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幸福の源
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ケインバッハがダイスヒル邸に帰りついた時には、既に深夜をまわっていた。
長い夜だった。
ケインバッハの役目は城に残ったカトリアナとシュリエラの警護隊の統括。
後方支援的な仕事だったが、それでも国家機密を含む案件でもあったため、神経はかなりすり減った。
一度、賢者くずれと直接対峙したことのある身だ。
その人物の不気味さ、不快さは身をもって知っている。
わざわざアレに近づこうとする人間がいる事の方が、ケインバッハにとっては不思議だった。
ケインバッハにとっても、自分の愛する妻にとっても、恐ろしく厭わしい存在。
賢者ラファイエラスが、その存在を完璧に消し去ってくれなかったら、今でも恐怖が拭えなかったかもしれない。
こうして安心して、穏やかな家庭を持てるのも、自分たちの将来にただ幸福を信じられるのも、すべてはあの日、ラファイエラスさまが助けに来てくださったから。
寝室の扉をそっと開く。
エレアーナはベッドですやすやと眠っていた。
最近、少し吐き気が治まってきて、以前ほど頻繁に吐くことはなくなっていた。
それでもやはり、ある種の匂いは刺激となるようだったけれど。
一日中、吐き気に悩まされていた時もあったな。
見ているこちらの方が辛くなるくらいに。
でも、エレアーナはそんな時も前向きで。
「赤ちゃんのために、身体が頑張っている証拠ですわ」なんて言ってたっけ。
ベッドの端に腰をかけ、愛する妻の寝顔を眺める。
ゆるくウェーブのかかった艶やかな銀髪は、彼女の枕元で芸術品のように散れている。
悪阻のせいで少し痩せた頬は、それでも彼女の美しさを損なうことはしない。
ゆっくりと手を伸ばし、その頬をするりと撫でた。
その手を離すのを惜しんでいると、エレアーナは、眠っている筈なのにその手に頬を寄せ、僅かに微笑んだ。
その無意識の笑みに、思わずどくん、と、心臓が跳ねる。
愛らしくて、美しくて、どこまでも優しいエレアーナ。
俺の・・・俺の愛しい人。
起きてしまうだろうか。いや、でも。
内なる衝動に抗えず、そっと額に口づけを落とす。
銀色の髪からは、ふわりと薔薇の香りがした。
その髪をひと房すくい取り、そっと唇に当てる。
ああ、この香りはきっと手作りの薔薇の蒸留水なのだろうな。
優しく甘く香る薔薇。
ケインバッハとエレアーナが、初めて出会った時に交わした言葉の中にも出てきた思い出の品。
すう、と息を吸い込んで、その甘美な香りに浸りこむ。
その時、エレアーナが薄らと瞼を開けた。
起こしてしまったか?
そう思ったけれど、違ったようで。
エレアーナは薄闇の中でケインの姿を認めると、ふわりと笑い、ケインさま、と小声で呼びかけた。
それに返事をするより前に、エレアーナの瞼は再び閉じられ、やがて穏やかな寝息が聞こえてくる。
甘いご褒美をもらったような、手酷いお預けをくらったような、少しばかり複雑な思いに、胸の鼓動がちょっとだけ速まった。
そうだ。
貴女がいてくれる毎日は、俺にとっては奇跡のようで。
ここにこうして居てくれるだけで、俺はこの上ない幸福に包まれる。
愛してる。
愛してる、エレアーナ。
俺の、俺だけのレアナ。
穏やかな寝顔を眺めながら、掌に乗せていた髪にもう一度口づけて、それからケインは立ち上がった。
手早く着替え、そっとベッドに滑り込む。
静かに、優しく、触れるか触れないかの微かな口づけを愛する妻の頬に落とし、ケインバッハは明かりを消した。
明日は国王陛下に報告を上げねばならない。
また、忙しい一日が始まるのだ。
忙しく、だけど敬愛する王太子レオンハルトの幸せな結婚へと続く大事な一日が。
長い夜だった。
ケインバッハの役目は城に残ったカトリアナとシュリエラの警護隊の統括。
後方支援的な仕事だったが、それでも国家機密を含む案件でもあったため、神経はかなりすり減った。
一度、賢者くずれと直接対峙したことのある身だ。
その人物の不気味さ、不快さは身をもって知っている。
わざわざアレに近づこうとする人間がいる事の方が、ケインバッハにとっては不思議だった。
ケインバッハにとっても、自分の愛する妻にとっても、恐ろしく厭わしい存在。
賢者ラファイエラスが、その存在を完璧に消し去ってくれなかったら、今でも恐怖が拭えなかったかもしれない。
こうして安心して、穏やかな家庭を持てるのも、自分たちの将来にただ幸福を信じられるのも、すべてはあの日、ラファイエラスさまが助けに来てくださったから。
寝室の扉をそっと開く。
エレアーナはベッドですやすやと眠っていた。
最近、少し吐き気が治まってきて、以前ほど頻繁に吐くことはなくなっていた。
それでもやはり、ある種の匂いは刺激となるようだったけれど。
一日中、吐き気に悩まされていた時もあったな。
見ているこちらの方が辛くなるくらいに。
でも、エレアーナはそんな時も前向きで。
「赤ちゃんのために、身体が頑張っている証拠ですわ」なんて言ってたっけ。
ベッドの端に腰をかけ、愛する妻の寝顔を眺める。
ゆるくウェーブのかかった艶やかな銀髪は、彼女の枕元で芸術品のように散れている。
悪阻のせいで少し痩せた頬は、それでも彼女の美しさを損なうことはしない。
ゆっくりと手を伸ばし、その頬をするりと撫でた。
その手を離すのを惜しんでいると、エレアーナは、眠っている筈なのにその手に頬を寄せ、僅かに微笑んだ。
その無意識の笑みに、思わずどくん、と、心臓が跳ねる。
愛らしくて、美しくて、どこまでも優しいエレアーナ。
俺の・・・俺の愛しい人。
起きてしまうだろうか。いや、でも。
内なる衝動に抗えず、そっと額に口づけを落とす。
銀色の髪からは、ふわりと薔薇の香りがした。
その髪をひと房すくい取り、そっと唇に当てる。
ああ、この香りはきっと手作りの薔薇の蒸留水なのだろうな。
優しく甘く香る薔薇。
ケインバッハとエレアーナが、初めて出会った時に交わした言葉の中にも出てきた思い出の品。
すう、と息を吸い込んで、その甘美な香りに浸りこむ。
その時、エレアーナが薄らと瞼を開けた。
起こしてしまったか?
そう思ったけれど、違ったようで。
エレアーナは薄闇の中でケインの姿を認めると、ふわりと笑い、ケインさま、と小声で呼びかけた。
それに返事をするより前に、エレアーナの瞼は再び閉じられ、やがて穏やかな寝息が聞こえてくる。
甘いご褒美をもらったような、手酷いお預けをくらったような、少しばかり複雑な思いに、胸の鼓動がちょっとだけ速まった。
そうだ。
貴女がいてくれる毎日は、俺にとっては奇跡のようで。
ここにこうして居てくれるだけで、俺はこの上ない幸福に包まれる。
愛してる。
愛してる、エレアーナ。
俺の、俺だけのレアナ。
穏やかな寝顔を眺めながら、掌に乗せていた髪にもう一度口づけて、それからケインは立ち上がった。
手早く着替え、そっとベッドに滑り込む。
静かに、優しく、触れるか触れないかの微かな口づけを愛する妻の頬に落とし、ケインバッハは明かりを消した。
明日は国王陛下に報告を上げねばならない。
また、忙しい一日が始まるのだ。
忙しく、だけど敬愛する王太子レオンハルトの幸せな結婚へと続く大事な一日が。
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