【完結】 いいえ、あなたを愛した私が悪いのです

冬馬亮

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いいと言ってくれたなら

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「ち、違うから・・・っ!」

「・・・え?」

「今、メラニー嬢が思ってること、ぜ、絶対に違うからっ!」



メラニーは目を見開く。

レオポルドの顔は真っ青だ。


「なんか、なんか悪い想像してるだろ。それ違う。きっと、絶対、違うっ。俺は・・・俺は、今はメラニーしか見てないから・・・っ!」

「・・・」

「・・・あ、」


気がつけば、レオポルドは叫んでいた。
何日も前から考えていた台詞は、全て頭の中から吹っ飛んでいた。


ちらりと視線を送れば、向かいに座るメラニーは硬直している。


・・・なんだ、これ。
俺、ものすごく格好悪くないか。


レオポルドの顔は真っ赤に染まり、へたりと椅子に座り込む。


「いや。違う。これも違うぞ。こんなんじゃなくて、その」

「・・・違うの、ですか」


ぽつりと溢れたメラニーの言葉に、レオポルドは更に落ち着きを失う。


「違うって言うか、これとは違うっていう意味で」

「やはり・・・違うんですね」

「いや、違わないんだが、でも違うんだ」

「・・・仰る意味が、よく分かりません」

「そうだよな。ごめん、なんか俺もよく分からなくなってきた」


取り敢えず落ち着こうと、レオポルドはテーブルの上のお茶を勢いよく呷り、淹れたばかりの熱いお茶に、目を白黒させる。


涙目で無理やり飲み込むと、向かいの席から微かな笑い声が聞こえた・・・気がした。


顔を上げると、それはやはり気のせいなんかではなく、口元を手で押さえてメラニーがくすくすと笑っている。

いつも控え目な彼女は、一瞬だけ見せる笑みや微笑しか見たことがなくて。

こんな風に笑う姿を見るのは、レオポルドにとって初めてだった。


メラニーが、あんな、笑顔で。


正確に言うと笑われた・・・・になる筈なのだが、今のレオポルドは初めて見るメラニーの満面の笑みに気を取られ、羞恥も忘れる。


「・・・ふふっ、もう」


口元を押さえる指の隙間から、真っ白な歯が覗く。


「レオポルドさまは、本当に予測がつかないお方ですね」


もしかしたら、笑い上戸だったのだろうか。
なかなかメラニーの笑いは止まらず、しばらくの間、肩を震わせて笑っていた。


「・・・」


こうなって来ると、却って気持ちの余裕が出て来るものである。

レオポルドにも少し落ち着きが戻った。


「・・・あの、メラニー嬢。君のことをメラニーと呼んでもいいだろうか」

「・・・はい? ・・・えと、はい」


会話が中断した後の最初の一言がそれだったことが意外だったのだろうか。メラニーは一度聞き返して、それから頷いた。


レオポルドは咳払いを一つして、真面目な顔を取り繕った。


「ええと、ではもう一回、やり直させてもらいたいんだけど」

「・・・分かりました」


メラニーの顔からは、もう不安の色は消えていた。


「では、その大切なお話を伺います」

「ああ」


レオポルドはぐっと拳を握りしめ、今度こそ考えてきた台詞を口にする。


「まず、礼を言いたい・・・こんな俺と婚約してくれて、ありがとう」

「・・・」

「前に付き合っていた女性がいると、君の耳にも入っているんだろ? なのに、今まで何も聞かずに俺の側にいてくれた」

「・・・いえ、そんな」

「確かに、俺はその人のことを真剣に愛していた。でも、今の俺の心には君しかいない・・・始まりは政略による婚約だったとしても、君は俺の想像以上に、その、か、かわ、可愛いらしく、て」


一生懸命に考えて、何度も何度も練習して。
練習ではすらすらと言えていた事が、肝心なところでつっかえる。


何故かメラニーの顔を見て話せなかった。

そのまま、少し俯いたまま、レオポルドは言葉を続ける。


「君を、幸せにしたいと、思ってる。いつも、君のその、柔らかい笑顔を傍で見ていたい。もっと、花の名前を教えてもらいたい。俺は、きっと、君が・・・メラニーが」


心臓がどくんどくんと煩い。


ごくりと唾を飲んだ。


「・・・好きなんだと、思う」


レオポルドはぎゅっと目を瞑り、向かいに座る少女の返答を待った。


だが、いつまで経っても静寂は破られないまま。


憎からず思ってくれてる、筈。
いや、でもまさか、ベアトリーチェの予想が、外れてた・・・とか?


「・・・メラニー?」


レオポルドが恐る恐る視線を上げると。


「・・・」


照れると顔を何かに埋めてしまうのは、彼女の癖で。

埋めるものが何もない時は、そっぽを向いてしまう。


でも、今日の彼女はこちらを向いたまま、空っぽの両手で顔を覆っていて。


・・・物とかで隠せてないから、指の隙間のあちこちから、真っ赤に染まった肌がよく見える。


照れて、くれた。
好きだと言ったら、照れてくれた。


「・・・ふ・・・」


顔を覆ったまま、メラニーが口を開く。


「え?」

「不愉快に思うかもしれない話と仰られたので、私はてっきり・・・もっと違うお話かと思っていたのです」


ああ。それであんな顔を。


「・・・ごめん、実は話はもう一つあるんだ」

「・・・もう一つ?」


顔を覆っていた手が、ゆっくりと降ろされる。


「不愉快に思うかもしれないっていうのはこっちの方。でも、君に隠れてコソコソ動くような真似はしちゃいけないと、思ったから。だからどうしても聞いてもらいたくて」

「・・・」


レオポルドは、胸ポケットから封筒を取り出した。

メラニーは、不思議そうに差し出された封筒を見つめる。


普段、レオポルドがメラニーに手紙を送る時のものとは違う、真っ白で柄も飾りもついていない封筒だ。


「この手紙、俺が書いたものなんだけど、まず中身を確認して欲しい」

「え、と。かくにん、ですか?」

「ああ」

「あの、それはつまり」

「開けて読んでみて」


レオポルドは真っ直ぐにメラニーの目を見つめた。


「読んでみて、出してもいいと君が思ってくれたら、送りたいんだ・・・ナタリアという女性に」


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