【完結】 いいえ、あなたを愛した私が悪いのです

冬馬亮

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これもまた一つの


ぱらり。


紙をめくる小さな音が図書館の静かな室内に響く。


レオポルドは、熱心に本を読み耽るメラニーを眺めていた。


・・・本当に、読書が好きなんだな。


そう素直にレオポルドは感心する。


伏せられたメラニーの長い睫毛は、降り注ぐ日差しが作る影を頬に落とす。

桜色の唇が僅かに綻んで見えるのは、この時間を楽しんでくれてるからだろうか。


そんな事を考えるレオポルドの前にも、もちろん本は置いてある。

読書に全く興味のないレオポルドが選んだのは、武器図鑑と剣術指南書の二冊。


対して、本好きのメラニーの前には六冊ほどの本が置かれ、既に一冊は読み終わっていた。


まずはこれだけって言うんだから凄いなと素直に思う。

自分だったら即行で寝てる。


現にレオポルドの方は、一番関心があるであろう本二冊を選んだにもかかわらず、二ページしか進んでいない。

脳筋と言われても仕方ないが、レオポルドは小さい頃から本よりも剣を振るう方が好きだった。


本と言うなら、あの二人だ。


レオポルドは二人の幼馴染みを思い出す。


体が弱く、娯楽と言えば読書しかなかったベアトリーチェと、そんな彼女にいつも影のように寄り添っていたエドガー。


二人が静かに木影に座り、本のページをめくる姿はお馴染みの光景だった。


小さい頃からあんなに仲が良かったのに、恋をしていたのがエドガーじゃなくて自分だったとか。

それを聞いた時には、ベアトリーチェも随分とズレた子だったんだな、という失礼な感想をレオポルドは抱いたものだ。


--- メラニーさまのお気持ちも分からないレオポルドさまに、そんなことを言われたくありません


思ったことを素直に口に出したら、そう怒られたけど。


--- だいたい私がレオポルドさまを好きだったことは、一生黙っているつもりだったのですよ?


--- なのに、レオポルドさまがそんな必死な顔でアドバイスを求めるから、例として言う羽目になったんです



そう言われて申し訳ない気持ちになった。

でも、あの日アドバイスをもらえた事は本当に良かったと今でも思う。

少しずつ、本当に少しずつ、メラニーのことを知っていって。

あまり豊かではない表情が、それでもその奥にある感情を映し出していると気づいたのは、交際を始めて三か月は経った頃だろうか。


ナタリアの時は、燃え上がるような恋だった。互いのことしか見えていなくて、誰がなんと言おうとこの想いを貫くことしか考えていなかった。

熱くて、ひたむきで、無謀で。
がむしゃらに、ただ闇雲に突進するだけの激しい恋。


今、メラニーとの間に生まれつつある感情はそんな猛々しいものではなく、もっと穏やかな、優しいもので。

見ていると心が落ち着く。
手を差し伸べたくなって。
笑ってくれたら嬉しくて。
傷つけはしまいかと怖くもあって。

一歩進んでは考えて、心配になって一歩下がる。進んでいる様でいない様で、でもやっぱり少しずつ距離は縮まって。

燃え上がるというよりも、ただポカポカと温かい。

でもきっと。
これもまた、一つの形の恋ではないかと、最近のレオポルドは思うようになった。


メラニーの気持ちはどうだろう。
ベアトリーチェが予想した通りだと良いと、レオポルドは思う。


本に集中している彼女は、レオポルドがずっと見つめていることにも気づかない。


ページをめくっては僅かに表情を変えていく。


あ、唇を少しすぼませた。
これは、難しい単語があったか、可哀想な場面があったときの彼女の癖だ。


僅かに眉間に皺が寄る。
展開が気に入らなかったかな。意外と登場人物に感情移入するんだよな。


目を見開いた。
話が予想と違っていたか。


そんな風に想像する方が、本を読むよりずっとレオポルドにとっては面白かった。


本はやっぱり好きじゃないし、読む気も起きないけど、こうしていると図書館デートも悪くないと思う。


静かに時が流れる中、メラニーが本を楽しむ様子を、レオポルドは眺め続けて。


ふとメラニーの視線が上がる。


「・・・っ」


目が合った。


にこり、と微笑むと、メラニーは目を見開いて、それから微かに頬を染めて。


「・・・ずっと見てらっしゃったんですか?」


そう恥ずかしそうに言った。


「本を読むより、君を見ている方が面白くてね」

「面白い・・・」


微妙な表情に、また言葉選びを間違えたことに気づく。


「ごめん。本当は可愛くてつい見惚れていたんだ」

「・・・」


メラニーは、ばっと本に顔を埋める。


これはあの秋明菊の花束の時と同じ。
彼女は照れた時、顔を隠す癖があるのだ。


良かった。
つまらない言い間違いをすぐ訂正できて。


メラニーの反応にレオポルドは安堵する。


最近いろいろと学習したレオポルドは、まずいと思ったらすぐに謝る事を学んだ。


言われなければ分からない、それはベアトリーチェからのアドバイスだった。



--- 私は巻き戻り前、レオポルドさまが好きでした。でもそれを口に出したことは一度もありませんでしたの


それはどうして、という問いに、ベアトリーチェはこう答えた。


--- 好きだからこそ、怖くて言えなかったのです。だって、ナタリアを愛していると知っているのに言える訳がないでしょう?


巻き戻り前の自分は、自分を好いてくれている人に随分と酷い仕打ちをしていたのだと改めて心が痛くなって。


でもベアトリーチェが言いたかったのはそこではないと言われた。


--- 考えてみて下さい。メラニーさまだって、ただの政略結婚の相手だと割り切ってしまえば終わる話なのです。でもそうなさらない。だから、もしかしたらその前提が間違っていたのかもしれません


え? と驚くレオポルドに、ベアトリーチェはこう続けた。


--- どうでもいい相手にどう思われても気にはなりません。先程の私の話を思い出して下さい


--- 相手の気持ちを確かめるのが怖いと思うのは、その方に好意を抱いているか、少なくとも憎からず思っているから


そう思いませんか、と問われ、レオポルドは目を見開く。


--- もしそうだったら、ナタリアの噂が本当かどうかレオポルドさまに聞くことなんて、メラニーさまには出来ませんわ



政略で自分と婚約させてしまった。
困らせている、嫌われてさえいるかも、そう思っていたから。

ベアトリーチェの言葉には、本当に勇気づけられた。

だけど、これまたやっぱりベアトリーチェの言う通り、レオポルドもメラニーの気持ちを確かめられていない。


とんだ勘違いだと、自分のことなどなんとも思っていないと、メラニーに言われるのが怖いのだ。


ああ、だけど今日こそは話をしなければいけない。


レオポルドは、隠すように本の中に埋められていた顔が再びゆっくりと現れる様を眺めながら緊張が高まっていくのを感じた。


レンブラントに散々怒られ、いろいろと考えた。

けれどやっぱり結論は同じだった。

ナタリアではなくメラニーを大切にする。
それは勿論、そうなのだけど。
それが覆ることは、絶対にないのだけれど。


だからと言って、ナタリアがどうなってもいいという訳じゃないから。


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