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新たな召喚者
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――トントン――
ナオキが扉をノックすると奥から『…………はい』と返事が聞こえた。八京の声だ。
「ナオキです」
「私もいるよー!」
ナオキに続いて涼音も返事をする。
ガチャリ
扉が開く。
「やぁナオキ君、治ったんだね。それに涼音さん、ナオキ君のことありがとうございます」
ナオキには右手を上げ、その後涼音に向って頭を下げた。
「別に良いのよ八京君の頼みだし。この子ともお話できたしね」
涼音は大げさに右手を左右に振った。
「ねぇ、新しい子来たんでしょ? 少年と二人で挨拶しに来たんだけど入ってもいい?」
扉の向こうを覗き込む仕草をしながら八京に尋ねた。何だかナオキを治療していた時とは印象が違う。治療していた時はもっとクールな印象だったが、今では親しみやすいお姉さんといった感じだ。今のほうが本来の涼音なのかもしれない。
「はい。今僕の部屋で話をしてたんですけど、一通りの状況は説明したんで入っても大丈夫ですよ」
八京は部屋へ招き入れた。
涼音は部屋に入るなりポケットに入っていた煙草を出し口にしようとした。
「涼音さん、僕の部屋は禁煙ですよ」
煙草を口にくわえる前に八京は涼音を止めた。
「え~、一本だけ良いじゃない。硬いこと言わないでよ」
「駄目です。皆いるんだし我慢してください」
「ちぇ~っ」
涼音は不満げに口を尖らせながらも渋々煙草を戻した。
中に入ると明日香と少女がテーブルを挟んで座っていた。
明日香。今日はオレのところに来ないと思ったらこっちに来てたのか……
ナオキの顔を見た明日香は手を振った。
「ナオキ治ってよかったね。あとオバサンも来たんだ。何しに来たの?」
オバサンって……まさか涼音さんのことか……
明日香の言葉で場の空気が一気に凍り付いたようだ。ナオキの後ろにいるはずの涼音の方を振り向くのが恐ろしかった。
「明日香ちゃん、オバサンは酷いんじゃない? 私まだ28なんだけど、せめてお姉さんって言ってくれるかな?」
涼音さん大人の対応! 明日香あんまり変なこと言うなよ。って言うか、二人に何があったんだよ……
「28歳って10代の私からしたらもうオバサンよ。それに、ちょっと綺麗だからってあんまり八京さんに馴れ馴れしくしないでほしいんだけど」
そこか。なるほど、涼音さんが八京さんと仲良くしてるのが明日香は気に入らないんだ。明日香……なんて分かりやすい……
「あらぁ。アナタと八京君が付き合ってるわけじゃ無いんだし、別に私と八京君がどうしようと勝手じゃない? それとも何? アナタの許可が必要なのかしら? それは知らなかったわ、ゴメンなさい」
うわ、涼音さん煽った。何だ? 全然大人じゃないぞ! これは明日香がますますヒートアップする……
明日香を見ると顔が赤くなっていく。今にも怒りが爆発しそうだ。
「二人ともそのへんでやめておこう。ほら、みんなの自己紹介もあるし」
流石に八京が割って入る。やはりこの状況に入れるのは八京しかいない。
「ねぇオバサン。八京さんが嫌々アナタと接してるのが分からないの? いい加減気付いて八京さんと距離を置きなさいよ。八京さんが迷惑してるじゃない」
八京の言葉も気にせず明日香は涼音へ口撃を続ける。
「え~? 八京君満更でもなさそうよぉ? 彼、素直だから私のこと嫌いならもっと態度に出てるわよ。それよりも、アナタのほうが八京君とベッタリし過ぎで八京君困ってるように見えるけど? 彼、顔引きつってるし」
負けじと涼音も応戦する。
「何ですって!? このババァ! いい加減なこと言ってるとその胸の空気抜いて絞ますぞ!」
「面白いじゃない小娘ぇ! やれるもんならやってみろや!」
怖い! 女のバトル。マジで怖いんだけど。こんなことになるんなら来なきゃよかった。
「あ、あの……」
明日香と涼音の間に割って入るように八京が小さな声を出した。
「あぁ!?」
「あぁ!?」
二人とも鬼の表情を八京へ向けた。その瞬間に八京が『ビクッ』としたのが見えた。
この二人は怒らせないようにしよう……怖すぎる……
当の二人は場の状況を理解したのか一瞬にして顔を凍り付かせた。
「ふ、二人とも……喧嘩はそのくらいにしてほしいなって……それにほら、ルカさんもいるし……」
ルカさん――そうだ。ここへ来た理由は二人の喧嘩を見に来たんじゃない。新しく来た召喚人に挨拶をしに来たんだ。
本来の目的を忘れていたが、改めて召喚された少女を見た。
ルカと呼ばれた少女は、ショートカットで髪を灰色にしている。とても可愛く、幼さも残っている。ナオキより年は下のようだ。八京はルカの傍へ行きこちらを向いた。
「え~っと……改めて、この娘は白雪ルカさん。さっきこの世界に召喚された娘だよ」
そう紹介するとルカは立ち上がった。身長は150センチ前後か、割と小柄だ。
ルカはお辞儀をした。
「は、初めまして、白雪ルカです」
ルカの声は小さく、ナオキの位置から聞き取るのが精いっぱいだった。
「ルカさん。こっちの女性が真矢涼音さん」
八京が涼音の方へ右手を向けた。
「涼音よ、よ、よろしく……さっきは見苦しいところを見せちゃってごめんなさい」
前髪をかき上げ、ぎこちない笑顔を見せながら涼音は右手を差し出した。ルカはそれに応じ握手をする。それから涼音は身体を近づけ抱きしめた。
「そして彼が叢雲ナオキ君。ルカさんより一週間早く召喚されたんだよ」
そう言って今度はナオキの方へ手を向けた。
どうしよう……涼音さんみたいにハグは無理でも、やっぱり握手くらいはしたほうが良いかな……
「は、初めまして、ナオキです」
ナオキはルカに近づき、手を伸ばそうとした――が、不意に足の力が抜け前のめりになった。
「あ――」
目の前にはルカがいたが、躱すことも踏ん張ることもできずにルカを巻き込む形で『ドゥン』という音と共にそのまま倒れてしまった。
「痛ってぇ……ごめん、大丈……」
つぶっていた目を開けた。目にしたのはナオキの右手がルカの小さな左胸を鷲掴みにしている場面だった。
「………………」
ルカは今の状況が理解できないのか反応が無いままナオキを見つめている。
「うわっ! ナオキ最低!!」
明日香は汚物でも見るかのように軽蔑の眼差しを向けている。
「少年、意外と大胆なのね……」
涼音は笑みを浮かべながら状況を楽しんでいた。
「ナオキ君……それはマズいよ……」
八京は一人オロオロしている。
「いや、違うんですよ。足がフラついて倒れたんです。ほら、オレ病み上がりなんで……」
三者三葉のリアクションの中、何とか誤解を解こうとするが、三人に変化はない。
「ホントなんです。信じてくださいよ」
「――信じるも何も先ずはその手を離しなさいよヘンタイ!」
声と同時に明日香の右足がナオキの脇腹へ飛んできた。
ドフッ!
衝撃で、ナオキの体が吹っ飛びテーブルや椅子をなぎ倒した。
「ルカちゃん大丈夫?」
ルカを抱き抱えながら明日香が気遣う。
「はい……大丈夫です……」
「何処か痛いとこはない? 私が魔法で治してあげるわよ?」
涼音もルカに近づき身体を確認する。
「ごめんね。いきなりで怖かったよね。あのバカには私からキツク言っておくから」
「いえ……そんな……本当に大丈夫なんで……」
申し訳なさそうにルカは答えた。怪我もなさそうだ。
「いってぇ、明日香本気で蹴ったろ? マジで内臓やられたかと思った……」
腹を押さえながらナオキは声を絞り出した。
そんなナオキに八京が手を差し出し起き上がらせようをしていた。
「初対面の女の子を押し倒した挙句、胸を触ってたんだから当たり前でしょ! むしろそのまま死ねば良かったのよ!」
「そんなぁ……ホントにワザとじゃなかったのに……」
「ワザとじゃなくっても許されることじゃないわ! それにルカちゃんに謝りなさいよ」
「そうだ……白雪さん事故とはいえ本当にゴメン」
よろよろと立ち上がり、ナオキはルカに深く頭を下げた。
そんなナオキに対し、ルカは両手を広げ前に出すと。
「い、いえそんな……大したことないんで、き、気にしないでください……」
「ルカちゃん。こういうバカには厳しく接してしっかり反省させないと駄目よ! 何なら私がとっちめてあげるから」
明日香がナオキとルカの間に入り仁王立ちをしている。どうやら被害者よりナオキを許す気は無いようだ。
何も言い返せない……
そんなナオキと明日香の間に八京が割って入った。
「まぁまぁ。あれは事故みたいだし、ルカさんも大丈夫そうだから。明日香さんももう許してあげようよ。ナオキ君も謝ってるんだから、ね?」
八京さん、フォローありがとうございます。けど事故みたいじゃなくてしっかり事故ですから。
明日香をなだめてくれるが、明日香は納得できていない顔をナオキに視線を向けた。
ナオキは思わず顔を何度も縦に振り、反省していることをアピールする。
明日香は腕を組み少し考えていたが。
「……まぁ、ルカちゃんが良いって言うし……八京さんもこう言ってるから仕方ない。今回だけは許してあげるわ」
「ありが――」
「だ・け・ど。次は無いから! 覚えておいて」
「……はい。気を付けます……」
はぁ……明日香の評価はダダ下がりだなこりゃ……
そんな重い空気を壊すように
パァン!
音が鳴った。涼音が両手を大きく鳴らしたのだ。
「はい。ちょっとバタバタだったけど、自己紹介は終わりだね。今日からルカちゃんも私たちの仲間よ。異世界に来て不安だろうし、分からないことだらけだろうけど一緒にやっていこ」
明るく大きな声でそう言い、この場の空気を和ませた。
「八京君、ルカちゃんのこれからのスケジュールは?」
八京に対して涼音は話を振った。
「えっと……今日は明日香さんに城の案内をしてもらおうと思ってます。ルカさんもいきなりで少し時間が必要だと思いますんで」
「OK! じゃあ少年、あなたはまだ病み上がりなんだから部屋でゆっくりしてなさい。じゃあ私と八京君は……」
涼音は八京の腕に抱き着いた。
「街で買い物ね」
「ちょっと、何ちゃっかり美味しいとこ持っていこうとしてんのよ! 私だって八京さんとデートに行きたいのに!!」
すかさず明日香が二人の間に割って入ろうとする。
またこの展開か……
心の中でため息が出る。
「残念ね。実は、もう前から八京君と約束してたのよ。それにアナタたち新人はまだ街へは行けないのよ」
「はぁ? 何で私たちは街へ行けないのよ? 不公平じゃない」
やっと明日香はくっ付いていた二人を離すことが出来た。否、涼音が腕の力を緩めたのかもしれない。
八京は上着の首元を下に下げて胸元を見えるようにした。そこには八京の皮膚に赤い石が埋め込まれている。
「それって……」
「これ、魔石なんだ。これを付けると身体能力や魔力が格段に上がるんだけど、リスターターはこれを付けて街や他の国に行くことが許可されるんだ」
これが魔石……ナオキたちを召喚するために使用されている、魔人の作ったモノ……まるでルビーのように透明感があり、とても鮮やかで深みのある色をしている。だが宝石とは違い禍々しいオーラを感じる。
「君たちはまだこれを付けてないから外出が出来ないんだよ」
「でも八京さん。この前は魔物退治に行ったじゃない。なんであの時は外に出られたの?」
当然の質問だ。ナオキも明日香も城の外へ出ている。
「あの時は事前に申請して、僕が同伴したから外出できたんだよ。それに、この石には特別な力が込められていて、何かあった時にこの石の位置を他の人間が分かるようになっているんだ。ほら、魔物討伐なんかやってると、負傷して動けなくなるなんてことも有りえるからね」
なるほど、何かあった時に捜索できるようにか……
「ちょっと言いずらいんだけど……本来は僕や涼音さんが申請すれば、君たちと一緒に外出が出来たんだ……けどこの前の訓練で君たち二人きりで行動したでしょ? あの件があって、申請の許可が難しくなったんだ」
うっ。あの時の行動がそんなことになってるなんて……
「え~。私達、自分の首を自分で締めちゃったの?」
「まぁ、そう言うことになるね……」
「こんなことならナオキと二人で行動するんじゃなかった。もう、ナオキと一緒だとロクなことがないのね」
「え? オレのせいなの!?」
「そこまでは言ってないでしょ。ただやっぱり八京さんと行きたかったし……」
「まぁそう言うことだから。新人君たちはお留守番よろしくね」
涼音は八京の腕を再び抱き抱えた。
「ちょっと、そんなにくっ付かないでよ! ねぇ八京さん、いつ私に魔石が付くの? 付いたら私とデートしてくださいよ!」
「あの、涼音さんはデートって言ってるけどただ買い物に行って食事をするだけだからね……」
「世間一般的にはそれをデートって言うの! もう、私とも絶対にデートしてくださいね」
八京さんモテるなぁ。顔は良いし、優しいし。きっと元の世界でもモテてたんだろうなぁ……オレとは大違いだ。
そんなことを考えていたがルカが視界に入り、今回の目的を思い出した。
「ハハハ……白雪さん、ゴメンね。こっちの世界に来て早々こんな感じになっちゃって」
ルカに近づき話しかけた。
「い、いえ……大丈夫です……」
「………………」
「………………」
「………………」
「………………」
は……話が続かない……
何か気の利いた話でもできればいいが、そんなスキルは生憎持ち合わせていない。そもそも同年代の女の子が普段どんな会話をしているのかもわからない。こんなところで引きこもり歴の長さが仇になった。
「………………」
「………………」
たった数秒の時間が数十分に感じる。そんな時、明日香がこちらに顔を向けた。
「もういいわ。ルカちゃん行きましょう。ってナオキは何でルカちゃんの隣にいるの? 話もしないで気持ち悪い。ストーカーみたいね」
「気持ち悪いって……しかもストーカー……」
確かに何も話をしないのに近くに寄って来たら気持ち悪いだろう。だがナオキなりに気を使ってルカと仲良くしようとした結果だということは知ってもらいたかった。
明日香はルカの手を握りながら扉を出ようとしてたがナオキの方に顔を向け。
「ナオキ、私はルカちゃんに城内を案内したらお昼にするから、その時に呼びに行くからそれまで自分の部屋で休んでなさい」
何だかんだ言っても明日香なりにナオキを気遣ってくれているのだろう。
「うん、ありがとう。少し休んでるよ」
明日香たちが部屋を出たのを見送ったのでナオキも部屋を出ようと扉へ向かった。
「ナオキ君、病み上がりなんだからゆっくり休んでね」
後ろから八京の声が聞こえたので振り返った。
「はい、ありがとうございます。少し休みます。涼音さんもありがとうございました」
涼音は八京の腕にピッタリとくっ付きながら片側の手を振って。
「また怪我をしたら治してあげるからね」
そう言われて部屋を後にした。心なしか八京の顔が困っているようにも見えたが若干の嫉妬を感じていたナオキはあえて何も言わずに廊下を歩いた。
ナオキが扉をノックすると奥から『…………はい』と返事が聞こえた。八京の声だ。
「ナオキです」
「私もいるよー!」
ナオキに続いて涼音も返事をする。
ガチャリ
扉が開く。
「やぁナオキ君、治ったんだね。それに涼音さん、ナオキ君のことありがとうございます」
ナオキには右手を上げ、その後涼音に向って頭を下げた。
「別に良いのよ八京君の頼みだし。この子ともお話できたしね」
涼音は大げさに右手を左右に振った。
「ねぇ、新しい子来たんでしょ? 少年と二人で挨拶しに来たんだけど入ってもいい?」
扉の向こうを覗き込む仕草をしながら八京に尋ねた。何だかナオキを治療していた時とは印象が違う。治療していた時はもっとクールな印象だったが、今では親しみやすいお姉さんといった感じだ。今のほうが本来の涼音なのかもしれない。
「はい。今僕の部屋で話をしてたんですけど、一通りの状況は説明したんで入っても大丈夫ですよ」
八京は部屋へ招き入れた。
涼音は部屋に入るなりポケットに入っていた煙草を出し口にしようとした。
「涼音さん、僕の部屋は禁煙ですよ」
煙草を口にくわえる前に八京は涼音を止めた。
「え~、一本だけ良いじゃない。硬いこと言わないでよ」
「駄目です。皆いるんだし我慢してください」
「ちぇ~っ」
涼音は不満げに口を尖らせながらも渋々煙草を戻した。
中に入ると明日香と少女がテーブルを挟んで座っていた。
明日香。今日はオレのところに来ないと思ったらこっちに来てたのか……
ナオキの顔を見た明日香は手を振った。
「ナオキ治ってよかったね。あとオバサンも来たんだ。何しに来たの?」
オバサンって……まさか涼音さんのことか……
明日香の言葉で場の空気が一気に凍り付いたようだ。ナオキの後ろにいるはずの涼音の方を振り向くのが恐ろしかった。
「明日香ちゃん、オバサンは酷いんじゃない? 私まだ28なんだけど、せめてお姉さんって言ってくれるかな?」
涼音さん大人の対応! 明日香あんまり変なこと言うなよ。って言うか、二人に何があったんだよ……
「28歳って10代の私からしたらもうオバサンよ。それに、ちょっと綺麗だからってあんまり八京さんに馴れ馴れしくしないでほしいんだけど」
そこか。なるほど、涼音さんが八京さんと仲良くしてるのが明日香は気に入らないんだ。明日香……なんて分かりやすい……
「あらぁ。アナタと八京君が付き合ってるわけじゃ無いんだし、別に私と八京君がどうしようと勝手じゃない? それとも何? アナタの許可が必要なのかしら? それは知らなかったわ、ゴメンなさい」
うわ、涼音さん煽った。何だ? 全然大人じゃないぞ! これは明日香がますますヒートアップする……
明日香を見ると顔が赤くなっていく。今にも怒りが爆発しそうだ。
「二人ともそのへんでやめておこう。ほら、みんなの自己紹介もあるし」
流石に八京が割って入る。やはりこの状況に入れるのは八京しかいない。
「ねぇオバサン。八京さんが嫌々アナタと接してるのが分からないの? いい加減気付いて八京さんと距離を置きなさいよ。八京さんが迷惑してるじゃない」
八京の言葉も気にせず明日香は涼音へ口撃を続ける。
「え~? 八京君満更でもなさそうよぉ? 彼、素直だから私のこと嫌いならもっと態度に出てるわよ。それよりも、アナタのほうが八京君とベッタリし過ぎで八京君困ってるように見えるけど? 彼、顔引きつってるし」
負けじと涼音も応戦する。
「何ですって!? このババァ! いい加減なこと言ってるとその胸の空気抜いて絞ますぞ!」
「面白いじゃない小娘ぇ! やれるもんならやってみろや!」
怖い! 女のバトル。マジで怖いんだけど。こんなことになるんなら来なきゃよかった。
「あ、あの……」
明日香と涼音の間に割って入るように八京が小さな声を出した。
「あぁ!?」
「あぁ!?」
二人とも鬼の表情を八京へ向けた。その瞬間に八京が『ビクッ』としたのが見えた。
この二人は怒らせないようにしよう……怖すぎる……
当の二人は場の状況を理解したのか一瞬にして顔を凍り付かせた。
「ふ、二人とも……喧嘩はそのくらいにしてほしいなって……それにほら、ルカさんもいるし……」
ルカさん――そうだ。ここへ来た理由は二人の喧嘩を見に来たんじゃない。新しく来た召喚人に挨拶をしに来たんだ。
本来の目的を忘れていたが、改めて召喚された少女を見た。
ルカと呼ばれた少女は、ショートカットで髪を灰色にしている。とても可愛く、幼さも残っている。ナオキより年は下のようだ。八京はルカの傍へ行きこちらを向いた。
「え~っと……改めて、この娘は白雪ルカさん。さっきこの世界に召喚された娘だよ」
そう紹介するとルカは立ち上がった。身長は150センチ前後か、割と小柄だ。
ルカはお辞儀をした。
「は、初めまして、白雪ルカです」
ルカの声は小さく、ナオキの位置から聞き取るのが精いっぱいだった。
「ルカさん。こっちの女性が真矢涼音さん」
八京が涼音の方へ右手を向けた。
「涼音よ、よ、よろしく……さっきは見苦しいところを見せちゃってごめんなさい」
前髪をかき上げ、ぎこちない笑顔を見せながら涼音は右手を差し出した。ルカはそれに応じ握手をする。それから涼音は身体を近づけ抱きしめた。
「そして彼が叢雲ナオキ君。ルカさんより一週間早く召喚されたんだよ」
そう言って今度はナオキの方へ手を向けた。
どうしよう……涼音さんみたいにハグは無理でも、やっぱり握手くらいはしたほうが良いかな……
「は、初めまして、ナオキです」
ナオキはルカに近づき、手を伸ばそうとした――が、不意に足の力が抜け前のめりになった。
「あ――」
目の前にはルカがいたが、躱すことも踏ん張ることもできずにルカを巻き込む形で『ドゥン』という音と共にそのまま倒れてしまった。
「痛ってぇ……ごめん、大丈……」
つぶっていた目を開けた。目にしたのはナオキの右手がルカの小さな左胸を鷲掴みにしている場面だった。
「………………」
ルカは今の状況が理解できないのか反応が無いままナオキを見つめている。
「うわっ! ナオキ最低!!」
明日香は汚物でも見るかのように軽蔑の眼差しを向けている。
「少年、意外と大胆なのね……」
涼音は笑みを浮かべながら状況を楽しんでいた。
「ナオキ君……それはマズいよ……」
八京は一人オロオロしている。
「いや、違うんですよ。足がフラついて倒れたんです。ほら、オレ病み上がりなんで……」
三者三葉のリアクションの中、何とか誤解を解こうとするが、三人に変化はない。
「ホントなんです。信じてくださいよ」
「――信じるも何も先ずはその手を離しなさいよヘンタイ!」
声と同時に明日香の右足がナオキの脇腹へ飛んできた。
ドフッ!
衝撃で、ナオキの体が吹っ飛びテーブルや椅子をなぎ倒した。
「ルカちゃん大丈夫?」
ルカを抱き抱えながら明日香が気遣う。
「はい……大丈夫です……」
「何処か痛いとこはない? 私が魔法で治してあげるわよ?」
涼音もルカに近づき身体を確認する。
「ごめんね。いきなりで怖かったよね。あのバカには私からキツク言っておくから」
「いえ……そんな……本当に大丈夫なんで……」
申し訳なさそうにルカは答えた。怪我もなさそうだ。
「いってぇ、明日香本気で蹴ったろ? マジで内臓やられたかと思った……」
腹を押さえながらナオキは声を絞り出した。
そんなナオキに八京が手を差し出し起き上がらせようをしていた。
「初対面の女の子を押し倒した挙句、胸を触ってたんだから当たり前でしょ! むしろそのまま死ねば良かったのよ!」
「そんなぁ……ホントにワザとじゃなかったのに……」
「ワザとじゃなくっても許されることじゃないわ! それにルカちゃんに謝りなさいよ」
「そうだ……白雪さん事故とはいえ本当にゴメン」
よろよろと立ち上がり、ナオキはルカに深く頭を下げた。
そんなナオキに対し、ルカは両手を広げ前に出すと。
「い、いえそんな……大したことないんで、き、気にしないでください……」
「ルカちゃん。こういうバカには厳しく接してしっかり反省させないと駄目よ! 何なら私がとっちめてあげるから」
明日香がナオキとルカの間に入り仁王立ちをしている。どうやら被害者よりナオキを許す気は無いようだ。
何も言い返せない……
そんなナオキと明日香の間に八京が割って入った。
「まぁまぁ。あれは事故みたいだし、ルカさんも大丈夫そうだから。明日香さんももう許してあげようよ。ナオキ君も謝ってるんだから、ね?」
八京さん、フォローありがとうございます。けど事故みたいじゃなくてしっかり事故ですから。
明日香をなだめてくれるが、明日香は納得できていない顔をナオキに視線を向けた。
ナオキは思わず顔を何度も縦に振り、反省していることをアピールする。
明日香は腕を組み少し考えていたが。
「……まぁ、ルカちゃんが良いって言うし……八京さんもこう言ってるから仕方ない。今回だけは許してあげるわ」
「ありが――」
「だ・け・ど。次は無いから! 覚えておいて」
「……はい。気を付けます……」
はぁ……明日香の評価はダダ下がりだなこりゃ……
そんな重い空気を壊すように
パァン!
音が鳴った。涼音が両手を大きく鳴らしたのだ。
「はい。ちょっとバタバタだったけど、自己紹介は終わりだね。今日からルカちゃんも私たちの仲間よ。異世界に来て不安だろうし、分からないことだらけだろうけど一緒にやっていこ」
明るく大きな声でそう言い、この場の空気を和ませた。
「八京君、ルカちゃんのこれからのスケジュールは?」
八京に対して涼音は話を振った。
「えっと……今日は明日香さんに城の案内をしてもらおうと思ってます。ルカさんもいきなりで少し時間が必要だと思いますんで」
「OK! じゃあ少年、あなたはまだ病み上がりなんだから部屋でゆっくりしてなさい。じゃあ私と八京君は……」
涼音は八京の腕に抱き着いた。
「街で買い物ね」
「ちょっと、何ちゃっかり美味しいとこ持っていこうとしてんのよ! 私だって八京さんとデートに行きたいのに!!」
すかさず明日香が二人の間に割って入ろうとする。
またこの展開か……
心の中でため息が出る。
「残念ね。実は、もう前から八京君と約束してたのよ。それにアナタたち新人はまだ街へは行けないのよ」
「はぁ? 何で私たちは街へ行けないのよ? 不公平じゃない」
やっと明日香はくっ付いていた二人を離すことが出来た。否、涼音が腕の力を緩めたのかもしれない。
八京は上着の首元を下に下げて胸元を見えるようにした。そこには八京の皮膚に赤い石が埋め込まれている。
「それって……」
「これ、魔石なんだ。これを付けると身体能力や魔力が格段に上がるんだけど、リスターターはこれを付けて街や他の国に行くことが許可されるんだ」
これが魔石……ナオキたちを召喚するために使用されている、魔人の作ったモノ……まるでルビーのように透明感があり、とても鮮やかで深みのある色をしている。だが宝石とは違い禍々しいオーラを感じる。
「君たちはまだこれを付けてないから外出が出来ないんだよ」
「でも八京さん。この前は魔物退治に行ったじゃない。なんであの時は外に出られたの?」
当然の質問だ。ナオキも明日香も城の外へ出ている。
「あの時は事前に申請して、僕が同伴したから外出できたんだよ。それに、この石には特別な力が込められていて、何かあった時にこの石の位置を他の人間が分かるようになっているんだ。ほら、魔物討伐なんかやってると、負傷して動けなくなるなんてことも有りえるからね」
なるほど、何かあった時に捜索できるようにか……
「ちょっと言いずらいんだけど……本来は僕や涼音さんが申請すれば、君たちと一緒に外出が出来たんだ……けどこの前の訓練で君たち二人きりで行動したでしょ? あの件があって、申請の許可が難しくなったんだ」
うっ。あの時の行動がそんなことになってるなんて……
「え~。私達、自分の首を自分で締めちゃったの?」
「まぁ、そう言うことになるね……」
「こんなことならナオキと二人で行動するんじゃなかった。もう、ナオキと一緒だとロクなことがないのね」
「え? オレのせいなの!?」
「そこまでは言ってないでしょ。ただやっぱり八京さんと行きたかったし……」
「まぁそう言うことだから。新人君たちはお留守番よろしくね」
涼音は八京の腕を再び抱き抱えた。
「ちょっと、そんなにくっ付かないでよ! ねぇ八京さん、いつ私に魔石が付くの? 付いたら私とデートしてくださいよ!」
「あの、涼音さんはデートって言ってるけどただ買い物に行って食事をするだけだからね……」
「世間一般的にはそれをデートって言うの! もう、私とも絶対にデートしてくださいね」
八京さんモテるなぁ。顔は良いし、優しいし。きっと元の世界でもモテてたんだろうなぁ……オレとは大違いだ。
そんなことを考えていたがルカが視界に入り、今回の目的を思い出した。
「ハハハ……白雪さん、ゴメンね。こっちの世界に来て早々こんな感じになっちゃって」
ルカに近づき話しかけた。
「い、いえ……大丈夫です……」
「………………」
「………………」
「………………」
「………………」
は……話が続かない……
何か気の利いた話でもできればいいが、そんなスキルは生憎持ち合わせていない。そもそも同年代の女の子が普段どんな会話をしているのかもわからない。こんなところで引きこもり歴の長さが仇になった。
「………………」
「………………」
たった数秒の時間が数十分に感じる。そんな時、明日香がこちらに顔を向けた。
「もういいわ。ルカちゃん行きましょう。ってナオキは何でルカちゃんの隣にいるの? 話もしないで気持ち悪い。ストーカーみたいね」
「気持ち悪いって……しかもストーカー……」
確かに何も話をしないのに近くに寄って来たら気持ち悪いだろう。だがナオキなりに気を使ってルカと仲良くしようとした結果だということは知ってもらいたかった。
明日香はルカの手を握りながら扉を出ようとしてたがナオキの方に顔を向け。
「ナオキ、私はルカちゃんに城内を案内したらお昼にするから、その時に呼びに行くからそれまで自分の部屋で休んでなさい」
何だかんだ言っても明日香なりにナオキを気遣ってくれているのだろう。
「うん、ありがとう。少し休んでるよ」
明日香たちが部屋を出たのを見送ったのでナオキも部屋を出ようと扉へ向かった。
「ナオキ君、病み上がりなんだからゆっくり休んでね」
後ろから八京の声が聞こえたので振り返った。
「はい、ありがとうございます。少し休みます。涼音さんもありがとうございました」
涼音は八京の腕にピッタリとくっ付きながら片側の手を振って。
「また怪我をしたら治してあげるからね」
そう言われて部屋を後にした。心なしか八京の顔が困っているようにも見えたが若干の嫉妬を感じていたナオキはあえて何も言わずに廊下を歩いた。
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