【完結】 いいえ、あなたを愛した私が悪いのです

冬馬亮

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それは誰のせい

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「そろそろおひるかな。おなかすいたな」


真上近くに昇った太陽を窓から見上げ、アレハンドロはお腹をさすった。


きっともうすぐ、ご飯を乗せたトレイを持った人がやって来る。


アレハンドロは両腕を使ってベッドの上に体を起き上がらせ、近づく足音に耳をすませた。


その足音は、思った通りアレハンドロの部屋の前でぴたりと止まる。


今日は誰だろう、ミルッヒかな、ミルッヒだといいな。


そんな事を思っていると、ガラリ、と扉が開いた。

そこでアレハンドロは目を見開く。


「・・・?」


その人を、アレハンドロは知っている。

ろくろく顔も合わせたことはなかったけれど、声だってそれこそ数える程しかかけてもらわなかったけれど。

でも確かに、その人に違いなくて。

なのに、自分が覚えているよりも、ずっと年を取っているように見えるのは何故なのだろう。


ギラギラとした目で睨みつけられながら、アレハンドロはぼんやりとそんな事を考えていた。








人目も気にせず病院の廊下を走るナタリアの目に、事務室の入り口で職員と話す男の姿が目に入った。

急に足を止めたナタリアは、勢いが殺せずに数歩よろける。
それに構わず、その人の名を呼んだ。


「・・・ッザカライアスさん・・・ッ!」

「・・・ナタリアさま?」


振り返ったザカライアスの手には二枚の金貨。

恐らく彼は、今月分の入院費用を支払いに来たのだろう。


額に汗を滲ませながら、ナタリアは直ぐに口を開こうとする。
だが、全力疾走した体は無駄に息を荒げるばかりで思うように声が出せない。


「あの、ナタリアさま? そんなに慌ててどうされました?」


胸を押さえ、息を整えようと深呼吸するナタリアの頭上から、気遣わしげな声が降ってくる。


もう平民になるのだから、自分に「さま」付けなんていらないのに、そんな今の状況とは関係ない一言が頭に浮かぶ。


違う、そんなことよりも今は。


「あ、の・・・を、・・・んで、ください」

「はい?」

「け、いご、の人を・・・呼ん、でくださ・・・わたし、は・・・あれ、はんどろ、の・・・部屋に、行ってきます・・・早く・・・」

「・・・ナタリアさま?」


胡乱な表情を前に、ナタリアはぐい、とザカライアスの服の裾を引っ張った。

もう少し待てば多少はまともに話せるようになるかもしれない。
けれど、どうしても嫌な予感が拭えない。

だから、そのままに言葉を継ぐ。

先ほどよりは少しましな口調で。


「は、やく・・・警護の方を、呼ん、で、アレハン、ドロの、ところに」

「・・・っ、分かりました・・・っ」


事情は飲み込めずとも、何か緊急であることを察したのだろう。

そして、途切れ途切れの言葉ながら、慕う主人アレハンドロの名前が含まれていた事に彼もここでようやく気がついた。

ザカライアスは入院費用を受け取ろうとしていた職員に何事かを言いつける。職員は不思議そうではあったが急ぎ足で奥へと向かい別の職員を呼んだ。

それを見たナタリアは、その場にザカライアスを残し、再び走り出した。

受付の奥で職員たちが目を丸くしている事など、今は気にしてはいられない。


早く。早く。
早く行かなくちゃ。

あの人がただの見舞いでここを訪れる筈なんてないんだから。

アレハンドロから搾取することしか考えていなかったあの人は。


ナタリアはもつれそうな足を必死に動かし、アレハンドロの病室へと走った。






目の前にまで近づいて来た男を、アレハンドロはじっと見上げる。


なんかシワがいっぱいある。あれ、こんなにあたま白かったっけ、などと思いながら口を開いた。


「お、とう・・・さま・・・?」


アレハンドロの口からぽつりとこぼれた言葉に、父親からは何の返事も返ってくることはなく。


かつては形式上だけでも示されていた筈の関心すら、今はもう微塵もなく消え去っていることを、記憶をなくしたアレハンドロは知らない。


憎しみというよりは憎悪そのものと言える眼差しで、マッケイ・レジェスはアレハンドロを睨みつけていた。


「大人しく金だけを稼いでいればよかったものを・・・」

「おとう、さま?」

「・・・お前のせいだ」


アレハンドロの血縁上の父親は、息子が自分を指す呼称が幼い頃のものであることにも気づかない。


きょとんとした顔で、滅多に会うことのない父親を見上げる息子の眼差しが空っぽであることも。

「おとうさま」と呼びながら、なんの感情もその表情に浮かんでいないことにも。


マッケイは。アレハンドロの父親は。
金づるとしか思っていなかった息子の犯した人生最大の失態によって、レジェス家が被った損失のことで頭が一杯だ。

あとは遊んで暮らせる筈だった。

もうすぐ四人目の愛人を迎える予定だった。

男爵籍も手に入れ、家族も仕事も全て思い通りになっていたのに。


それをこいつが。この愚息が。


「・・・全部、お前の」


マッケイは、懐に手を入れる。


「・・・お前のせいだ。お前のせいで、レジェス商会が乗っ取られてしまった・・・っ!」


ストライダム侯爵家まで出張って来ては、たかだか男爵のマッケイに何の抵抗も出来よう筈がなく。

監視の目が張り巡らされていて自由に動けない。今日だって、やっとのことで抜け出して来たのだ。


商会を取り戻そうとしても、全てが後手後手でもうやり様がなかった。


名ばかりの会頭職に何の意味があろうか。
全ての金が自分のもとに入って来ないのであれば。


こんな事になったのも、全て。


「・・・っ、お前の・・・せいだ・・・っ!」


そう。こいつのせい。
これが全ての元凶だ。


真上にまで昇った太陽の光をキラキラと浴びながら銀色に光る刃が振り上げられる。


まるで宝石のように光り輝くその輝きに、アレハンドロは、ただただ魅入っていた。

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