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救いは思いもかけないところから
しおりを挟む「ご苦労だった」
その声は、レンブラントだった。
岸で待機していたレンブラントたちがロープを投げ、それを掴んだレオポルドたちを引っ張る。
そうしてようやく岸に上がったレオポルドは、地面に手をつき、肩で息をした。
意識を失っていたアレハンドロとナタリアは、簡単な処置の後、兵たちによって搬送された。
「そんなボロボロの身体で、よくもまあ真っ先に飛び込む気になったものだ。恋人の目の前で他の男と抱き合って川に落ちた女なぞのために」
「・・・」
「どうしても行きたそうだったから止めはしなかったが、お前も一応怪我人なんだぞ」
そう言うと、レオポルドの頭の上にぱさりとタオルを投げて寄越した。
無言で頷き、髪を拭く。
睡眠不足のせいか、あるいは疲労のせいなのか、頭が割れるように痛かった。
「・・・まあでも、ちょっと驚いたよ」
レンブラントの声が、ぽつりと頭上から落ちてくる。
「あの時、お前は直ぐに勢いで飛び込もうとはしなかった。昔のお前だったら、色々ガチャガチャと身体にくっ付けたまま躊躇なく飛び込んでただろ。それで、さっさと溺れてた」
本人は褒めているつもりなのだろうか、側から聞くと貶しているとしか思えないが。
「考えろって・・・考えてから動けって、レンブラントが言ったんじゃないか」
思わず苦笑しながらそう返すと、レンブラントはくく、と喉を鳴らす。
見上げれば、レンブラントが楽しそうに笑っていた。
「少しは変われたんだな。良かったじゃないか」
「・・・」
ぽかんと口を開けて自分を見上げる姿に、レンブラントが首を傾げる。
「? なんだ? 呆けた顔をして」
「いや・・・レンブラントが笑ってるから」
む、とレンブラントが眉間に皺を刻む。
「・・・俺だって笑うことくらい普通にあるぞ」
「初めて見た気がする」
「・・・そんな事はないだろ。何年お前の幼馴染みをやってたと思うんだ。さすがに笑った顔くらい見てるだろうが」
「いや、それはそうなんだけど」
レオポルドは、自分が感じた事を確かめるように、う~んと首を傾げながら言葉を継いだ。
「なんて言うか、今まで見てた笑顔とは違ってたような気がして。ほら、レンブラントって、いつもこう、皮肉っぽい笑みって言うか、冷笑って言うか、なんか嫌な感じの笑顔を浮かべてたから」
「・・・嫌な感じ、ね」
「あ」
言葉を繰り返され、レオポルドは自分の失言を悟る。
謝ろうとして再び口を開く前に、レンブラントが先を越す。
「まあ、そうだったかもな」
「・・・へ?」
「俺、お前のこと苦手だったから」
そう真顔で返され、レオポルドの胸がちくりと痛む。
そんな事はとっくの昔に知っていたのに何で今さらと、レオポルドはどこか冷静にそんなことを考える。
でも自分もレンブラントには苦手意識を持っていた。もう今の自分にそんな感情はないけれど。
だけど、レンブラントはそうじゃない。
自分は物事の機微も分からない男だし、随分と面倒をかけている自覚はある。そりゃあずっと嫌だったろう。
いつもなら、きっとここで素直に傷ついた顔をした。でもレオポルドは笑ってみせる。
「ああ、やっぱり? まあ、そんな気はしてたけどさ」
自分は変わる、そう決めたのだ。傷つかない振りで軽口も叩ける。
「ほう、気がついてたのか。俺が思ってたよりも随分と気が回せていた様だ」
「レンブラントがあからさまだっただけだろ。あんだけ嫌われてれば、さすがに俺でも気づくって」
それでも、さすがにレンブラントの顔を見られなかった。けれど明るい口調は崩さずに言えた気がして安堵する。
なのに。
レンブラントは呆れたように溜息を吐く。
「前言撤回。やっぱりお前は何も分かっちゃいないな」
「・・・え?」
驚いて顔を見上げる。
真っ直ぐに見下ろすレンブラントと目が合った。
「俺は苦手だったと言ったんだ。嫌ってはいない、と言うか、嫌いだったことは一度もない」
「・・・」
「言葉は正確に聞け。まったく・・・ちょっと見直したらすぐこれだ」
「嫌いじゃ・・・ない、嫌いじゃなかったんだ」
「苦手だったがな」
「・・・ははっ、そうか・・・苦手だったのか。そうか、良かった・・・っ」
「なんで良いんだよ。変な奴だな」
呆れたような声が頭の上から降って来る。
でも、声だけで、レンブラントが今どんな表情をしているのか、レオポルドには何となく分かるような気がして。
胸が、少し軽くなる。
「良かった」
レンブラントに文句を言われたにも関わらず、レオポルドはもう一度その言葉を繰り返す。
ナタリアのこと、アレハンドロのこと、父との話し合いや、これから自分はどう動いてどんな判断を下すべきなのか。考えなければいけない事は山ほどあった。
最初にレンブラントからアレハンドロの話を聞いた時、レオポルドは激怒した。アレハンドロは身勝手だと、傲慢で許し難い悪党だと嫌悪して。
そんな生き方は人として許されない、許してはいけない、悪の権化だと心の底から蔑んだ。
そんな醜悪な男から、無垢なお姫さまであるナタリアを守らなければと決意を新たに潜入したのだ。
なのに、物事はレオポルドが思っていたよりもそう単純ではなくて。
粉々に砕かれ、床に落ちていたナタリアへの贈り物。
なんの躊躇もなく欄干を蹴ってアレハンドロの胸へと飛び込んだナタリア。
意識を失ってもなお全身で守るかのようにナタリアを抱きかかえていたアレハンドロ。
全てが綺麗に片付いたと思っていたのに、その中のたった一つが解決しただけだと思い知った。
執着し、傷つけておきながら、ナタリアを宝物のように扱うアレハンドロの姿が。
執着され、傷つけられていながら、それでもまだアレハンドロから離れられないナタリアの姿が。
頭から離れず、頭の中はぐちゃぐちゃで。
そんな中、レンブラントの言葉が妙に胸の奥底にまで届いて、なんだか嬉しくて、ほっとして。
レオポルドは、少し、ほんの少し、救われた気がした。
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