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殺しのショー

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     兵士たちから歓声が上がった。

 こんなおぞましい行為を行えるゾーラも、それを見て喜べる兵士たちもナオキには理解できなかった。



一体何が楽しいのだ……何で喜んでいるんだ……



「さぁ、次だ! ルイス、今度はメスをよこせ。またしくじるなよ」

「うるせぇな。大丈夫だよ!」



 少し苛立ちを見せながらルイスは初めより慎重に首輪のカギを外した。

 しかしメスのゴブリンは警戒していて動かなかった。後ろにいる子供たちを守ろうとしているようだ。



「おいおい。俺の方へ来てくれねぇと困るんだよ。ショーが始まらねぇだろ」



 ゾーラはゴブリン達に近づいて行った。

 反対にゴブリン達はゾーラから離れる様に後ずさりをしていたが、すぐ後ろには兵士たちがいた。



「何だ、後ろのガキたちが気になって戦えねぇのか。しょうがねぇな」



 ゾーラはズカズカとゴブリン達に近づき、子供のゴブリンに向けて手を伸ばした――途端にメスのゴブリンがゾーラの腕にしがみつき噛みついた。しかしゾーラは手を引っ込めようとはしなかった。



「おい。痛ぇだろ。ちょっと待っとけよ」



 ゴブリンに噛みつかれたままゾーラは手を伸ばし、子供のゴブリンのウチ一匹の腕を掴んで持ち上げた。



「ギャァー!」



 持ち上げられたゴブリンは激しく暴れたがゾーラには届かない。

 メスのゴブリンが子供を助けようとゾーラの腕を伝おうとしたが、ゾーラはもう一方の腕でメスのゴブリンの喉元を掴み後ろへ放り投げた。



「まったく痛ぇなぁ。女と獣はよく噛みやがるぜ」



 噛まれた腕を擦りながらもゾーラは子供のゴブリンを持つ腕を下げなかった。



「おいルイス。そっちのガキが逃げねぇようにしっかり捕まえとけよ」

「わかったよ。ほら、こっちに来い!」



 ゾーラに従い、ルイスはゴブリンのチェーンを引きずり端まで移動した。引かれたゴブリンは必死で地面を掴むが人間の男の力には敵わずズルズルと引かれていた。



「ホーレ。ガキがここにいるぞ、返してほしかったらかかって来いよ!」



 掴んでいる子供のゴブリンを母親のゴブリンに見せる様にゾーラは腕を振り、子供のゴブリンを揺らした。揺すられるたびに腕が痛むのだろう。子供のゴブリンは悲鳴を上げている。

 飛ばされた母親ゴブリンは立ち上がると、ゾーラ目掛けて襲い掛かった。だが、ゾーラは掴んでいないほうの手で母親ゴブリンをはたき飛ばした。



「やっぱメスは弱ぇな……おい! 誰かナイフ持ってねぇか?」

「おう。これでいいか?」



 ゾーラに反応し、一人の兵士がナイフを掲げた。



「おう。それだ。そいつをそこのゴブリンの方へ放り投げてくれ!」

「え? いいのか? お前が使うんじゃ……」

「いいからさっさとしろよ!」

「分かったよ。ほらよ……」



 言われるままに兵士はナイフを母親ゴブリンの方へ放った。

 投げられたナイフはアーチを描いて母親ゴブリンの前へ落ちた。

 それを見た母親ゴブリンはすかさずナイフを握りしめ周りを警戒した。



「ほら、ハンデだ。そいつを使ってこのガキを助けに来いよ!」



 子供のゴブリンを揺らし、もう一方の手で挑発をするゾーラ。揺さぶられ泣き叫ぶ子供のゴブリン。それらを見た母親ゴブリンは雄叫びを上げながらゾーラへ突っ込んでいった。

 しかし、寸でのところでゾーラはヒラリと躱し、母親ゴブリンはバランスを崩して倒れた。周りの兵士たちは面白そうに笑った。



「ホレホレ。こっちだぞ。大事な大事なおこちゃまが痛がってまちゅよ」



 更に挑発を繰り返すゾーラに母親ゴブリンは再び突っ込んでナイフで斬りかかった。だが猛牛を華麗に躱すマタドールのようにゾーラはひらりとゴブリンを躱した。

 その際、ゾーラは母親ゴブリンに足を引っかけて母親ゴブリンを派手に転ばした。

 転倒したゴブリンは顔から転げたのだろう。鼻血を流し、顔中土で汚れていた。それを見ていた兵士たち大笑いし、更に盛り上がった。



「どうした。もう終わりか? そろそろこのガキを痛めつけちゃうぞ!?」



 ゾーラの言っていることは分からないだろう。だが、ゾーラが挑発をするたび母親ゴブリンは立ち上がり、子供を助けようと必死でゾーラに突っ込んで行き、手にしたナイフを振り回した。

 何度同じことが繰り返されたかわからない。母親ゴブリンはとっくに体力の限界を迎えている。だがそれでもゾーラが挑発をするたびに立ち上がりゾーラへ突っ込み、そのナイフを振り回した。だが、その頑張り虚しくゾーラには傷一つ付けられないでいた。



「ほらぁ。動きが鈍くなってきたぞ! こっちだこっち!」



 ゾーラは尚も挑発をしている。だが母親ゴブリンは立ち上がったまま動けない。限界だ。



「子供を助けたくねぇのかよ。ほれほれ」



 子供のゴブリンを揺らし挑発を繰り返すゾーラに母親ゴブリンはゆっくり千鳥足で歩き始めた。もうナイフを持ち上げる力も残っていなかった。



「ほらアンヨが上手。アンヨが上手」



 ゾーラは子供のゴブリンを掴みながら手を叩き、母親ゴブリンを呼んでいたる。

 ゾーラと母親ゴブリンの距離が残り2mほどになった時、母親ゴブリンが突然前かがみになり倒れ込みそうになった。ゾーラはそれに気を取られ半歩前へ出る。

 その瞬間――

 母親ゴブリンは倒れる勢いを使い素早くゾーラへ突っ込み持っていたナイフをゾーラの顔面目掛け突き上げた。



――刺さった――



 ナオキはそう確信した。

 だが、矛先は空を切った。いや、正確にはゾーラの頬を掠めていた。ゾーラの頬からは血が流れている。



「なかなかいい攻撃だ。今のはヒヤッとしたぜ。だが相手が悪かったな」



 そこまで言うと掴んでいた子供のゴブリンを投げ飛ばし、母親ゴブリンへ前蹴りを見舞った。

 それをまともに受けた母親ゴブリンは身体を何回転もさせながら端の兵士たちのところまで転がった。握っていたナイフは転がった衝撃で飛んでいった。



「やっぱオスに比べて軽ぃな。簡単に吹っ飛んじまう」



 ゾーラはゆっくりと母親ゴブリンの方へ歩いて行った。

 ゴブリンの元まで行くと、サッカーのトゥキックのようにつま先で勢いよくゴブリンの腹目掛けてキックを送った。



ボゥ!



 サッカーボールより鈍い音を立ててつま先が腹にめり込む。ゴブリンは体を浮かせ、円陣の中央辺りまで吹っ飛んだ。

 小さくバウンドをした後、ゴブリンは血を吐き出した。内臓を痛めたのだろう。苦悶の表情を浮かべている。

 周りからは耳が痛いほどの歓声が響いている。



「もうちょっとタフだと良かったんだけどなぁ。まぁメスのゴブリンじゃこんなもんか」



 ゾーラは再びゴブリンの元へ行き、今度はゴブリンの首元を掴んで自らの上へ放り投げた。そして大きく振りかぶり、落ちてくるゴブリンにアッパーを叩きこんでゴブリンを兵士のほうまで飛ばした。

 地面に叩き付けられたゴブリンは打ちどころが悪かったようで、右腕があり得ない方向へ曲がってる。

 ゴブリンは低いうめき声を上げている。内臓をやられて、ろくに声も出せないのだろう。

 ゾーラは、ゴブリンに攻撃をして如何に遠くへ飛ばせるかを試しているようだ。

 だが本気で攻撃をしているようには見えない。ある程度手を抜いて、ゴブリンが直ぐに死なないように、でも自分が楽しめるように加減をしている。ゾーラは楽しくて仕方ないといった歓喜の表情を浮かべていた。

 何度攻撃をしただろう。ゾーラの攻撃は止むことが無い。最早ゴブリンは身体を動かすことが出来ずにいる。一見死んでいるようにも見えるが、よく見ると身体が小刻みに痙攣しているのが分かる。死ぬのは時間の問題なのは誰の目にも明らかだった。



「……もうこんなもんでいいか……」



 ゾーラはゴブリンを持ち上げた。ゾーラの身体はうっすら汗ばんでいる。



「お前ら。この攻撃が最後だ! よーく見ておけよ!」



 叫ぶように言ったゾーラの言葉に反応し、兵士たちは大声を上げた。

 満足そうな笑みを浮かべたゾーラはゴブリンを真上へ高く放り投げた。

 ゴブリンが頂点に上がったころ。一瞬だけナオキとゴブリンの視線と目が合った。最早顔も潰れて目も開けられないゴブリンなので、見間違えかも知れなかった。だが、ゴブリンがハッキリとナオキを見ているのを感じた。

 ゴブリンが落ちてくる間にゾーラは手刀を作り小さく屈んだ。そして伸び上がると同時に手刀を天に向かって突き上げ、ゴブリンの腹を突き破った。

 腹を突かれたゴブリンは一瞬ビクビクッと痙攣をしたが、ダランと身体を『くの字』に曲げた。腹から流れた血がゾーラの腕を伝って流れている。

 周りからは歓喜に似た声援が鳴り響いていた。



 この場の異様な狂気に満ちた空気でナオキは吐き気を感じた。
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