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認めざるを得なかった
しおりを挟む自分から別離を宣言したつもりになっていたからだろうか。
ナタリアは暫くの間、頭の中の混乱を収めることが出来なかった。
・・・自分だって、どうせあとひと月もしないうちに、ここを出て行く予定だったのに。
まるで、捨てられたような気持ちになるのは何故だろうか。
「・・・アレハンドロ・・・」
優しくて、意地悪で、執着心が強くて、ずっとナタリアを捉えて離さなかった。
だから、こんな風に糸がプツンと切れるように会えなくなるとは思っていなかったのだ。
看護学校の試験日の三日前になったら、ここを出る予定だった。
その時は、アレハンドロにも、ちゃんと挨拶をするつもりだった。
こんな、学園から帰って来たら病室が空っぽになってるなんて、思いもしなかった。
転院先については、ここにも届け出がしてあるらしい。臨時の手伝いにしか過ぎないナタリアに、それを知る権利はないけれど。
ただ、他のスタッフたちがアレハンドロのことを話しているのを聞いた。
届けてあった転院先の病院には行ってない、と。
--- カルテの写しは渡してあるから治療や介助を受けるに不便はないだろうけど、何か事情があったのかしらね、急に他の所に変えるなんて
これまでにもそんなケースが全くなかった訳ではないらしい。訝しがりながらも、それ以上の詮索はしていなかった。
だけど、病院に残された唯一の情報である転院先にいないとしたら。
ナタリアはもう、アレハンドロに会う伝手はないという事になる。
--- だからアレハンドロ
その時が来たら、私はあなたから離れるわ ---
「・・・馬鹿みたい」
ナタリアは、空っぽの病室の前で呟いた。
自分にしか、別れを告げる権利がないと思っていたなんて。
いつだって、これまでだって、ずっとアレハンドロは狡くて、いつもナタリアを好きなように翻弄してきたのに。
「・・・切り替えなくちゃ」
明日には、ここに新しい患者が入って来る。
もうアレハンドロはここにいない。
そして、アレハンドロは、きっとナタリアに二度と会うつもりはないのだ。
「・・・なかなか良い家じゃないか」
アレハンドロは、ぐるりと室内を見回してそう呟いた。
「恐れ入ります」
ザカライアスが頭を下げる。
そして、彼の合図で数人の男女が現れた。
「こちらの者たちが、当面アレハンドロさまのお世話を担当いたします。家の管理を任せる執事を除いて、他は全て医療の知識がある者たちばかりです」
「そうか。よろしく頼む」
壁際にずらりと並んだ執事、および使用人兼看護師たちが一斉に頭を下げる。
自己紹介と顔見せが終わってそれらの者たちが出て行くと、室内はアレハンドロとザカライアスの二人きりとなった。
「・・・あまり期間の余裕もなかったのに、よくやってくれた。金は大丈夫か?」
「はい。例のものから使わせて頂きました」
「・・・そうか」
アレハンドロの記憶が戻ってから、ザカライアスは、レンブラントから渡された金貨七百枚について主人に報告していた。
ザカライアスにとっては訳もわからず押し付けられた大金ではあったが、アレハンドロならもしや覚えのある話かもと思ったからだ。
そしてどうやらそれはその通りで、アレハンドロはレンブラントが金貨の詰まった袋をザカライアスの目の間に積み上げたと聞いた時、なるほどねと笑い出した。
驚くザカライアスを横目に、ケラケラと。
可笑しくて堪らなかったのだ。
だって、アレハンドロは今もまだ覚えている。巻き戻り前のレンブラントを。
ベアトリーチェが殺された時、烈火の如く怒りまくり、レジェス家とライナルファ家、そしてオルセン家を容赦なく糾弾した。
あの事件が起きてから巻き戻りを起こすまでにわずか六日。それでもナタリアの処刑まではギリギリのタイミングだった。
だがその僅かな期間で、オルセン家は既に貴族籍の剥奪が決定していた。ライナルファ家の未来に何が待ち受けているかも一目瞭然で。
レジェス家だってそうだ。既にそれまでのストライダム家との水面下での闘いに疲弊していたせいで、資金面での余裕がなく、倒産は時間の問題となっていた。そこにストライダム家からの容赦ない追撃が来る。
マッケイはアレハンドロの個人資産を頼みにしていただろう。だが、アレハンドロ自身がそれを持って姿を眩ませた。
だって、その金は巻き戻りを起こすために使わねばならなかったから。
そして、いざ巻き戻りが起きてみればーーー
そう思いながら笑い転げるアレハンドロを、ザカライアスは不思議そうに見つめるばかりだ。
理由など分からないだろう、説明する気もない。
ただただアレハンドロは愉快だったのだ。
あのレンブラントさえも認めざるを得なかった。
きっと、すべての元凶はアレハンドロ。
ベアトリーチェも、ナタリアも、レオポルドも、レンブラントも、関係する他の者たちが皆、不幸になったのは、他ならぬアレハンドロの執着のせい。
だけど。
あの男が、支払いに使った金貨七百枚を肩代わりしてもいいと思うほどに。
その忌まわしいアレハンドロこそが、すべてを好転させた存在でもあったのだ、と。
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