11 / 128
束の間の --- 逆行前
しおりを挟む「ねえトリーチェ、どうしよう。私、あの方から告白されちゃった」
「・・・え?」
唯一の友人であるナタリアからの言葉に一瞬動きが止まったベアトリーチェは、やがてゆっくりと瞬きをして、それからようやく口を開いた。
「あ、あの方って、もしかして・・・」
「そうよ! あなたの幼馴染みの騎士候補の方。レオポルド・ライナルファさまよ」
ナタリアの幸せそうな微笑みが、興奮を抑えきれない声が、落ち着きなくあちこちを彷徨う手が、彼女が今、至福を味わっているのだと教えてくれる。
ずっと、ずっと好きだったレオポルドが告白した相手は、巻き戻り前のベアトリーチェのたった一人の友人だった。
久しぶりに会ったレオポルドは、頬を赤らめ、熱を孕んだ眼でナタリアを見ていて。
家格差を超えて結ばれた純愛として、美男美女の二人の恋は瞬く間に学園中に知れ渡った。
「トリーチェたちも一緒にランチ食べましょうよ。大勢の方が楽しいもの」
そう言って誘われれば、レオポルド会いたさに頷いた。アレハンドロは大抵断っていたけれど。
自分の片想いの熱に抗えず、のこのこと恋人たちの逢瀬に顔を出せば、そこで目にした光景に勝手に傷ついた。
その眼に自分の姿を決して映すことのない愛しい人に絶望して、なのにまた次の日になれば見えない縄で繋がれているかの様に、再びのこのことくっ付いて行く。
そうしてまた、再び幸せな恋人たちを目にしてひとりで絶望する。
ただ会いたかった。
少しだけでも顔が見たかった。
そんな軽い気持ちで見に行ったのが、あの模擬戦だった。
遠くからでも、レオポルドが剣を振るう姿を見られたらそれでいい、と。
彼の心が、決して自分に向けられることはないと分かっていた。
自分の病のことは、レオポルドももちろん知っている。
血が正常に作り出せない病気。
対症療法のみで、未だ確立された治療法は発見されておらず、このままでは二十歳を超えられないだろうと幼い頃に宣告された。
だから、そもそも自分が恋人として、将来の伴侶として選ばれることなどあり得ない。
大好きなレオポルドだけではなく、他のどの殿方からも決して。
決して自分が誰かの妻に選ばれることはない。
だから分かっていた、弁えていたつもりだった。
振り向いてもらえるなんて、思ってもいなかった。
そんな期待なんて、本当に、嘘偽りなく露ほども。
だけど、きっと、こんな自分が彼に密かに恋焦がれることすら身の程知らずだったのだろう。
だって、そうじゃなきゃどうして。
どうして自分はこんな思いをしているのか。
愛する人が自分ではない誰かに愛を囁く姿、その『誰か』が自分の大切な親友であれば葛藤はなおさらだ。
レオポルドにもナタリアにも幸せになってほしい。それは決して嘘ではないのに。
なのに、その幸せに自分があずかる余地がないと分かっていても悲しくて。
だから嬉しかった。
二人のために自分にも出来ることがあると気づいた時、そして、そこにほんの僅かな時間でも自分が共にいられることに希望を持った。
三学年になって、レオポルドの家の経済状況が悪化の一途を辿り、ナタリアとの結婚が絶望的になった時。二人の顔が絶望に染まった時。
ベアトリーチェは言ったのだ。
「ナタリアには言ってなかったわね。私は、この先天的な病のせいで二十歳まで生きられないだろうと言われていたのよ」
「え・・・」
「だから」
ベアトリーチェはナタリアの手を両手で包み込む。
そして彼女の隣にいるレオポルドにも、にこりと笑いかけた。
「だから私は結婚を諦めていたわ。お父さまも仕方ないと言って下さっていた。だって結婚してもあと数年で死んでしまう娘など妻に迎えても意味がないから・・・でも、レオポルドさま。貴方ならどうかしら」
「え?」
「ベアトリーチェ?」
二人が揃って首を傾げる。
こんなところまで仲が良いなんて、とベアトリーチェは苦笑する。
「娶っても意味がない妻を貴方は娶るの。可哀想な私の最後の思い出作りのために、貴方は私を妻にしたいと父に願い出るのです」
ナタリアとレオポルドの顔がさっと青ざめた。
「トリーチェ、それは」
「きっとお父さまはその見返りにライナルファ侯爵家に資金援助をして下さるわ。妻として役に立たない私と結婚するのですもの。そして私は数年後には儚くなる・・・そうしたらナタリア、あなたが後妻としてレオポルドさまのもとに嫁ぐのよ」
「後・・・妻、として・・・」
「そう」
ベアトリーチェは力強く頷いた。
「それまでにライナルファ家の経済状況は改善するわ。少なくとも持ち直すところまでは行く筈よ。そして後添えならば、家格差について強く咎める人も少なくなるわ、そうでしょう?」
「あ・・・」
話を理解したと同時に、二人の眼に光が灯る。
「確かにそれなら・・・」
「でもトリーチェ、待って。いくら何でもあなたにそこまでしてもらう訳にはいかないわ」
「いいのよ、ナタリア」
自分の使命を見出したつもりのベアトリーチェは、二人に優しく微笑みかける。
「どうせあと数年で散る命ですもの。だから、ね? せめて私の大切な幼馴染みと友人のために、何かさせてちょうだい」
「トリーチェ」
「それにね、ナタリア。安心して。私はご覧の通りの体だから、たとえ結婚したとしてもレオポルドさまとは清い関係のままになるわ。そう、これは白い結婚なの」
「白い・・・結婚・・・本当に、それでいいの? トリーチェに、そこまでさせてしまって、私・・・」
「いいのよ、ナタリア。でもね、私の命があとどのくらい保つのかは正確には言えないわ。後で主治医に診てもらうつもりだけれど、それまでレオポルドさまを待っててくれる? あなたのお父さまも説得する必要があるわ」
「・・・っ、ええ! もちろんよ!」
「レオポルドさまも、それでよろしいかしら。私を愛さなくていいの。書類上だけでも妻としてくれれば」
「・・・分かった。ベアトリーチェ、ありがとう。心から感謝するよ」
喜ぶのはナタリアとレオポルドであるべきで。
なのに、話をしながらベアトリーチェもまた歓喜に打ち震えていた。
形だけでもレオポルドの妻となれるのだ。
もう駄目だと思ってた。
この恋は、一生実を結ぶことのないまま終わる、と。
僅か数年で明け渡す妻の座だとしても。
レオポルドの愛は最後まで自分には向けられないとしても。
抱擁も、口づけひとつすら彼から貰うことのない、愛のない結婚だとしても。
それでも自分の想いはある意味で遂げられる。
そして自分の死後、この二人は幸せな未来を紡いで行ける。
この二人のためにも最善の提案をした。
この時のベアトリーチェはそう信じて疑わなかったのだ。
そこに誰かの悪意が存在するなど、露ほども思わずに。
140
あなたにおすすめの小説
私は貴方を許さない
白湯子
恋愛
甘やかされて育ってきたエリザベータは皇太子殿下を見た瞬間、前世の記憶を思い出す。無実の罪を着させられ、最期には断頭台で処刑されたことを。
前世の記憶に酷く混乱するも、優しい義弟に支えられ今世では自分のために生きようとするが…。
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめる事にしました 〜once again〜
結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
【アゼリア亡き後、残された人々のその後の物語】
白血病で僅か20歳でこの世を去った前作のヒロイン、アゼリア。彼女を大切に思っていた人々のその後の物語
※他サイトでも投稿中
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
私があなたを好きだったころ
豆狸
恋愛
「……エヴァンジェリン。僕には好きな女性がいる。初恋の人なんだ。学園の三年間だけでいいから、聖花祭は彼女と過ごさせてくれ」
※1/10タグの『婚約解消』を『婚約→白紙撤回』に訂正しました。
許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました
結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください>
私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる