い、廊下を歩く騎士の姿があった。
その騎士は、ある部屋の扉の前でぴたりと立ち止まる。
そして扉を手で示して、背後にいた令嬢に声をかける。
「カトリアナさま、こちらでございます」
騎士は恭しく扉を開け、中へと案内した。
その言葉に勧められるまま、カトリアナは部屋の中央へと進んで行く。
その後ろ姿を確認すると、騎士は静かに扉に近寄り、そっと鍵をかける。
そして扉を塞ぐようにその前に立った。
カトリアナはそんな動きには全く気付いていないかのように、窓際に立つ後ろ姿を認め、声をかける。
「レオンさま、こちらでお待ちと伺いまして、ただいま参りましたが・・・」
だが、かけた言葉に対する返事はなく、カトリアナはそこで歩みを止める。
「・・・レオンさま?」
「・・・ああ、待っていたよ、カトリアナ嬢」
そう言って振り返った顔は、当然の如くレオンハルトとは別人で。
カトリアナは目を瞠り、静かに、後ずさる。
だが、それに合わせるかのように窓際に立っていた男も、歩を進め、カトリアナとの距離を詰める。
男はにやりと笑いながら金髪の鬘を外す。すると、その下からは明るい鳶色の髪が現れた。
「王太子殿下の名を騙ったのですか・・・。こんなところに呼び出して、一体、何をなさるおつもりですの?」
「おや、分かりませんか? 次期王太子妃ともあろう貴女が?」
男はわざとらしい笑みを浮かべる。
「・・・ええ、さっぱり分かりませんわ」
男はゆっくりと、一歩一歩、距離を詰める。
「俺は貴女と仲良くしたいだけですよ。ええ、とても仲良くね」
カトリアナは振り返って、扉の前に立つ騎士に視線を向ける。
だが、それに気付いた騎士は薄らと笑うだけ。
「仲良くか。楽しそうじゃないか、初めてはお前に譲るから、後で俺もまぜてくれよな」
そう言いながらも騎士の男は扉の前から一歩も動かない。
この部屋から絶対にカトリアナを逃さないとでも言いたげに。
「大丈夫、俺は優しい男だ。たっぷり可愛がってやるよ。きっとお前も、王太子よりも俺の方がいいって言いたくなるさ」
鳶色の髪の男はそう言い放つと、距離を縮める足を更に速めた。
その頃、王族専用の控え室に移動したレオンハルトは、関係者のみが集まる中、どさりと腰を下ろした。
矢継ぎ早に各方面から報告が入り、リュークザインがそれに対応する。
あちらこちらに紛れていたハトたちからの連絡では、最後にカトリアナの姿を確認したのは化粧室に入る直前だったと言う。
化粧室の入り口まではシュリエラ嬢が同伴していたから、それは確実だと。
そこから後は、相手の油断を誘う為に、敢えてハトの一人がシュリエラ嬢に話しかけ、注意が逸れる風の状態を作り上げた。
そして狙い通り、敵はそこを突いてきたのだ。
後は皆が、無事にここに戻って来てくれれば・・・。
レオンハルトはぎゅっと拳を握りしめた。
大丈夫。
今のところ、リュークザインたちが想定した作戦通りに進んでいる。
カトリアナが負う危険度を極力減らしてくれた。
大丈夫。もうじき僕のところに無事に帰ってくる・・・筈。
その筈だから。
そう自分に言い聞かせるように、何度も何度も同じ言葉を繰り返す。
「王太子殿下」
労わるような声に、ふと視線を上げる。
そこにはアイスケルヒに伴われて、アリエラ・ブライトン夫人が立っていた。
「お顔の色が真っ青ですわ。・・・大丈夫です、必死で動いておられる皆さまを、どうかご信頼くださいませ」
「ああ、分かってる。皆がカトリアナになるべく危険が及ばないようにと色々考えてくれた事もね。・・・でも、直接この目で無事を確かめるまでは・・・やっぱりね」
「ええ、それは勿論です。あの子の事はわたくしも心配ですわ。ルナフレイアさまと違って、身を守る術を何も持っておりませんから。でも、それでもですわ、殿下。きっと、あの子は大丈夫です」
アリエラの言葉に頷こうとしたその時、扉をノックする音が室内に響き、シュリエラ嬢と侍女服を着た少女が騎士に伴われて入って来た。
弾かれたようにレオンが立ち上がる。
「殿下、場所を特定しました。今、ハトを数人向かわせています」
騎士の声に応えてレオンハルトは側に控えていた者たちに呼びかけた。
「・・・よし、リュークザイン。僕たちも行くぞ」
夜会の音楽が微かに聞こえるくらいに会場から離れた場所でのこと。
ひとりの令嬢を伴い、廊下を歩く騎士の姿があった。
その騎士は、ある部屋の扉の前でぴたりと立ち止まる。
そして扉を手で示して、背後にいた令嬢に声をかける。
「カトリアナさま、こちらでございます」
騎士は恭しく扉を開け、中へと案内した。
その言葉に勧められるまま、カトリアナは部屋の中央へと進んで行く。
その後ろ姿を確認すると、騎士は静かに扉に近寄り、そっと鍵をかける。
そして扉を塞ぐようにその前に立った。
カトリアナはそんな動きには全く気付いていないかのように、窓際に立つ後ろ姿を認め、声をかける。
「レオンさま、こちらでお待ちと伺いまして、ただいま参りましたが・・・」
だが、かけた言葉に対する返事はなく、カトリアナはそこで歩みを止める。
「・・・レオンさま?」
「・・・ああ、待っていたよ、カトリアナ嬢」
そう言って振り返った顔は、当然の如くレオンハルトとは別人で。
カトリアナは目を瞠り、静かに、後ずさる。
だが、それに合わせるかのように窓際に立っていた男も、歩を進め、カトリアナとの距離を詰める。
男はにやりと笑いながら金髪の鬘を外す。すると、その下からは明るい鳶色の髪が現れた。
「王太子殿下の名を騙ったのですか・・・。こんなところに呼び出して、一体、何をなさるおつもりですの?」
「おや、分かりませんか? 次期王太子妃ともあろう貴女が?」
男はわざとらしい笑みを浮かべる。
「・・・ええ、さっぱり分かりませんわ」
男はゆっくりと、一歩一歩、距離を詰める。
「俺は貴女と仲良くしたいだけですよ。ええ、とても仲良くね」
カトリアナは振り返って、扉の前に立つ騎士に視線を向ける。
だが、それに気付いた騎士は薄らと笑うだけ。
「仲良くか。楽しそうじゃないか、初めてはお前に譲るから、後で俺もまぜてくれよな」
そう言いながらも騎士の男は扉の前から一歩も動かない。
この部屋から絶対にカトリアナを逃さないとでも言いたげに。
「大丈夫、俺は優しい男だ。たっぷり可愛がってやるよ。きっとお前も、王太子よりも俺の方がいいって言いたくなるさ」
鳶色の髪の男はそう言い放つと、距離を縮める足を更に速めた。
その頃、王族専用の控え室に移動したレオンハルトは、関係者のみが集まる中、どさりと腰を下ろした。
矢継ぎ早に各方面から報告が入り、リュークザインがそれに対応する。
あちらこちらに紛れていたハトたちからの連絡では、最後にカトリアナの姿を確認したのは化粧室に入る直前だったと言う。
化粧室の入り口まではシュリエラ嬢が同伴していたから、それは確実だと。
そこから後は、相手の油断を誘う為に、敢えてハトの一人がシュリエラ嬢に話しかけ、注意が逸れる風の状態を作り上げた。
そして狙い通り、敵はそこを突いてきたのだ。
後は皆が、無事にここに戻って来てくれれば・・・。
レオンハルトはぎゅっと拳を握りしめた。
大丈夫。
今のところ、リュークザインたちが想定した作戦通りに進んでいる。
カトリアナが負う危険度を極力減らしてくれた。
大丈夫。もうじき僕のところに無事に帰ってくる・・・筈。
その筈だから。
そう自分に言い聞かせるように、何度も何度も同じ言葉を繰り返す。
「王太子殿下」
労わるような声に、ふと視線を上げる。
そこにはアイスケルヒに伴われて、アリエラ・ブライトン夫人が立っていた。
「お顔の色が真っ青ですわ。・・・大丈夫です、必死で動いておられる皆さまを、どうかご信頼くださいませ」
「ああ、分かってる。皆がカトリアナになるべく危険が及ばないようにと色々考えてくれた事もね。・・・でも、直接この目で無事を確かめるまでは・・・やっぱりね」
「ええ、それは勿論です。あの子の事はわたくしも心配ですわ。ルナフレイアさまと違って、身を守る術を何も持っておりませんから。でも、それでもですわ、殿下。きっと、あの子は大丈夫です」
アリエラの言葉に頷こうとしたその時、扉をノックする音が室内に響き、シュリエラ嬢と侍女服を着た少女が騎士に伴われて入って来た。
弾かれたようにレオンが立ち上がる。
「殿下、場所を特定しました。今、ハトを数人向かわせています」
騎士の声に応えてレオンハルトは側に控えていた者たちに呼びかけた。
「・・・よし、リュークザイン。僕たちも行くぞ」
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