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あの頃と今と

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レオポルドは、エントランスに出迎えに現れた執事と言葉を交わすと、そのまま自室へと向かった。

ソファに腰を下ろし、午前中に聞いたばかりの話を反芻する。

何度も何度も、噛み締めるように繰り返す。

時間の巻き戻りという信じ難い話。
それから、あのレンブラントの言葉も。


--- あの時のお前はそうしたんだよ、レオポルド


信じられなかった。
信じたくなかった。


だけど、もしあのままアレハンドロにしてやられて、ライナルファ家が傾いて。

有力な家と婚姻を結ばねば立ち行かなくなったとしたら。

そしてその時にもし、ベアトリーチェが手を差し伸べてくれたら、自分は、自分はきっと。

白い結婚でいい、ナタリアを裏切らなくて済む、ベアトリーチェの寿命が尽きた時には後妻としてナタリアを迎えられる、そう言われたら。


「・・・」


固く拳を握りしめた。
キリキリと手のひらに爪が食いこむ。


レンブラントは、お前レオポルドは変われたと言ってくれた。少しだけ、ほんの少しずつ、それでもちゃんと変われていると。

だけど、だから分かってしまう。
確かに、ほんの少し前の自分ならきっと。

きっと、ベアトリーチェの言葉をそのままを受け入れて、なんの疑いもなくただ甘えて、自分を偽らずに済んだと喜んでいたかもしれない。


「・・・その時は、レンブラントが俺のこと苦手に思うくらいじゃ終わらなかっただろうな。きっと、最低最悪の大馬鹿野郎にしか見えなかったに違いない」


背もたれに寄りかかり、深く溜息を吐く。


あの時のお前は ーーー そう言ってくれたレンブラントに、少し救われた。

今のお前は違うだろ、そう言って貰えたような気がしたから。


目をぎゅっと瞑る。

ここで怯んで考えるのを止めてはいけない。

ベアトリーチェには記憶があって、レンブラントはその記憶について聞いて知っている。

盛大に嫌われて避けられても仕方ないのに、ベアトリーチェもレンブラントも自分に手を貸してくれた。

だったらせめて、それに応えたい。
少しくらい、もう少しくらい、変わりたい。変わってみせたい。


どうしたらいい。
どうすればいい?


巻き戻り前のナタリアはアレハンドロではなく自分を選んでいた。
あの話は、つまりそういう事だろう。アレハンドロが薬を使ってまで自分とナタリアが再婚するのを阻止したかったというのなら。

ではなぜあの時は、誘拐された時はそうではなかったのか。

なぜナタリアはアレハンドロの後を追い、自分の制止の声を振り切ってあいつの胸に飛び込み、一緒に川に落ちて行ったのか。

潜入調査で会えなかった期間がそうさせたのか、手紙やペンダントなどでは到底不安が拭えなかったのか。


包帯の上から、ふさがりかけた傷をそっと撫でる。


久しぶりに見た彼女は・・・特殊加工を施したガラス越しに見た彼女は、どこか違う人のようだった。


入室したレンブラントを見て、あの時の使者の方、と驚いて頭を下げて。


ポツポツと、時に口籠もりながら、それでも必死に言葉を探して。

時間が巻き戻る前の世界では、私がベアトリーチェさまを殺したそうなんです、と悲しげに口にした。

薬を盛られての凶行とはいえ、ナイフで滅多刺しにするなんて酷いですよね、と自嘲気味に。

親友だったそうなんですよ、ベアトリーチェさまと私は。アレハンドロがそう言ってました。


泣き虫のナタリアは、そんなことを言いながらやっぱり涙を溢していたけど、でもその姿はどこか自分の知っているナタリアとは違っていて。


レンブラントがベアトリーチェの兄だと知ったナタリアは、更に恐縮して何度も何度も頭を下げて謝罪していた。

あんなに心配してくれたのにごめんなさい、と。

あなたに忠告して貰えたお陰で家のネズミを捕まえられたんです、でも私が出来たのはそこまででした、結局こうなってしまいました、と泣き笑いのような表情で。


ナタリアが口にした事柄の意味の半分も分からず、耳だけは音を拾っているのに頭はそれを理解することを拒んで、そうしていたら、いつの間にか聴取も終わっていて。


訳も分からないままレンブラントに噛みついて、あっさりと事実を突きつけられた。


あれは妄想でも何でもない。消し去られた時の記憶の話だ。

変わらなければ、きっとまた犯していたであろう愚かな決定だと。


考えろ。

自分は何をするべきなのか。


考えろ。

自分に足りないものを知った。

もう、間違いたくはないんだ。

だから。



「・・・」


そのまま思考の淵に沈み続けたレオポルドは、夕食の用意が出来たことを伝えるノックの音にはっと我に帰った。


いつの間にかに日は沈み、カーテンも引かずにいた窓の外は真っ暗になっていた。


「・・・よし」


姿勢を正し、立ち上がる。


そうだ。
まずはここから。
ここから始めなければ。


自分にしかつけられない始末がある。


扉を開け、そこに立っていた執事に伝言を頼む。


「夕食後、父に時間を取ってほしいと伝えてくれ」


話したい事があるから ーーー と。

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