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頬に落ちる涙
しおりを挟む何度も、何度も振り下ろされるナイフ。
胸に、腕に、肩にと衝撃が走る。
何度となく私にナイフを突き立ててくる彼女は悲しげに眉をひそめていて、その眼からはぽたぽたと涙がこぼれ落ちていた。
不思議ね。
殺される私より、殺す貴女の方がよほど悲しそうだわ。
「どうして・・・っ、どうして約束を破ったのっ? 返してくれるって言ったじゃない、余命はあと三年だって言ってたじゃない・・・っ!」
ナタリア、約束を破ったつもりはないわ。
三年と宣告されても、きっかり三年で死ぬ訳ではないの。
でもね。
本当に、もうだいぶ動けなくなっていたのよ。
「薬のことも聞いたわよ・・・開発されたそうね? 酷いわ、そしたら貴女、この先もずっと死なないじゃないのっ!」
隣国で開発が成功した新薬のことを言ってるの?
そうね。
あの薬があれば私の病気も完治するでしょうね。
でも、薬は隣国が開発したの。手に入れるにはまだまだ時間がかかるのよ。
だから、この国で手に入る様になる頃には、きっと私は。
「嘘つき、嘘つきっ! 貴女を信じて待ってたのに・・・っ!」
信じてくれて良かったのよ、ナタリア。
ええ、信じたままでいて欲しかった。
だって、ちゃんと譲るつもりでいたもの。
あなたがこんなことをしなくても、どうせ私はもう。
もう長くはなかったのに。
「約束通り、死んでよっ。ちゃんと、ちゃんと死んでっ! レオをっ、レオポルドを私に返して・・・」
ああ、ナタリア。
返すもなにも、最初からあの方はあなたのものだったじゃない。
おかしな人ね。
何がそんなに不安だったの?
だって、あなたとレオポルドさまは学園時代からずっと心を通わせていた。
レオポルドさまはあなただけを見つめて、あなたはレオポルドさまだけを見つめて。
あなたは最初からずっと愛されていたじゃない。
あなたも知っていたでしょう?
私は愛されていなかった。
愛されたことなど一度もなかった。
なのに、どうして?
どうして私を殺す必要があったの?
「ナタリアッ! なんてことを・・・っ!」
使用人たちの叫び声に混じって聞こえてきたのは。
近づく足音とあなたの焦った声。
ああ、でも。
どこか声が遠いわ。
「なんて事だ、血だらけじゃないか! しっかりしろっ、ベアトリーチェッ!」
「ベアトリーチェッ」
「・・・アーティッ!」
誰?
重なって聞こえた声は、飛び交う怒号と喧騒とにかき消される。
侍女たちの悲鳴。
執事の驚愕する声と、食器やら何やらが割れる音。
そんな混乱の中、焦りを滲ませながら私を呼ぶ声と共に、体が揺さぶられる。
今、私の体を抱き上げたのはレオポルドさま、あなたなの・・・?
「どうしてっ? だって、約束を破ったのはトリーチェの方なのに!」
「何を言ってるんだ、ナタリア。ベアトリーチェは・・・」
「うるさいっ! 今そんな話をしている場合かっ!」
誰かの手が、優しく私の頬を撫でる。
その手は微かに震えていた。
おかしいわね。
レオポルドさまだったら、私にそんなことをしない。
私に優しく触れることなんて、しないのに。
ぽつり、ぽつり、と温かい何かが私の顔を打つ。
それらは私の肌を伝って落ちた。
ああ、私を抱きしめてくれたのは誰?
目を開けようとして、でももう指一つ動かせなくて。
ああ。
もうだめ。
何も聞こえない。
何も見えない。
何も。
ごめんなさい、レオポルドさま。
最後まで貴方の役に立てなかったわ。
もう少し上手くやれると思っていたのに。
そしてごめんね、ナタリア。
でも、私は約束を破った訳ではなかったの。
だって。
だって私は本当に。
あなたが何もしなくても、わざわざ私を殺さなくても、もうすぐ死んでいた筈。
そうしたら、あなたは約束通りに。
そうよ、約束した通りに。
・・・いいえ、すべては言い訳ね。
きっと、私が悪いの。
あなたを愛してしまった私が ---
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