【完結】 いいえ、あなたを愛した私が悪いのです

冬馬亮

文字の大きさ
61 / 128

あの頃と今と

しおりを挟む

レオポルドは、エントランスに出迎えに現れた執事と言葉を交わすと、そのまま自室へと向かった。

ソファに腰を下ろし、午前中に聞いたばかりの話を反芻する。

何度も何度も、噛み締めるように繰り返す。

時間の巻き戻りという信じ難い話。
それから、あのレンブラントの言葉も。


--- あの時のお前はそうしたんだよ、レオポルド


信じられなかった。
信じたくなかった。


だけど、もしあのままアレハンドロにしてやられて、ライナルファ家が傾いて。

有力な家と婚姻を結ばねば立ち行かなくなったとしたら。

そしてその時にもし、ベアトリーチェが手を差し伸べてくれたら、自分は、自分はきっと。

白い結婚でいい、ナタリアを裏切らなくて済む、ベアトリーチェの寿命が尽きた時には後妻としてナタリアを迎えられる、そう言われたら。


「・・・」


固く拳を握りしめた。
キリキリと手のひらに爪が食いこむ。


レンブラントは、お前レオポルドは変われたと言ってくれた。少しだけ、ほんの少しずつ、それでもちゃんと変われていると。

だけど、だから分かってしまう。
確かに、ほんの少し前の自分ならきっと。

きっと、ベアトリーチェの言葉をそのままを受け入れて、なんの疑いもなくただ甘えて、自分を偽らずに済んだと喜んでいたかもしれない。


「・・・その時は、レンブラントが俺のこと苦手に思うくらいじゃ終わらなかっただろうな。きっと、最低最悪の大馬鹿野郎にしか見えなかったに違いない」


背もたれに寄りかかり、深く溜息を吐く。


あの時のお前は ーーー そう言ってくれたレンブラントに、少し救われた。

今のお前は違うだろ、そう言って貰えたような気がしたから。


目をぎゅっと瞑る。

ここで怯んで考えるのを止めてはいけない。

ベアトリーチェには記憶があって、レンブラントはその記憶について聞いて知っている。

盛大に嫌われて避けられても仕方ないのに、ベアトリーチェもレンブラントも自分に手を貸してくれた。

だったらせめて、それに応えたい。
少しくらい、もう少しくらい、変わりたい。変わってみせたい。


どうしたらいい。
どうすればいい?


巻き戻り前のナタリアはアレハンドロではなく自分を選んでいた。
あの話は、つまりそういう事だろう。アレハンドロが薬を使ってまで自分とナタリアが再婚するのを阻止したかったというのなら。

ではなぜあの時は、誘拐された時はそうではなかったのか。

なぜナタリアはアレハンドロの後を追い、自分の制止の声を振り切ってあいつの胸に飛び込み、一緒に川に落ちて行ったのか。

潜入調査で会えなかった期間がそうさせたのか、手紙やペンダントなどでは到底不安が拭えなかったのか。


包帯の上から、ふさがりかけた傷をそっと撫でる。


久しぶりに見た彼女は・・・特殊加工を施したガラス越しに見た彼女は、どこか違う人のようだった。


入室したレンブラントを見て、あの時の使者の方、と驚いて頭を下げて。


ポツポツと、時に口籠もりながら、それでも必死に言葉を探して。

時間が巻き戻る前の世界では、私がベアトリーチェさまを殺したそうなんです、と悲しげに口にした。

薬を盛られての凶行とはいえ、ナイフで滅多刺しにするなんて酷いですよね、と自嘲気味に。

親友だったそうなんですよ、ベアトリーチェさまと私は。アレハンドロがそう言ってました。


泣き虫のナタリアは、そんなことを言いながらやっぱり涙を溢していたけど、でもその姿はどこか自分の知っているナタリアとは違っていて。


レンブラントがベアトリーチェの兄だと知ったナタリアは、更に恐縮して何度も何度も頭を下げて謝罪していた。

あんなに心配してくれたのにごめんなさい、と。

あなたに忠告して貰えたお陰で家のネズミを捕まえられたんです、でも私が出来たのはそこまででした、結局こうなってしまいました、と泣き笑いのような表情で。


ナタリアが口にした事柄の意味の半分も分からず、耳だけは音を拾っているのに頭はそれを理解することを拒んで、そうしていたら、いつの間にか聴取も終わっていて。


訳も分からないままレンブラントに噛みついて、あっさりと事実を突きつけられた。


あれは妄想でも何でもない。消し去られた時の記憶の話だ。

変わらなければ、きっとまた犯していたであろう愚かな決定だと。


考えろ。

自分は何をするべきなのか。


考えろ。

自分に足りないものを知った。

もう、間違いたくはないんだ。

だから。



「・・・」


そのまま思考の淵に沈み続けたレオポルドは、夕食の用意が出来たことを伝えるノックの音にはっと我に帰った。


いつの間にかに日は沈み、カーテンも引かずにいた窓の外は真っ暗になっていた。


「・・・よし」


姿勢を正し、立ち上がる。


そうだ。
まずはここから。
ここから始めなければ。


自分にしかつけられない始末がある。


扉を開け、そこに立っていた執事に伝言を頼む。


「夕食後、父に時間を取ってほしいと伝えてくれ」


話したい事があるから ーーー と。

しおりを挟む
感想 57

あなたにおすすめの小説

私は貴方を許さない

白湯子
恋愛
甘やかされて育ってきたエリザベータは皇太子殿下を見た瞬間、前世の記憶を思い出す。無実の罪を着させられ、最期には断頭台で処刑されたことを。 前世の記憶に酷く混乱するも、優しい義弟に支えられ今世では自分のために生きようとするが…。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめる事にしました 〜once again〜

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
【アゼリア亡き後、残された人々のその後の物語】 白血病で僅か20歳でこの世を去った前作のヒロイン、アゼリア。彼女を大切に思っていた人々のその後の物語 ※他サイトでも投稿中

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

私があなたを好きだったころ

豆狸
恋愛
「……エヴァンジェリン。僕には好きな女性がいる。初恋の人なんだ。学園の三年間だけでいいから、聖花祭は彼女と過ごさせてくれ」 ※1/10タグの『婚約解消』を『婚約→白紙撤回』に訂正しました。

許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください> 私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

処理中です...