【完結】 いいえ、あなたを愛した私が悪いのです

冬馬亮

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救済は誰のため

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レンブラントは病院から一歩外に出ると、深く息を吐いた。


「これでようやく・・・か」


ナタリアの聴取で、巻き戻りを画策したのがアレハンドロだったと初めて知った時、レンブラントは説明しようのない焦燥に駆られた。


ベアトリーチェがどう庇おうと、最大最悪の敵としか見ていなかった男アレハンドロ。

よりにもよってその男が、ベアトリーチェが生き続ける道を開いてくれた人物だったとは。

当然ながら、アレハンドロはベアトリーチェの事など髪の毛一本ほども考えていなかったと分かってる。だが、それでも恩と感じてしまったのだから仕方ない。

アレハンドロの払った金貨七百枚が、今の健やかになりつつあるベアトリーチェへと繋がったのは確かなことで。

そして、その事に自分は、巻き戻り前の自分は、何の関わりもなかったというのもまた確実で。

それがどうしようもなく悔しかった。自分が情けなくて、腹が立った。

だが、レンブラントにも分かっているのだ。


「・・・金を返したからって、巻き戻しの功労者があいつである事に変わりはないのにな」


自嘲がレンブラントの口から零れ落ちる。

これは、ただの気休めだ。

そう。ただの気休め、つまらない自己満足。だけど。


どうしても、そうせずにはいられなかった。

せめて一度、線引きをしなくては前に進めない、そんな気がしたから。


「・・・ザカライアス。あの男はあの金をどうするだろうか」


アレハンドロのために使うのか。
それとも、あの男を選んだ自分の見立て違いに終わるのだろうか。


「それもいずれ分かる」


誰に聞かせるでもない言葉を吐いた時。

靴音と共に目の前に影が落ちた。


「レンブラントさま」

「・・・ああ、ニコラス。戻ったか」

「はい。お許しを頂き、ありがとうございました」

「構わん。屋敷に戻るぞ」

「はい」


馬車寄せに停めてあったストライダム侯爵家の紋章入りの馬車に二人が乗り込み、御者が馬に掛け声をかける。

馬車はゆっくりと走り出した。


「・・・あの男との話は上手くいったのですか?」

「ああ。俺が渡したかったものは渡せた。後は、あいつが何をどうしようと放っておくさ」

「そうですか」

「お前はどうだった、会えたのか?」

「・・・」

「会いに行ったんだろう、あの娘に。見つからなかったのか?」

「・・・いえ。会えました。裏庭で、病室用のシーツを干してましたよ」

「そうか」


馬車の走るガタゴトという音が、車内に響く。


「・・・何を話したか、お聞きにならないのですね」

「俺が聞くことじゃないだろ。業務に関わることでもないし。部下のプライベートにまで首を突っ込むような野暮はしない」

「そうですか」

「まあ、お前が相談に乗ってくれって言うんなら聞いてやるが」


向かい側に座る護衛に、レンブラントは意地悪そうに笑いかけた。


「・・・失礼ながら、レンブラントさまは御年二十二歳にして、まだ婚約者もおられない方ですよね」

「本当に失礼だな」


苦笑するニコラスに、レンブラントは肩を竦める。


「せいぜい一人で悩め」

「はい、そうします」


そのまま車内に沈黙が降りる。

窓の外の景色が緩やかに流れていく。
初秋の景色は、落ち着きと華やかさを伴って街並みを色づかせていた。


それきり窓の外を眺めていた雇い主に、ニコラスはずっともの言いたげな表情をしていたが、やがて思い切ったように口を開く。


「レンブラントさま」

「ん?」

「・・・レンブラントさまには、心から感謝しています。本当に・・・なんとお礼を言ったら良いか」
 
「・・・何の話だ?」

「俺を拾って下さったことです。学園を卒業出来なかった俺に、王国騎士団で出世する見込みはなかった。どれだけ努力しても、一生、平の騎士でいるしかありませんでした」


ニコラスは、そう言って深々と頭を下げた。


「下らない制度だよな。騎士団なんだから、剣技だけで測ればいいものを。貴族への優遇が過ぎる」

「そうですね。でも、それが分かっていても、あの時の俺には王国騎士団に入団するしか道はありませんでした。
だから、ストライダム侯爵家の私設騎士団に来るよう声をかけてもらえた時は、夢かと思いましたよ。給与面での事はもちろんですが、騎士の質の高さも有名でしたから。
普通なら、俺程度の腕で雇ってもらえる筈がないのに」

「さて、それはどうかな」


ニコラスは、少し戸惑うように一度口を噤み、少しの間逡巡してから、再び口を開いた。


「うちも・・・アレハンドロにやられたのでしょう?」

「・・・」

「きっと、うちが傾きかけたのも、今回のライナルファ家にしたのと似たような事を、あの男がしたからなんでしょう?」

「・・・どうしてそう思う?」


分かりますよ、とニコラスは苦笑した。


「レオポルドは、ナタリア嬢と恋仲だったと聞いています。そして、彼女と付き合い始めてから、あの家の事業が傾き始めた・・・うちと同じパターンです。
俺も、ナタリア嬢に好意を示す様になってから、うちの事業が立ち行かなくなった」

「・・・」

「そして、貴方が俺に声をかけて下さいました。騎士訓練科を一年しか修めていない剣技も未熟なこの俺に。名高いストライダム侯爵家の騎士団に来いと」


ニコラスは、真っ直ぐな視線をレンブラントに向ける。


「それでも、そもそもの原因は分かりませんでしたよ? 貴方がアレハンドロを追う姿をこの目で見るまでは全く」

「・・・」


レンブラントは黙ってただ首を軽く傾げる。


「ストライダム家は何の関係もないのに、貴方はまるで当事者のようにあの男と闘って下さいました・・・挙句に俺の救済まで」

「そんな大したものじゃない。こっちにはこっちの個人的な事情があったからな。便乗させて貰った、ただそれだけだ」

「だとしてもです」

「それに、お前は剣の才がある」

「・・・勿体ないお言葉」


ニコラスは、おもむろに立ち上がると車内の床に膝をついた。
そして、再び頭を下げ、右手を心臓の上に当てる。


「恩人であるレンブラントさまに心からの感謝を。そして、この命ある限り、貴方に全き忠誠を捧げることを、ニコラス・トラッドはここに誓います」


馬車の中で突然に始まった騎士の誓いに、レンブラントは呆れたように笑った。


「・・・救済などと言うそんな大した事はしていない。だが、お前の気持ちは有り難く受け取らせてもらう。今後の働きに期待しているぞ」

「は。誠心誠意お仕えさせて頂きます」


心から、心を込めて、そう言った。


そんな大した事はしていない、とレンブラントは言う。

だが、ニコラスにとってそれは本当に救済だったのだ。

順調だった家業が急に傾いて。
学園に通う金も払えなくなった。
好きだった女性とも会う機会がなくなり、志していた騎士という道にも希望はもはや見いだせず。

そこに一人の男の影があった事も知らず、また自分が好いた女性がその男に執着されている事も知らなかった。

何もかも、その男が仕組んでいたことも。


事は、自分が思っていたよりも複雑で、理由すら自分には理解し難くて。
訳も分からず、迷い、思い悩んだ。


だから今、自分の心の内を掴めず、どうしたいのかも分からないでいるのだ。


一度は心から想い、こいねがった女性が今、家族から逃れ、働きながら学園に通う姿に戸惑って。

諦め、捨てた筈の想いが未だ燻るように思うのも、また気の迷いなのだろうか。


もう騎士爵すら望めないと、貴族令嬢である彼女をいつか迎えに行くなどと言えはしないと、そう絶望したあの日を思い出す。

そして、本当にそれで良いのかと問い返す自分がいるのだ。


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