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思いがけない再訪
しおりを挟む人生が巻き戻り、混乱気味だった記憶もだいぶ整理がついてきた頃。
そう、エドガーが自身の留学の話をしにベアトリーチェの屋敷を訪問してから三日後。
体調がかなり回復し、外の空気を吸いたい気分になったベアトリーチェは、マーサに頼んで庭の四阿にお茶の用意を頼んでいた。
そこへ使用人がやって来て、父から書斎に来るようにと言伝を受けた。
父とは巻き戻った日の朝に対面し、それからも何度となく顔を見に来てくれていた。
それは勿論、ベアトリーチェの母や兄もだけれど。
わざわざ呼ぶなんて何の用だろうと考えながら、父の部屋の扉を叩く。
そこでベアトリーチェを迎えたのは、少し神妙な顔をして待っていた父と、あと数日で隣国へ留学する予定のエドガー。
あら?とベアトリーチェは違和感を抱く。
巻き戻り前では、エドガーに留学の話を聞かされたきり、彼とは会っていない筈。
それなのに、どうしてここに彼がいるのだろう。
「来たか。トリーチェ、座りなさい」
父に隣の席を手で示され、ベアトリーチェはおずおずと座る。
「エドガー君がお前にもう一度会いに来てくれた。二人で庭を散歩して来るといい」
父にそう言われてエドガーに視線を移すと、彼は少し眉を下げてにこりと微笑む。
「いいかな、アーティ」
兄のように慕うエドガーから優しく手を差し出されれば、ベアトリーチェには喜んで受ける以外の選択肢など浮かばない。
もとより、もうあと七年は絶対に会えないと覚悟していたのだ。
差し出された手に指を乗せながら、ベアトリーチェの頬は嬉しさで淡く染まった。
「ちょうど良かったわ、エドガーさま。私、外の空気が吸いたいと思って、四阿にお茶の用意をするように頼んだところだったの。ご一緒してくださいませ」
「それは良いね」
エドガーのエスコートを受けて二人で並んで歩く庭園は、早春とはいえ鮮やかな色の花がちらほらと咲き始め、目を楽しませてくれる。
「突然に訪問して済まなかった」
「そんな、嬉しいわ。留学する日も近づいているから、もう会えないと思っていたもの」
「うん。そのつもりでいたんだけどね」
椅子に腰を下ろし、侍女たちがお茶の用意をして少し離れた場所にまで下がると、エドガーは少し緊張した面持ちで言葉を継いだ。
「・・・本当に、この間の挨拶で終わりにするつもりでいたんだ。でも、アーティ。君が寂しくなると言ってくれたから」
エドガーは、いつもと変わらぬ穏やかな眼差しをベアトリーチェに向ける。
その真摯でひたむきな視線に、何故だろう、ベアトリーチェの胸がとくりと跳ねた。
「すごく嬉しくて」
「え」
「寂しくなると言ってもらえて、僕はとても嬉しかったんだ」
「エドガーさま? あの」
「ああ、大丈夫。安心して。君がレオを好きな事くらいちゃんと分かってるから」
「レオ・・・レオポルド、さまですか?」
「ああ」
当然だと頷くエドガーに、ベアトリーチェは思い出す。
そうだ、自分は時を遡っているのだ。
この頃の自分は、レオポルドが大好きで、大好きで、とにかく大好きで。
彼のことしか見えてなかった。
エドガーには妹のように我儘も言うし遠慮なく甘えられるのに、レオポルドの前では必死になって背伸びして、良いところを見せようと無駄に力を入れていて。
・・・今思い返すと我がことながらみっともなさすぎて恥ずかしい。
レオポルドは、私に幼馴染み以上の感情を持っていなかったのに、一人だけその気になって、無責任な夢を見て。
でもいいわ。
それも、もうお終い。
「・・・レオポルドさまのことは、その、好きでした。この間までは。でも、今はもう」
「アーティ?」
「いいんです。レオポルドさまのことは、もう」
「・・・本気で言っているの?」
ベアトリーチェはこくりと頷く。
だって、自分は知っている。
レオポルドにはナタリアがいる。
これから入学する学園で出会うナタリアが。
レオポルドがこの先ナタリアに向ける、ナタリアだけに向ける、あの熱っぽい視線の意味を自分は知っているのだ。
ずっと間近で見てきたのだから。
「レオポルドさまにとって私は妹のようなものなの。エドガーさまと同じなのよ」
「・・・」
「エドガーさま?」
「アーティ。もう一度聞くね。それ、本気で言ってる?」
「え? ええ」
「・・・そう」
どうしたのだろう。
エドガーがなんとも複雑な表情を浮かべている。
レオポルドにとって自分は妹扱いだと自覚している、正しく自分の立場を理解したつもりだったが、何か間違っていただろうか。
そう考えて、はた、と思い当たる。
エドガーはベアトリーチェに過保護なまでに気を遣う。
いつも、もっとベアトリーチェに優しくしろとレオポルドを窘めていたくらいだ。
だけど実際には妹ではない。
それを妹気取りな発言をしては駄目だったのかもしれない。では何なら良かったのだろう。
恋人の枠には入れない、それだけは、はっきりしているけれど。
「・・・分かった」
「え?」
「まあ今はそれも仕方ない」
悶々と考えているうちに、エドガーがひとり納得してくれた様だ。
まだ微かに眉根が寄っているが、その眼に怒りや困惑は消えていた。
その事にホッとしていると、おもむろにエドガーが口を開いた。
「ちょくちょく帰って来るよ」
「・・・え?」
今度こそ、ベアトリーチェはぽかんと口を開いていた。
「手紙もマメに送る様にする。返事は・・・出来たら欲しいけれど、無理はしなくていいから」
「え、あの」
話が見えない。
一体いつ、会いに来るとか手紙を送るだとかの話になったのか。
ぱちぱちと瞬きすれば、エドガーがにこりと微笑んだ。
「だって、寂しいんでしょ?」
「え、と」
「アーティがそう言った。僕がいなくなると寂しいって。だからなるべく君に会いに帰って来るようにする。それと手紙も。そうしたら、もうアーティも寂しくないよね?」
そう言ってどこか妖艶に笑うエドガーは、それまで常に一線を引いていた彼とはまったく違って見えて。
まるで別人の様だとベアトリーチェは思った。
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