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夢にも思わず
しおりを挟む王都から離れた、とある寂しい町。
レンブラントは酒場にいた。
そこの主人に自分の名前を告げる。
すると主人は奥の個室へとレンブラントを案内した。
扉を開ければ、全身を灰色のローブで覆った人物。
・・・声で判断するなら男、と言っていたか。
レンブラントはさりげなく視線を動かす。
なるほど確かに風貌は確認のしようがない。
ローブからは、僅かに口元が覗くだけ。
「なんの用だ?」
ローブの人物はレンブラントの方をちらりとも見ずに声をかけた。
「・・・話の前に、まずは金額を確認してくれ」
そう言うなり、レンブラントはガチャンと金の入った袋をその男の目の前に幾つか積み上げた。
「確認、ね」
男は手を袋の上にかざす。
かざすだけ、中を開けて見ようともしない。それも聞いていた通りだ。
少しして男は微かに頷いた。
「・・・金貨七百枚。なんだか懐かしい数字だな」
「お前は時を操れると聞いた」
試すようなレンブラントの視線。
不躾なその視線を浴びながら、男は気にも留めていないような口ぶりで話を続けた。
「そうだ。七百枚ってことは七年か。巻き戻して欲しいのかい?」
「いや」
「・・・?」
男が、初めて興味が引かれたかのようにレンブラントを見た。
レンブラントもまた、真っ直ぐに男を見返す。
「この金貨七百枚を今日という一日のために支払う。何も起きなければ、そのままそれでいい。だが、もし・・・この日を超えた時の巻き戻しを依頼するような奴が現れたら、この値段を上乗せして相手に対価を求めてほしい」
「・・・つまり?」
「俺は、今日よりも前に時が巻き戻ることを、決して望まないということだ。この金はそのための保険。お前が時を今日よりも前に巻き戻さないための、誰もそんな依頼を行えないようにするための金だ」
「・・・なるほど」
男の声に愉悦が滲む。
「要は、今日よりも前に時を戻そうとする輩は、その日いち日だけでこの金を超える金額を払わなければならないという事だな? 通常の一年につき金貨百枚という金額に更に加えて」
「そうだ。今日という日は、俺にとってそれだけの価値がある」
「何もするなって事だろう? 了解した。何もしないで金貨七百枚が貰えるというのなら、有り難く貰っておこう」
引き受けた、という声と同時に、男の右掌へと袋が吸い込まれていく。
レンブラントは目を瞠る。
予め聞いていたとはいえ、それでもやはり驚くものは驚くのだ。
積み上げられた金貨入りの袋全てが目の前から消えて無くなるのは、あっという間だった。
「確かに、受け取ったよ」
「・・・頼むぞ。契約は必ず守ってくれ」
「勿論さ。信用第一だからね・・・ただ、一つ聞いてもいいかい?」
「なんだ」
「あんたが・・・そんなに守りたい日って何なんだい?」
「・・・」
床に下ろしていた鞄を手に取り、レンブラントは立ち上がる。
「・・・妹の病が完治した日だ」
「ほう、それはそれは」
おめでとう、と言う声を背中に聞きながら、レンブラントはその部屋を後にした。
王都の外とはいえ、国境ほど遠い訳ではない。
馬車で半日も走れば、ストライダム邸へのある王都へと戻って来ることは出来る。
宿で眠った後、朝一番で馬車を走らせ、夕方前には屋敷へと戻ったレンブラントは、すっかり元気になった妹の顔を確認し、その恋人である男と叙爵の手続きについて話をした。
新薬が完成してから一年と半。
効果は劇的に現れていたものの、完治が証明されるまでにそれだけの年月がかかった。
だが、今回の時間軸では手に入れることが出来たベアトリーチェの健康な身体と幸せそうな笑顔は、何ものにも変え難かった。
移動の疲れを湯に浸かって癒し、早々にレンブラントはベッドに倒れ込む。
明日は朝から王城で仕事が詰まっているのだ。
エドガーの叙爵式に、ベアトリーチェとエドガーの婚約手続き。
二人の新居探しも考慮に入れておかないと。
ああ、それから自分の婚約者もそろそろ探さないといけない。
見つかるだろうか。見つけられるだろうか。彼女以上の人など。
だが、彼女に結婚の意思がない以上は・・・
そんなことを考えているうちに、レンブラントはいつの間にか眠りについていた。
疲れが溜まっていたのか、ぐっすりと眠ったレンブラントは、いつもの様に淡々と仕事に行く準備をする。
まだ彼は夢にも思っていないのだ。
アレクサンドラが、マルケスから連絡を受けてベアトリーチェの完治証明について昨夜のうちに知ったことを。
朝、レンブラントが王城の職場に入るなり、花束を抱えたアレクサンドラが逆プロポーズをしようとして待ち構えていることなど。
そう、まだ夢にも。
【完】
ここまで読んで下さった皆さま、ありがとうございました。
変わった話に最後まで付き合っていただき、感謝です。
感想やお気に入り登録も嬉しかったです。
冬馬亮
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みんなの感想(57件)
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逆プロポーズ最高です。一途で逞しいアレキサンドラも素敵。お兄様とアレクのお話もう少し読みたかった。
アレハンドロは父兄共ベアトリーチェと家族とは思えないみたいなこと思ってましたが、なんだかんだ根底では人が良いとこは父も兄も似てると思いました。
二人は侯爵家当主となるために必要だから思慮と対応力を身に着けているだけで、ベアトリーチェは病弱な深窓の令嬢としてある意味最高に甘やかされてきてるのでただのお人好しでいられた。
だからきっと逆の立場なら権謀術数を駆使するのはベアトリーチェだったのかも。
……病弱で未来のない兄に代わり婿を取るとしても直系として侯爵家の舵取りをするために鍛えられたベアトリーチェ、ちょっと見てみたい気がしますw
マルケスはアレクを想っていたのですね。血の繋がらない(描写的に姻族でもなければ後継とかのための養子でもなさそうな)義兄のマルケスが何故義兄なのかの謎とそこのドラマも知りたかった。
ナタリアとニコラスのカップルも可愛い。王子様じゃなくて騎士様のお姫様いいじゃないですか。
正直、権力欲や虚栄心が優先されるタイプじゃない限り、重責の侯爵夫人よりそれなりに優秀な騎士様の妻の方が楽に幸せになれると思うんですよね。
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重ねた罪もあるしああいう事になって残念でしたが悪役の散り方としてはとても良かったです。
来世は妹さん共々幸せな家庭に生まれてほしいと思いました。
かなりの長編となってしまった話ですが、お読みいただきありがとうございます。
そして暖かいコメントもう少し嬉しいです。
マルケスは連れ子の再婚という設定です。マルケスとアレクサンドラ、連れ子の親同士が再婚した感じです。そして、マルケスはアレクサンドラに恋をした、と。
仰る通り、ベアトリーチェとレンブラントの立場を逆転させて、色々と教え込まれたベアトリーチェが家のために権謀術数に立ち向かう、というのも面白そうですね。
病弱で死にかけのレンブラントというのが、なかなか想像つきませんが^_^
1日かけて読ませて頂きました。壮大なお話でした。切ないけれどハッピーエンドで良かったです。
レンブラントが本当に格好良くて、最後に幸せになれそうで本当に良かったです!
でもその後のレンブラントカップルのお話も読んでみたいです。
素敵なお話をありがとうございました。
こちら長編でしたのに、読んでくださってありがとうございます。
レンブラント、実は一番人気があったキャラクターでした。
最終話は、私もとても気に入っています。
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