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ルカ
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城内の中庭。太陽の光が心地よくさわやかな風が時々流れている。庭の隅の日陰では明日香とルカが並んで座っている。二人の視線の先――ナオキと八京が剣を交えていた。剣と言っても木剣。勿論、八京は手加減をしているがナオキの表情は真剣そのものだ。
「剣を振った後の動作をもっと早く! ほら次の攻撃が来るよ」
「相手の動きをよく見て! スキが出来たらそこを突く」
「疲れているからって相手は待ってくれない! そういう時こそ歯を食いしばって攻撃するんだ」
普段の態度と違い八京の指導は厳しいものだった。
すでに15分ほど経っただろう。疲れ果てたナオキが芝生の上に倒れこんだ。
「……もうダメだ……身体が、動かない……」
ゼェゼェと呼吸をしながらなんとか言葉を吐き出し再び呼吸に専念した。
「なかなか良い攻撃だったよ。僕も何度かヒヤッとさせられた」
そう言いながらも八京は呼吸を乱すことが無かった。それだけ余裕が有る表れだろう。
まったく……この人は英雄じゃなくてバケモノだ……
八京はナオキとの訓練の前にも明日香と訓練を行っていた。それもナオキと同様、明日香も真剣だった。
「全然ですよ。結局一度もオレの攻撃は八京さんに当たらなかった」
「それは仕方ないよ。これでも僕はこの国でそれなりの剣士だからね。でもナオキ君も明日香さんもここ数日で動きが格段に良くなってる。僕もウカウカしてられないな」
この国でそれなりの剣士……いや、トップクラスの剣士でしょう……
「お、お疲れ様です……こ、これ、どうぞ……」
倒れ込んでいるナオキの顔に人影が掛かる。ルカだ。手にはタオルがある。
「あ、ありがとう……」
ルカに差し出されたタオルで顔や腕の汗を拭いた。八京へは明日香の仕事だ。この数日で明日香とルカの担当が確立していた。
「3人とも、明日は城外訓練だから今日はゆっくり休むようにね」
汗を拭きながら八京が言った。
「はい、そうします」
前回の城外訓練から7日、いよいよ野外訓練が行われることとなっていた。
「あの……今回は何で城の兵士の人たちと一緒なんですか?」
「あぁ、本来の目的は君たちの訓練じゃなくて、城外での兵士たちの訓練と、魔物を狩って色々な素材を集めることなんだ。僕たちはそこに同行して実戦の訓練を行うんだよ」
「そうだったんですか。じゃあ現地では兵士の人たちと一緒に行動するんですか?」
「共同で戦闘を行う内容の訓練もあるけど、ほとんどの時間は僕と君たちだけでの訓練になるかな」
訓練とは言っても実際に魔物と戦い殺すのは変わらないよな……今回は魔物を殺せるか……
「後、今回は数日の訓練を予定してるから忘れないでね」
「え? それってどこで泊まるんですか?」
明日香が会話に割って入る。
「町の離れた場所でテントを設営しての宿泊になるよ。勿論、明日香さんとルカさんは女性用のテントを用意するから安心して」
「え~、テントですか? 町なんだし私達だけ宿屋に泊まったりって出来ないんですか?」
不満げに明日香は訴えた。当然だろう。
「出来ないことは無いけど、今後はテント泊もするし、色々経験して慣れていってもらわないといけないから。不満はあるだろうけど我慢してほしいな」
物腰は柔らかいが、八京のこういった言動は相手に反論を与えない独特な雰囲気がある。
尚も納得はしてなさそうだが、明日香もそれを察してかそれ以上訴えなかった。
「そうだナオキ君。さっきの攻撃中々良かったけど、僕だけじゃなくてもう少し周りの状況も見られるようになると良いよ。本番は1対1とは限らないからね。いついかなる時も気を抜かないことが大事だから」
「は、はい。気を付けます。でも周りに気を向けてると目の前が疎かになるって言うか……集中できないんですよね」
「初めはみんなそうだよ。でもね、出来ないからってそのままにしないで少しでも出来るように努力していくことが成長に繋がるんだ。これはナオキ君に限らず明日香さんやルカさん、もちろん僕にも言えることだけどね」
「はーい。私は八京さんが教えてくれればどんなにキツイ訓練も頑張れるけどね」
明日香の八京愛は相変わらずだ。自分の気持ちに真っ直ぐな明日香が羨ましかった。
「さぁ、次はルカさんの番だよ。準備して」
休憩時間は終わりとばかりに八京は手を叩いて訓練開始の合図をした。
「は、はい……お、お願いします」
ルカの両手には短刀が握られている。力の弱いルカが戦闘をする上で、軽くて取り回しの良い短刀は最適だった。事実、ルカの身のこなしを見ていてもそれは間違っていない。
八京は個人の個性を見極めながら、それぞれの武器を選定してくれていた。
ナオキは胡坐をかき、ルカと八京を眺めた。
ルカの訓練が始まった。訓練を初めて4日なのにルカの攻撃は中々サマになっている。
「……ルカちゃんてさぁ、口数少ないしなんて言うか……何考えてるか分からないよなぁ」
ルカと八京の姿を見ながら何となくボヤいていた。
「そぉ? 確かに口数は多くないけど素直で真面目な子でしょ」
そんなボヤキに明日香は付き合ってくれている。
「そうか?」
「そうでしょ。じゃなきゃこの数日であんなに成長しないわよ」
「確かに……」
「でしょ? 才能だけであそこまで強くなるなんて中々無いでしょ。今のあの子よく見てみなさいよ。すっごく真剣な目をしてる」
言われてルカを観察すると確かに真剣な表情をしている。ナオキがこの世界に来てあんな表情をしていただろうか? ナオキ自身頑張ってはいたが、あんなに必死に訓練をしていただろうか? そう考えるとルカのひたむきな姿に関心をしながらどこか納得がいかないものを感じた。
「なぁ……何でルカちゃんってあんなに必死に訓練してるんだろう。まだこの世界に来て1週間も経ってないんだぜ? 気持ちの整理だってできてなくってもおかしくないのに。何でだろうな」
「はぁ? そんなの本人に聞いてみないと分からないわよ。きっと事情があるんでしょ?」
「明日香は知らないの?」
「知らないわよ。それに、言いたければ自分から言ってくるでしょ」
冷たいというかサバサバしてるというか……でも明日香らしいと言えば明日香らしい。
「それよりもナオキ。アナタ明日から大丈夫なんでしょうね?」
「大丈夫って?」
「とぼけないでよ。しっかり魔物殺せるんでしょうね? またあんなことにならないでよ」
「……正直まだ自信が無い……」
「はぁ? 何言ってるの。アナタ、前回はたまたま何とかなったけど、また何とかなるとは限らないのよ。いい加減腹くくりなさいよ」
「うるさいなぁ、分かってるよ! 頭じゃ分かってるけど実際にその時にならなきゃわからないよ」
「ナオキ、この世界では魔物を殺すのが普通なのよ。殺っても誰も責めないどころか殺ったほうが褒め称えられるわ。逆に殺らなきゃ蔑まれるわよ。アナタ、剣の筋は良いんだから後は気持ち次第なの……あぁもうイライラする」
明日香の言うことは痛いほど分かっている。殺らなきゃ殺られる世界。
だがどうしても自分には出来る気がしなかった。
オレ……ホント臆病だな。情けない……
気付いたらルカの訓練は終わっていた。
今日の訓練はこれで終わりだ。
「ナオキ……絶対に死なないでよね……」
そう言って明日香は八京とルカにタオルを渡しに行った。
もちろんナオキも死ぬ気は毛頭ない。
「剣を振った後の動作をもっと早く! ほら次の攻撃が来るよ」
「相手の動きをよく見て! スキが出来たらそこを突く」
「疲れているからって相手は待ってくれない! そういう時こそ歯を食いしばって攻撃するんだ」
普段の態度と違い八京の指導は厳しいものだった。
すでに15分ほど経っただろう。疲れ果てたナオキが芝生の上に倒れこんだ。
「……もうダメだ……身体が、動かない……」
ゼェゼェと呼吸をしながらなんとか言葉を吐き出し再び呼吸に専念した。
「なかなか良い攻撃だったよ。僕も何度かヒヤッとさせられた」
そう言いながらも八京は呼吸を乱すことが無かった。それだけ余裕が有る表れだろう。
まったく……この人は英雄じゃなくてバケモノだ……
八京はナオキとの訓練の前にも明日香と訓練を行っていた。それもナオキと同様、明日香も真剣だった。
「全然ですよ。結局一度もオレの攻撃は八京さんに当たらなかった」
「それは仕方ないよ。これでも僕はこの国でそれなりの剣士だからね。でもナオキ君も明日香さんもここ数日で動きが格段に良くなってる。僕もウカウカしてられないな」
この国でそれなりの剣士……いや、トップクラスの剣士でしょう……
「お、お疲れ様です……こ、これ、どうぞ……」
倒れ込んでいるナオキの顔に人影が掛かる。ルカだ。手にはタオルがある。
「あ、ありがとう……」
ルカに差し出されたタオルで顔や腕の汗を拭いた。八京へは明日香の仕事だ。この数日で明日香とルカの担当が確立していた。
「3人とも、明日は城外訓練だから今日はゆっくり休むようにね」
汗を拭きながら八京が言った。
「はい、そうします」
前回の城外訓練から7日、いよいよ野外訓練が行われることとなっていた。
「あの……今回は何で城の兵士の人たちと一緒なんですか?」
「あぁ、本来の目的は君たちの訓練じゃなくて、城外での兵士たちの訓練と、魔物を狩って色々な素材を集めることなんだ。僕たちはそこに同行して実戦の訓練を行うんだよ」
「そうだったんですか。じゃあ現地では兵士の人たちと一緒に行動するんですか?」
「共同で戦闘を行う内容の訓練もあるけど、ほとんどの時間は僕と君たちだけでの訓練になるかな」
訓練とは言っても実際に魔物と戦い殺すのは変わらないよな……今回は魔物を殺せるか……
「後、今回は数日の訓練を予定してるから忘れないでね」
「え? それってどこで泊まるんですか?」
明日香が会話に割って入る。
「町の離れた場所でテントを設営しての宿泊になるよ。勿論、明日香さんとルカさんは女性用のテントを用意するから安心して」
「え~、テントですか? 町なんだし私達だけ宿屋に泊まったりって出来ないんですか?」
不満げに明日香は訴えた。当然だろう。
「出来ないことは無いけど、今後はテント泊もするし、色々経験して慣れていってもらわないといけないから。不満はあるだろうけど我慢してほしいな」
物腰は柔らかいが、八京のこういった言動は相手に反論を与えない独特な雰囲気がある。
尚も納得はしてなさそうだが、明日香もそれを察してかそれ以上訴えなかった。
「そうだナオキ君。さっきの攻撃中々良かったけど、僕だけじゃなくてもう少し周りの状況も見られるようになると良いよ。本番は1対1とは限らないからね。いついかなる時も気を抜かないことが大事だから」
「は、はい。気を付けます。でも周りに気を向けてると目の前が疎かになるって言うか……集中できないんですよね」
「初めはみんなそうだよ。でもね、出来ないからってそのままにしないで少しでも出来るように努力していくことが成長に繋がるんだ。これはナオキ君に限らず明日香さんやルカさん、もちろん僕にも言えることだけどね」
「はーい。私は八京さんが教えてくれればどんなにキツイ訓練も頑張れるけどね」
明日香の八京愛は相変わらずだ。自分の気持ちに真っ直ぐな明日香が羨ましかった。
「さぁ、次はルカさんの番だよ。準備して」
休憩時間は終わりとばかりに八京は手を叩いて訓練開始の合図をした。
「は、はい……お、お願いします」
ルカの両手には短刀が握られている。力の弱いルカが戦闘をする上で、軽くて取り回しの良い短刀は最適だった。事実、ルカの身のこなしを見ていてもそれは間違っていない。
八京は個人の個性を見極めながら、それぞれの武器を選定してくれていた。
ナオキは胡坐をかき、ルカと八京を眺めた。
ルカの訓練が始まった。訓練を初めて4日なのにルカの攻撃は中々サマになっている。
「……ルカちゃんてさぁ、口数少ないしなんて言うか……何考えてるか分からないよなぁ」
ルカと八京の姿を見ながら何となくボヤいていた。
「そぉ? 確かに口数は多くないけど素直で真面目な子でしょ」
そんなボヤキに明日香は付き合ってくれている。
「そうか?」
「そうでしょ。じゃなきゃこの数日であんなに成長しないわよ」
「確かに……」
「でしょ? 才能だけであそこまで強くなるなんて中々無いでしょ。今のあの子よく見てみなさいよ。すっごく真剣な目をしてる」
言われてルカを観察すると確かに真剣な表情をしている。ナオキがこの世界に来てあんな表情をしていただろうか? ナオキ自身頑張ってはいたが、あんなに必死に訓練をしていただろうか? そう考えるとルカのひたむきな姿に関心をしながらどこか納得がいかないものを感じた。
「なぁ……何でルカちゃんってあんなに必死に訓練してるんだろう。まだこの世界に来て1週間も経ってないんだぜ? 気持ちの整理だってできてなくってもおかしくないのに。何でだろうな」
「はぁ? そんなの本人に聞いてみないと分からないわよ。きっと事情があるんでしょ?」
「明日香は知らないの?」
「知らないわよ。それに、言いたければ自分から言ってくるでしょ」
冷たいというかサバサバしてるというか……でも明日香らしいと言えば明日香らしい。
「それよりもナオキ。アナタ明日から大丈夫なんでしょうね?」
「大丈夫って?」
「とぼけないでよ。しっかり魔物殺せるんでしょうね? またあんなことにならないでよ」
「……正直まだ自信が無い……」
「はぁ? 何言ってるの。アナタ、前回はたまたま何とかなったけど、また何とかなるとは限らないのよ。いい加減腹くくりなさいよ」
「うるさいなぁ、分かってるよ! 頭じゃ分かってるけど実際にその時にならなきゃわからないよ」
「ナオキ、この世界では魔物を殺すのが普通なのよ。殺っても誰も責めないどころか殺ったほうが褒め称えられるわ。逆に殺らなきゃ蔑まれるわよ。アナタ、剣の筋は良いんだから後は気持ち次第なの……あぁもうイライラする」
明日香の言うことは痛いほど分かっている。殺らなきゃ殺られる世界。
だがどうしても自分には出来る気がしなかった。
オレ……ホント臆病だな。情けない……
気付いたらルカの訓練は終わっていた。
今日の訓練はこれで終わりだ。
「ナオキ……絶対に死なないでよね……」
そう言って明日香は八京とルカにタオルを渡しに行った。
もちろんナオキも死ぬ気は毛頭ない。
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