【完結】 いいえ、あなたを愛した私が悪いのです

冬馬亮

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秋明菊

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「本日はよろしくお願いいたします。メラニー・バートランドと申します」

「こちらこそお越し下さり感謝します、メラニー嬢。レオポルド・ライナルファです」


高く澄み渡る秋空の下、婚約を前提として、レオポルドとメラニーの一回目の顔合わせが行われた。


姉のヴィヴィアンと同じ金髪に紫の瞳。
小柄ながらもすらりとした身体に、ふんわりとしたモスリンのドレスがよく似合う少女だった。

同じ金髪、だが碧眼のレオポルドと並ぶと、まるで対の人形のようだ。

天気が良かった事もあり、二人はお茶を飲んだ後、庭園を散歩する。


メラニーは大人しい性格らしく、ずっと恥ずかしそうに俯いていた。

レオポルドが差し出した手に、そっと細い指を重ね、静かに隣を歩く。


「・・・」


レオポルドも話し上手な訳ではない。だが、メラニーはそれに輪をかけてもの静かな性格の様だ。

それでも、庭を歩く二人の間には、ぎこちなくはあっても不快ではない沈黙が降りている。


何も、言わないのか。


レオポルドの脳裏に、そんな言葉が浮かんでいた。




十日ほど前、レオポルドはメラニーの姉ヴィヴィアンに学園内で呼び出され、裏庭で会っていた。

ヴィヴィアンは、指定した昼休みに婚約者のアクィナスと一緒に約束した場所に現れる。

レオポルドと同じ騎士訓練科のアクィナスは、騎士団長の次男でレオポルドの同級生でもある。

彼は卒業後、嫡男がいないバートランド公爵家に婿入りする事が決まっていた。


「ライナルファさま。突然にお呼びたてして申し訳ありません。勝手を申しますが、私の婚約者の同伴をお許しくださいませ」

「いえ、周囲の誤解を招かないためにも、アクィナスの同席は必要でしょう。それで話とは」

「ええ。それはもちろん、私の妹メラニーのことですの」


ヴィヴィアンは、意志の強い瞳を真っ直ぐにレオポルドへと向けた。



レオポルドは、その時のヴィヴィアンの視線を思い出す。

それから、容姿は似ているものの、決して同じ強さを感じることはない、たおやかなメラニーを見遣る。


・・・姉君の方は社交的で意見もはっきりと言われる方の様だ。
対して妹君は、控えめで口数も少ない。


レオポルドの視線の先にいるメラニーは、微笑みを浮かべ、美しく咲き誇る花々を眺めている。



--- 貴方さまについて、私からは何も言うべきでないと思っておりましたの


裏庭で会ったヴィヴィアンは、眉を下げながらそう言った。


--- 実際にお会いしてみて、妹自身がライナルファさまに抱いた印象を大切にしてもらいたかったからですわ。だから、口を噤んでおりました


ですが、とヴィヴィアンは続けた。


--- どこの世界にも、余計な親切を焼きたがるお方というのはいらっしゃる様ですわ




予想していた事だ。人の口に戸は建てられない。

ナタリアとの別れを決意した時点で、醜聞になる事は覚悟していた。
 

だが、メラニーは本来ならそんな醜聞とは関係のない場所にいた。

いられた筈、なのに。



--- ライナルファさまとナタリアさまのご関係について、わざわざあの子に伝えた人がいた様なんです


困ったように佇むヴィヴィアンと、そんな彼女の肩に労わるように手を置くアクィナス。


寄り添う二人に、何か月か前までの自分とナタリアの姿を思い出し、胸が苦しくなって。



・・・違う。


レオポルドは頭を振った。

隣でメラニーが不思議そうに顔を上げる。



今、考えるべきはメラニー嬢の心情で。
捨てると決めた恋心ではない。


レオポルドは不器用なりに、必死に頭の中で考えを巡らせた。


どうすれば、メラニー嬢の不安を取り除ける?
つい数か月前まで他の令嬢と恋人関係にあった男と婚約を結ばされるメラニー嬢を、どうやったら安心させてあげられる?




--- もし・・・あの子が失礼なことを申し上げたとしても、どうか怒らないでやって下さいませ


そう言って頭を下げたヴィヴィアンに、レオポルドもまた深く頭を垂れ、そこで話は終わりとなった。





だから、今日は何か言われると覚悟して臨んだ。

罵られても、嫌味を言われても、ナタリアとの関係を揶揄されても、真摯に心を尽くして対応しようと思っていた。


だが、予想に反してメラニーは何も言ってこない。

聞かれないのにわざわざ話題にして良いものか、その辺りの機微は、まだレオポルドには難しくて分からない。


・・・レンブラントに相談しておけば良かった。



レンブラントに全幅の信頼を置くレオポルドはそう深く反省するが、実は彼に婚約者どころか恋人もいない事までは思い至らない。


とにかく笑え。

一緒に居て楽しいと、この時間を心地よく思っていることを分かってもらえるように。

メラニー嬢を、婚約者として迎えることに否定的な気持ちはないと伝わるように。


「・・・メラニー嬢」


レオポルドは笑みを浮かべ、メラニーの方へと顔を向ける。


「花は、お好きですか」


名前を呼ばれて顔を上げたところにレオポルドが優しく言葉をかけると、メラニーは少し照れながら首肯した。


「・・・見るのも、世話をするのも大好きですわ」

「そうなんですね。凄いな。俺は無骨者で、花の名前も種類もよく分からなくて」


そう、花の区別もつかないから、花束を贈るのも大変だった。何を贈ったら良いかも分からないから、ナタリアに好きな花をいくつか教えてもらったりして・・・


ここでハッと我に帰る。

何をしているんだ、俺は。

もうナタリアとは別れたのに。


「その、ここに、どれかメラニー嬢がお好きな花はありましたか」

「・・・そうですね」


メラニーは、視線を巡らせ、やがて一つの花を手で示した。


「この季節の花ですと、あちらでしょうか」


その手が指す方角の先には、真っ白の花。


「綺麗ですね。何という花だろう」

「秋明菊と言います。秋牡丹という別名もありますわ。とても品があって、華やかで、でも主張し過ぎないところが好きなんです」

「なるほど、勉強になります」


レオポルドはにこりと笑いかける。


メラニーは、そんなレオポルドを見上げると少し寂しげに笑みを返した。


「メラニー嬢。俺との婚約の話を前向きに考えてくれてありがとう。次回もこんな風にあなたと過ごせたら嬉しい」

「・・・」


メラニーは僅かに目を瞠り、言葉に詰まる。

それから、か細い声で「はい」と返した。



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