【完結】王太子と宰相の一人息子は、とある令嬢に恋をする

冬馬亮

文字の大きさ
256 / 256

その後のエピソード 堅物男は、妻の出産に立ち会いたい

しおりを挟む


デサイファミスの長官執務室。


山と積まれた書類に囲まれ、長官であるリュークザインはひたすらにペンを動かしていた。


彼の秘書であり、愛する妻であるラエラはただ今、産休中である。


といっても、まだ赤子は生まれていない。


臨月を迎え、産休に入ったのがつい10日前のことなのだ。


有能な秘書が抜けた穴は大きく、ただでさえ普段から多忙を極めるデサイファミス内部は、今や殺意を感じる程に忙しかった。


ラエラ以外の秘書は要らない、と、頑なに臨時秘書の雇用を拒んだせいもあるのだろうか。

結果、書類の仕訳から始めなければならないような状況なのだが、それでもリュークザインはひたすら無心で仕事をこなした。


何故なら彼には一つの大きな野望があったから。


その日のために、その時のために、リュークは休みもろくに取らずに一心不乱に仕事をしていた。


静かな室内は、時を刻む時計の針の音しかしない。

耳を澄ませば、リュークザインが走らせるペンの音も微かに聞こえる。


リュークは昼食を取るのも忘れ、ただただ書類を片付けていった。


ベイベル国とのいざこざも決着がつき、王国内の不穏分子の炙り出しもほぼ完了。


それに至るまでのあの怒涛の日々を思えば、この程度の忙しさなど、リュークにとっては可愛いものだった。


そうして、いつの間にか書類の山が綺麗さっぱりなくなった頃のこと。


リュークはペンを置くと、肩に手を当て大きく息を吐いた。


「もうこんな時間か」


うっかり昼食を抜いてしまった、と思っていたが、どうやら夕食も取り忘れたようだ。


ラエラに知れたら怒られてしまうな。

貴方はわたくしを置いて先に死ぬおつもりですか? なんて脅されそうだ。


そんな他愛のない想像だけで、ふっと頬が緩む。


机の引き出しをガラリと開けて、そこに仕舞っておいた非常食をひとつ取り出し口の中に放り込む。


さて、今日の仕事はこれでほぼ終わり・・・


そんな事を考えていると、廊下の方から慌ただしい足音が聞こえてきた。


その足音の主は、リュークの執務室の前でぴたりと止まると、ノックもなしにいきなり飛び込んできた。


襲撃か?


咄嗟にそう怪しんだのも仕方がないと言えよう。


なにせここは機密保持と国家安全の要、デサイファミスなのだから。


だが幸いなことに、足音の主は襲撃者ではなかった。


「リューク! 良かった、まだここにいたのか!」

「・・・ベル。どうした、何があった?」


暗部長のベルフェルトが、珍しく焦った様子で駆け込んできたのを見て、何か厄介事でも起きたのかと、リュークは眉を顰めた。


「何かではないぞ! いや、何かだな。その、リューク。落ち着いて聞いてくれ。いいか、落ち着くんだぞ?」


この男は何を焦っているのか。

大抵の事は嫌味な笑顔でサラリとこなす男が、これ程までに焦っているのは初めてのような気がする。


もしや、過去のエレアーナ嬢襲撃事件に迫るほどの緊急案件か?

あの時は賢者くずれが現れて、相当な騒ぎになったが。


それとも、過去にカトリアナ妃殿下を狙った輩の残党でも暴れ出したか?

全て取り締まったと思っていたが、詰めが甘かったか。


瞬時にそんな考えを巡らせたリュークザインだったが、ベルフェルトの発した言葉は彼にとって予想外の事だった。


いや、ある意味、最も予想可能な言葉だったのだが。


「ルナからの伝言だ。夫人が・・・お前の奥方が産気づいた!」

「・・・っ!」


刹那、リュークザインは立ち上がり、電光石火の動きで荷物を鞄に詰め込むと、扉を駆け抜けて行った。


机の上には、いつの間に用意したのか有給休暇の申請書の紙が一枚、ちゃっかりと置いてある。


「全くあいつは」


疾風怒濤の走りを見せたリュークに、ベルフェルトは呆れの混じった笑みを溢す。


余りの勢いに、もう後ろ姿さえ見えない。


それもその筈、リュークザインはこの日のためにずっと頑張って来たのだ。

寝る間も惜しみ、前倒しで仕事をこなし、最低でも一か月の休暇をもぎ取るために。


「あの分じゃ、一か月どころの休みじゃ済まないかもしれないな」


そうぼやくベルフェルトの顔はとても嬉しそうだ。


リュークザインはひた走る。

ライプニヒ邸へ、愛する妻ラエラのもとへ。


産みの苦しみを味わうラエラに寄り添い、励まし、出産に立ち会って、その苦労をねぎらい、世話をして、そして。


せめて愛する妻と生まれてきた我が子とひと月だけでも共に時間を過ごすために。


そう。

この日のために、ずっと頑張ってきたのだから。


しおりを挟む

この作品は感想を受け付けておりません。

あなたにおすすめの小説

【完結】妖精姫と忘れられた恋~好きな人が結婚するみたいなので解放してあげようと思います~

塩羽間つづり
恋愛
お気に入り登録やエールいつもありがとうございます! 2.23完結しました! ファルメリア王国の姫、メルティア・P・ファルメリアは、幼いころから恋をしていた。 相手は幼馴染ジーク・フォン・ランスト。 ローズの称号を賜る名門一族の次男だった。 幼いころの約束を信じ、いつかジークと結ばれると思っていたメルティアだが、ジークが結婚すると知り、メルティアの生活は一変する。 好きになってもらえるように慣れないお化粧をしたり、着飾ったりしてみたけれど反応はいまいち。 そしてだんだんと、メルティアは恋の邪魔をしているのは自分なのではないかと思いあたる。 それに気づいてから、メルティアはジークの幸せのためにジーク離れをはじめるのだが、思っていたようにはいかなくて……? 妖精が見えるお姫様と近衛騎士のすれ違う恋のお話 切なめ恋愛ファンタジー

【完結】脇役令嬢だって死にたくない

⚪︎
恋愛
自分はただの、ヒロインとヒーローの恋愛を発展させるために呆気なく死ぬ脇役令嬢──そんな運命、納得できるわけがない。 ※ざまぁは後半

【完結】王子妃候補をクビになった公爵令嬢は、拗らせた初恋の思い出だけで生きていく

たまこ
恋愛
 10年の間、王子妃教育を受けてきた公爵令嬢シャーロットは、政治的な背景から王子妃候補をクビになってしまう。  多額の慰謝料を貰ったものの、婚約者を見つけることは絶望的な状況であり、シャーロットは結婚は諦めて公爵家の仕事に打ち込む。  もう会えないであろう初恋の相手のことだけを想って、生涯を終えるのだと覚悟していたのだが…。

むにゃむにゃしてたら私にだけ冷たい幼馴染と結婚してました~お飾り妻のはずですが溺愛しすぎじゃないですか⁉~

景華
恋愛
「シリウス・カルバン……むにゃむにゃ……私と結婚、してぇ……むにゃむにゃ」 「……は?」 そんな寝言のせいで、すれ違っていた二人が結婚することに!? 精霊が作りし国ローザニア王国。 セレンシア・ピエラ伯爵令嬢には、国家機密扱いとなるほどの秘密があった。 【寝言の強制実行】。 彼女の寝言で発せられた言葉は絶対だ。 精霊の加護を持つ王太子ですらパシリに使ってしまうほどの強制力。 そしてそんな【寝言の強制実行】のせいで結婚してしまった相手は、彼女の幼馴染で公爵令息にして副騎士団長のシリウス・カルバン。 セレンシアを元々愛してしまったがゆえに彼女の前でだけクールに装ってしまうようになっていたシリウスは、この結婚を機に自分の本当の思いを素直に出していくことを決意し自分の思うがままに溺愛しはじめるが、セレンシアはそれを寝言のせいでおかしくなっているのだと勘違いをしたまま。 それどころか、自分の寝言のせいで結婚してしまっては申し訳ないからと、3年間白い結婚をして離縁しようとまで言い出す始末。 自分の思いを信じてもらえないシリウスは、彼女の【寝言の強制実行】の力を消し去るため、どこかにいるであろう魔法使いを探し出す──!! 大人になるにつれて離れてしまった心と身体の距離が少しずつ縮まって、絡まった糸が解けていく。 すれ違っていた二人の両片思い勘違い恋愛ファンタジー!!

【完結】彼を幸せにする十の方法

玉響なつめ
恋愛
貴族令嬢のフィリアには婚約者がいる。 フィリアが望んで結ばれた婚約、その相手であるキリアンはいつだって冷静だ。 婚約者としての義務は果たしてくれるし常に彼女を尊重してくれる。 しかし、フィリアが望まなければキリアンは動かない。 婚約したのだからいつかは心を開いてくれて、距離も縮まる――そう信じていたフィリアの心は、とある夜会での事件でぽっきり折れてしまった。 婚約を解消することは難しいが、少なくともこれ以上迷惑をかけずに夫婦としてどうあるべきか……フィリアは悩みながらも、キリアンが一番幸せになれる方法を探すために行動を起こすのだった。 ※小説家になろう・カクヨムにも掲載しています。

寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。

にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。 父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。 恋に浮かれて、剣を捨た。 コールと結婚をして初夜を迎えた。 リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。 ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。 結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。 混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。 もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと…… お読みいただき、ありがとうございます。 エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。 それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。

君への気持ちが冷めたと夫から言われたので家出をしたら、知らぬ間に懸賞金が掛けられていました

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【え? これってまさか私のこと?】 ソフィア・ヴァイロンは貧しい子爵家の令嬢だった。町の小さな雑貨店で働き、常連の男性客に密かに恋心を抱いていたある日のこと。父親から借金返済の為に結婚話を持ち掛けられる。断ることが出来ず、諦めて見合いをしようとした矢先、別の相手から結婚を申し込まれた。その相手こそ彼女が密かに思いを寄せていた青年だった。そこでソフィアは喜んで受け入れたのだが、望んでいたような結婚生活では無かった。そんなある日、「君への気持ちが冷めたと」と夫から告げられる。ショックを受けたソフィアは家出をして行方をくらませたのだが、夫から懸賞金を掛けられていたことを知る―― ※他サイトでも投稿中

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

処理中です...