【完結】 いいえ、あなたを愛した私が悪いのです

冬馬亮

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せいぜい

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頭から水をかけた後に布で拭えば、レオポルドの整った顔立ちが次第に露わになっていく。


「・・・これはこれは、とんだ美丈夫が現れたものだ」


レオポルドの素顔を見たザカライアスは、思わず感嘆の声を洩らした。


「髪は・・・自分で切ったのか? 勿体ないな。美しく整えてさえいれば、これだけの見た目だ。さぞや貴族然として高値で売れただろうに」

「・・・」


ザカライアスは、自分をきつく睨みつけたまま沈黙を守るレオポルドに肩を竦め、言葉を継いだ。


「そろそろ諦めて喋ってもらいたいものだな。どうせ、口がきけないというのも嘘なのだろう? 言ってみろ、お前を雇ったのは誰だ」


そう言うと、ザカライアスは徐にレオポルドの前髪を掴み、頭を乱暴に振り回す。

その反動で、レオポルドの両手首につけられた鎖がガチャガチャと音を立てた。


「・・・っ」


だがレオポルドは一言も言葉を発しない。いや、発さないようにした。

声を消す薬の効果は既に切れていた。


・・・大丈夫だ。


レオポルドは自分に言い聞かせる。


恐らく影も既に動いている。

自分に疑惑を持たれた時点で、これ以上の潜入調査の続行は不可となる。
ならば、この時点で動く筈だ。


もう既に、それなりの量の証拠は外部に流してあった。

後は・・・そう、アレ・・だ。アレが手に入れば。


ザカライアスは、レオポルドの髪から手を放し、今度は頰を打つ。腹を蹴り上げる。
レオポルドはぐっと歯を食いしばり耐えた。

両手を鎖で繋がれ、無理やり立たされている以上、何をされようと倒れることはない。


・・・大丈夫。もう少しだ。


あそこは厳重に見張られているが、今なら手薄になっているだろうから、影たちならきっと見つけられる筈。


だから、もう少しだけ耐えろ。


きっと、ライナルファ侯爵家にも知らせが行っている。もうすぐ来る。きっと、来てくれる。

だから、それまで。


そうだよ。
自分が蒔いた騒動の種くらい、自分でケリをつけろって。
お前はそう言ってたよな、レンブラント。


「・・・っ!」


再び意識が飛びそうになり、頭から冷水を浴びせられる。


髪からぽたぽたと雫が落ちた。

レオポルドは頭を軽く振り、滴る水をはらう。


「・・・」


こんな時だというのに、思ったよりも冷静に事態を分析出来ている事に、レオポルドは嬉しくなった。


散々レンブラントには馬鹿だ馬鹿だと罵られた。だが、少しは脱却出来たということだろうか。

そうだと良いけれど、などと呑気に考えれば、場違いにもうっかり口角が上がりそうになり、慌てて表情を引き締める。


元を正せば、この事態だって自分が上手く表情を隠せていなかったのが原因だ。
そのせいでこれまでの計画全てが失敗に終わっては意味がない。そうなったら、自分は本当に、レンブラントの言う通りのただの馬鹿で終わってしまう。


--- せいぜい頑張れよ


別れ際にかけられたレンブラントの言葉が頭をよぎる。


ああやって人を馬鹿にした風を装って、でもいつも最後まで、なんだかんだと面倒をみてくれる天の邪鬼の幼馴染み。

レオポルドにとって、レンブラントはちょっと煙たくて、面倒で、怖くて、頭が上がらない相手だった。

好きか嫌いかで問われれば好きで、でも一緒にいるのは苦手で。

妬みとかやっかみとかは一切ないけれど、ただ水と油のように反りが合わない。

だから、こちらからわざわざ近づく事はなく、それはまたレンブラントも同じだった。


それがどうだ。

ベアトリーチェに頼まれたとはいえ、ライナルファ侯爵家が一方的に困っていただけなのに、レンブラントの方から手を差し伸べてくれた。


ライナルファ侯爵家うちに情報を提供し、レオポルドのために手筈を整えお膳立てをし、やるべき事やその方法まで教えてくれた。

なのに、そのレオポルドは、ふた月ほどでドジを踏んで捕まってこの始末だ。


--- せいぜい頑張れよ


こちらに背を向けたまま。
だが、レンブラントは確かにそう言った。


レオポルドは唇を噛み締める。


・・・勿論だ、レンブラント。せいぜい頑張るとも。


せめて、ここでこいつらの気を引いてやる。


そうさ、囮くらい俺だって。


「・・・なかなかしぶといな。よほど痛い目に遭うのが好きなのか」

「・・・」


そんな訳がないだろ、とレオポルドは心の中で返し、キッとザカライアスを睨みつける。


その時、扉をノックする音が響いた。


ガチャリという音と共に、「失礼します」と扉の向こうから男が顔を覗かせた。


「ザカライアスさま、バルテです。あの、例の奴隷が何か白状したか確認して来いと、テセオスさまが」

「・・・ああ、バルテか。いや、まだコイツは何も」


バルテに答えるために振り向いたザカライアスは、レオポルドに背を見せる。


・・・バルテ・・・!


ふっ、とレオポルドの口角が上がる。


やっと、来た。来てくれた。


レオポルドは、両手首に繋がれた鎖を力強く握りしめると、足に力を込め、ザカライアスに向かって思い切り振り上げる。


彼がザカライアスを壁に蹴りつけたのと、バルテが室内にいた使用人たち二人を暗器で制圧したのは、ほぼ同時だった。


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