【完結】 いいえ、あなたを愛した私が悪いのです

冬馬亮

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日常の非日常

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カーテンの隙間から漏れる朝日に、ベアトリーチェは目を細めた。


昨日、久しぶりに街に出かけた割に、身体の調子はさほど悪くない、少し怠いだけだ。

ここ最近の体調の好転は目を瞠るものがある、とベアトリーチェ本人も感心する。これもきっと、エドガーの配慮のお陰なのだろう。

巻き戻り前は、卒業間近の頃になると学園に通うのも難しい日が続いていた。
なのに今は、街歩きをしても倒れないなんて。


寝床から起き上がったベアトリーチェは、ここで室内の様子がいつもと違うことに気づく。


通常、就寝中は一人で過ごすものだ。なのに人がいる、それも二人。

自分が寝ていたベッドの側の椅子には、背もたれに体を預けて眠る侍女。
そして、ベランダに続く窓に寄りかかり、剣を抱えたまま眠っているのは、エドガーだった。


「え・・・と。これは、どういうことかしら・・・?」


普段ならばあり得ない状況、しかも、あの温厚なエドガーが剣を抱えているのだ。違和感は拭えないし、物騒極まりない。

どこをどう見ても、侵入者か何かを警戒していたことは一目瞭然だ。


「・・・」


つまり、自分が知らないだけで、何かあったという事だ。


そう心の中で結論づけたベアトリーチェは、そっとベッドを抜け出した。

二人を起こさないよう足音を立てずに扉に近づく。
そして、そっと扉を開けて廊下側を覗いてみれば、思った通り、そこにも護衛が一人立っていた。居たのはマルケスだ。

こちらは、さすがは本職だけあって眠そうな素振りもないけれど。

でも、マルケスは侯爵家の影だ。普通ならばこんな使い方はしない。


「・・・」


マルケスは一度黙礼を寄越したきり、視線を前を戻したままこちらを見ようともしない。事情を話す気がないのは明らかなので、ベアトリーチェは仕方なく扉を閉じた。


これは、絶対に何か事件が起きたとベアトリーチェは確信した。だが、何が起きたのかが分からない。


不安ばかりが募る中、窓にもたれて眠るエドガーの姿が再び視界に入る。


今日の午後にはドリエステに戻る予定の彼が、こんな風にろくに休息も取れない形で夜を過ごしたのはよろしくない。取り敢えず、起こして客室に戻る様に言おう、そして休んでもらわなくては。


そう思い、眠りこけるエドガーの傍に膝をついた。

そっと肩に手を置き、優しく揺する。


「ん・・・」


気怠げな、少し掠れた声が、エドガーの薄い唇から溢れ落ちた。

滲む色香に、意図せずどきりと心臓が跳ねる。


そもそも目の前の光景自体が珍しいのだ。

エドガーと剣という取り合わせは、長い付き合いのベアトリーチェでさえ、あまり見たことがない。エドガーと言えば本、そう決まっていた。

その上、目の前のエドガーは。


「・・・」


ベアトリーチェはちらりと視線を落とす。

両の手は床に立てた剣に預けたまま、シャツのボタンは三つほど外されていて、鎖骨が露わになっている。

その胸元の白さがベアトリーチェの視線を彷徨わせた。どこを見たらいいのか分からなくて、ちょっと困るし、落ち着かない。

俯いたせいではっきり見える睫毛は、朝日を浴びて頬に陰影を作り出す。見慣れた理知的な広い額には、真っ直ぐな銀色の前髪が無防備に落ちていた。

ベアトリーチェは思わず手を伸ばし、その前髪をそっと掬い上げる。

幼い頃から知っている筈なのに、これまで一度もエドガーの髪に触れたことはなかった。エドガーはいつも頭を撫でる方で、ベアトリーチェはいつも撫でられる方だったから。

触ってみて、初めて知る。
絹糸にも見える真っ直ぐで艶のある銀髪は、意外としっかりしていて少しばかり硬い。

やっぱり男の人なのだと変なところで感心した。


そう。エドガーは男の人なのだ・・・


などと、ぼんやり考えていれば、銀色の睫毛がふるりと揺れる。

あ、と思った時には、目の前に藍色の瞳があった。


「うわ・・・っ」

「あ、れ・・・? アーティ・・・?」


寝ぼけているらしく、ぱちぱちと何回か目を瞬かせ、だが直ぐにベアトリーチェに向けてふわりと笑う。

よく知っている筈の、深い海のような爽やかな藍が柔らかく細められる。それは、いつもと同じで優しく穏やかだ。

なのに、ベアトリーチェは何も言えずに固まってしまう。


数十秒ほどの間の後、ぼっと頬を赤く染めたベアトリーチェが勢いよく後退る。それを見たエドガーがやっとこれが夢でないことに気づいて同じく頬を朱に染めた。


そんなどこかとぼけた二人は、しばらくそのままの状態でさらに数十秒ほど見つめ合うことになる。
この後、我に帰った二人は身支度を整え、朝食の席で再び顔を合わせるが、少しばかり決まりが悪い。

なんとなくソワソワと落ち着きがなかったベアトリーチェだが、ここでもまた、違和感の種が落ちている事に気づく。

食堂にいたのは、ベアトリーチェとエドガーの二人を除けば、母とストライダム侯爵家当主である父、ノイスだけ。


そこに、いつもいる筈の兄、レンブラントの姿はない。


さり気なく理由を尋ねるも、私用で席を外していると、それだけを返された。

朝からいないのに、仕事ではなく私用。
ベアトリーチェは引っ掛かりを覚えるも、どうやらノイスはそれ以上の事を教えるつもりはないらしい。レンブラントに関しての話はそこで終わりとされた。

そして、朝食後に軽く仮眠を取ったエドガーは、今度はドリエステに戻る日を延期すると言い出した。


レンブラントが戻って来るまでは、ずっとベアトリーチェの側にいるのだ、と。

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